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先憂後楽ブルース
サマーナイトフェスティバル


やっと体をまともに動かせるようになった俺は、ダヴィット、ジローさんと共にタワーの中を自分の足で歩いていた。あんなことで腰をぬかすなんて、ほんと自分が情けない。俺がいつまでもぐずぐず嘆いていると、ダヴィットは俺にどこか責めるような視線を送ってきた。

「だからあの男には近づくなと言ったのに。リーヤの自業自得だ」

「しょ、しょうがねーじゃん! あんなタラシ男だなんて思わなかったんだから!」

そうはいってもダヴィットの言葉を無視してのこのこついていったのは俺だ。でもその時は、あれがそれほど重要な忠告だとは思えなかったんだから仕方ない。

「もうやだ信じらんねえ、舌入れられるとか…」

「舌!?」

フィースにキスされたとき、彼の舌が当然のように俺の口内に侵入してきた。けれどダヴィットはそれをわかっていなかったようで、血管が浮き出そうなくらい怒っている。いくら俺でも唇が触れ合っただけで腰は抜かさない。

「─やはり奴は国外追放にすべきだな。グッド・ジュニアは百害あって一利なしだ」

「ダヴィット、それ本気じゃないよな」

そんな私的な事情で追放するなんてこと出来ないと思うが、今のダヴィットの鬼の形相を見ると不安になってくる。

「なんだ、リーヤはあいつを庇うのか」

「…そんなんじゃないけど」

ダヴィットが歩くスピードを上げた。怒っている証拠だ。

「よく聞けリーヤ。もしかしなくともリーヤは、アイツに多少なりとも魅力を感じたかもしれない。でもそんなものは特別な感情でもなんでもない。アイツに関わった人間はみーんなそうなる」

「みーんな?」

「ああ」

「じゃあダヴィットも?」

「私のことは訊くな」

「でも─」

「頼むから」

ぐるんと振り向いたダヴィットは俺の胸に指を突き立てた。彼の顔は必死だ。嫌でもわかる、フィースと何かあったんだな。

「グッド・ジュニアには人を引き寄せる力がある。本当だぞ、奴は見境なく惚れ薬を撒き散らしているんだから」

「惚れ薬?」

「例えだ。考えてもみろ。そうでもなければ、ちょっと見目がよくて、ちょっとばかし優しいからといって恋人が100人も出来るはずがない」

「………た、確かに」

再び足早に歩き出すダヴィットの後を俺は慌てて追った。彼の話には妙に説得力がある。確かノイも、フィースには人を寄せ付けるフェロモンがあるといっていた。

「なーんか落ち込むよなぁ、ショックつうかさ…」

今は出来るだけフィースのことは考えたくない。盛大にため息をつく俺は、隣に歩くダヴィットの視線を痛いほど感じていた。

「気にする必要はない。ジュニアと話せば誰でもそうなると言ってるだろう。リーヤだけじゃない」

「そういうことじゃないんだって、ダヴィット」

俺が落ち込んでいるのは、フィースに裏切られたような気がしているからじゃない。フィースのことは、好きだった。恋愛感情かと訊かれれば多分そうだったんだと思う。今でも好きかと訊かれれば…、それはちょっと違うんだけど。

「フィースってさ、男じゃん。どんなに優しくてどんなに魅力的だって、俺と同じ男。男をそういう目で見るなんてさ、今までの俺からいえばありえないんだよ」

「………、リーヤ、同性の結婚なんて普通だぞ。そういう固定観念は─」

「“ここ”では、だろ。俺にとっては持ってる意識が全然違う。そりゃ“向こう”でも男が好きな人いるけどさ、俺はそうじゃないし。はっきり言って理解出来なかった。…ダヴィットの気持ちをちゃんと考えないで拒絶しようとしたのだって、そういう所からきてるんだと思う」

自分が落ち込んでる理由を説明しようとして、かなりシリアスな雰囲気にしてしまった。それくらい気落ちしていたのだ。

「男だから無理っていうのも、ちゃんとした理由だとは思うんだ。そういう目で絶対見れないって人は多いだろうし。でも今回の事を考えると全部、俺の思い込みだったのかなって。俺は男なんか好きになれない、っていう思い込み」

話している最中、ダヴィットがずっと俺を凝視していたので何だか居心地が悪くなった。じろじろ顔を見られるというのはあまり気分がいいものじゃない。

「自分でも何が言いたいのかよくわかんないけど、それぐらい俺には衝撃的だったっていう………って何で笑ってんの」

ふと横を見るとダヴィットの頬が緩んでいた。この状況で、笑顔? なんで?

「いやなに、なかなかにいい話だったからな。リーヤは自分が何を言ったか理解しているのか」

「……何が」

「気にするな。わからなくてもいい」

困惑する俺をよそにダヴィットは上機嫌だ。自分のことなのにわからないなんて、なんか悔しい。

「ところでリーヤ、今夜このすぐ近くで、年に1度の盛大な祭りがあるんだが」

「祭り?」

そうだ、とダヴィットが頷いた。

「今夜だけは2時間以上の外出の禁も解かれる。祭りに行く行かない関係なしにな。ここの恒例伝統行事、その名も夏夜祭だ」

「ああ、それか!」

知っている言葉を聞いて俺は無性に嬉しくなった。そこまで大きな祭りだとは思っていなかったが。

「夏夜祭始まりの合図として、いつも大掛かりな花火を打ち上げている。絶対に見て損はないぞ」

「マジで!? 俺花火大好き!」

夜空に打ち上げられた花火ほど、誰もが感動出来る光景はないと思う。もともと綺麗な景色とか大好きな俺にとって、花火はどストライクの夏の風物詩だ。

「行きたいか、リーヤ」

「行きたい行きたい! …あ、でも俺もうクロエと約束してるや」

「はあ?!」

ダヴィットの整った顔が一気に崩れた。馬鹿みたいに口をあんぐり開けて俺を睨んでくる。

「何を言ってるんだリーヤ。そんなものさっさと断れ!」

「そっちこそ何言ってんだよ。クロエが先だったんだからクロエが優先に決まってるだろ」

そういやクロエ、今どうしてるんだろ。まだ捕まってんのかな。

「わかってないなリーヤは! 夏夜祭はただの祭りじゃないんだぞ」

「……どゆこと?」

よく話が飲み込めない俺に、ダヴィットが早口で説明を始めた。

「夏夜祭には“逢引の緒”という別名がある。つまりは恋人達の祭典なんだ。祭りに来るのはカップルか家族連れだけ。ただの友人同士で気軽に行ける祭りではない」

「あ、逢引って」

俺はダヴィットの言うことを鵜呑みには出来なかった。額にキス事件があってから、どうも真に受けることが危険だと思うようになってしまっていた。

「もしかして疑ってるのか? 本当だぞリーヤ。相手を夏夜祭へ誘うことは愛の告白と同じなんだ」

「…へえ。まあ例えそれが事実だとしても、クロエが知らないことだけは確かだな」

クロエは多分、そういうロマンチックな知識に疎いんだ。さもなきゃ彼が何の恥じらいもなく俺を誘うはずがない。

「何を言われようと俺はクロエと行く。約束したんだから。つか、今の話聞いてダヴィットと一緒に行こうって気にはなんないだろ」

それはつまり、ダヴィットの告白を受け入れることになる。いくらなんでも気持ちがないのにそんなこと出来ない。

「なんだリーヤ、せっかくやっと心が通じ合ったと思ったら──待て、止まれ」

突然、ダヴィットに腕をつかまれた。

「なんだよ、いきなり」

「ついたぞ、この部屋だ」

ダヴィットは俺の腕をつかんだまま、どこか見覚えのある扉の前で止まった。両脇にはこれまた見覚えのある2人の兵士がいる。

「なんだ、俺がさっきいた部屋じゃん」

ここにダーリンさんの従姉妹であるハリエット・フラムがいるのか。なんか緊張してきた。

「…“さっき”か。せっかくハリエットを連れてきてやったというのに、リーヤときたらどこにもいない。驚いたぞ」

「…ごめん。でもちゃんと書き置きしただろ」

言い訳する俺をちらっと一瞥したダヴィットは反論する気も失せたのか、くたびれた様子で扉を強くノックした。


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