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先憂後楽ブルース
sweet and low


俺は、頭のいい人が好きだ。いや自分の好みとかよくわからないけど、今まで好きになった子はみんな頭が良くて優しい子ばかりだった。無意識のうちに自分にはないものを求めるているのかもしれない。
もし仮に、あくまでも仮にだが、フィースを恋愛対象として見るなら彼は俺のタイプではないはずだ。でもこの不器用なキャプテンを見ていると、フィースなら“あり”かもしれないと思ってしまう。

…いや、いやいやいや男相手に何、自分の恋愛観語ってんの俺。どこをどうしてもフィースを恋愛対象としてみるのはおかしい。好きな訳がない。ラブが生まれる訳がない。

「リーヤ」

フィースは俺の名を呼び顔を覗き込んできた。赤くなってるの、バレなきゃいいけど。

「なに?」

聞き返すとフィースは俺の肩に手をまわしたまま、じっと見つめてきた。
やめろ、そんなことされたって俺はときめかねえぞ。だって、俺は─

「リーヤはさ、俺のこと、好き?」

「す、好き…!」

ってなに即答してんだよ! ヤバい、なんか完璧におかしい。俺が俺じゃないみたいだ。

「マジで!?」

俺が『好き』と言ったのがそんなに嬉しかったのか、フィースは顔をほころばせて俺に抱きついてくる。もちろん、そっと優しくだ。

「俺も、リーヤが好きだ」

フィースに『好き』と言われて、俺のに体温は馬鹿みたいに急上昇した。もし俺が女だったなら間違いなくこう言っただろう。これは恋だ、と。

「リーヤ、どうしたんだ顔が赤い…」

フィースの男らしい手に頬をなでられ全身の力がぬける。顔はさらに赤く染まったに違いない。

「大丈夫か? 熱でもあるんじゃ──」

「なっ、なんでもない!」

これ以上フィースといたらおかしくなると感じた俺は、寝椅子の一番端まで勢い良く後ずさり、いまだ熱をもった顔を膝にうずめた。それなのにフィースはわざわざ俺に近寄ってきて俺の顔を上手で挟み込む。彼から俺の顔は丸見えだった。

「リーヤは、すごく可愛いな」

「……っ!」

コイツ、さらりとなんて事を。可愛いって普通男が言われる言葉じゃない。でもなぜかフィースに言われてもまったく嫌悪を感じず、むしろ嬉しかった。どうやら俺は本気で狂ってきたみたいだ。

そしてその時になって、俺はようやく気づいた。“フィースは男だ”と自分に言い聞かせるんじゃ駄目だ。いうなら“俺は男だ”が正しい。だってフィースはいたって普通だ。むしろ男性っぽいところしかないぐらい男だ。つまり危険なのは、俺。

俺が持ってる乙女思考。これは絶対に捨てなければならない。さもなくばそっちの道に染まってしまう。

「フィース!」

「ん?」

「そこにあるプレゼント、開けたら?」

おそらくは自分だけが感じている甘い空気をなんとか消したくて、俺は目の前にある大量の箱を指差した。

「…そうだな。何が入ってんのか気になるもんな」

フィースが俺から離れてくれたので、俺はやっと一息つけた。でもまだフィースが着ていた上着をまとっていると思うと、なかなか落ち着けない。

フィースは子供がすっぽりおさまりそうなぐらい大きな箱を持ち上げ、机の上に置いた。興味をそそられた俺はその箱をじろじろと観察した。

「誰から?」

「えーっと…」

俺が尋ねるとフィースは箱にあったメッセージカードを開いた。

「ああ、これはチーム“ホーネット”のオースティンからだ」

俺は“チーム”という言葉に思わず反応した。

「チームって…レジスタンスやってる人からもくるの?」

「ああ。というより、送り主の3割がそれだ」

「本当に?」

びっくりした。レジスタンス上位者なんて他のチームにとっては目の上のたんこぶ的存在で、てっきりライバル心むき出しだと思っていたのに。

「なぁフィース、…危ないもんとか入ってないよな?」

急に彼の身が心配になった俺は失礼だとは思いつつも尋ねた。

「危ないもん?」

「ほら、だってフィースはレジスタンス暫定1位なんだろ? ノイがいってた通り敵も多いだろうし」

爆弾などの危険物を仕掛ける馬鹿がいるかもしれない。レジスタンス時のあの非道さを考えるとないとは言い切れないはずだ。

「ウチに届く宅配物はみんな安全かどうか検査されるんだ。だからそのあたりは心配ない」

「そっか…」

安心してほっと息を吐く俺にフィースが自信たっぷりの笑みを向けてきた。

「それに、レジスタンスやってる奴にそんな卑怯な奴はいねぇよ」

「………」

言い切った。まるで確信があるみたいに。俺は逆にレジスタンスをしている人はそういう奴ばっかだと思ってた。もしかするとフィースはかなりの“つわもの”かもしれない。

「おおっ! すげぇ、ぬいぐるみだ」

同じレジスタンス仲間からの贈り物を開けたフィースが歓声をあげた。意外なことに、中身はフィースにはどうやっても不似合いな可愛いぬいぐるみだった。しかも特大の、クマ。けれどフィースはそれを気にする風もなく子供みたいに喜んでいる。

「こんなデカいぬいぐるみくれるなんて、アイツは相変わらず太っ腹だなぁ」

子供にしては謙虚だが、無邪気な笑顔を溢れさせるフィースは次なる箱に手をかけていた。彼は本気ですべての箱の封を切るつもりかもしれない。

「フィース。あの、上着返すよ。ありがとう」

「ん? もういいのか?」

次なる箱のリボンをほどいていたフィースは、その手を止めた。

「なんか暑くなってきちゃって」

フィースの物を身にまとっていると思うと、どうも落ち着かない。それに体がほてってきたのは事実だ。俺は立ち上がりながらかけてもらった上着を脱ぎ、フィースの肩にかけなおした。彼のくっきりとした鎖骨と喉仏に妙な色気を感じ、俺は出来るだけ目を向けないように努力する。

認めたくないことだが、俺がフィースに惹かれているのは紛れもない事実らしい。たくましい肉体に包容力のある人柄、ちょっと頼りない面もあるがそこに男はないはずの母性本能がうずく。何よりその見た目からは想像もつかないぐらいの優しさ。ギャップ、というものの魅力にいま初めて気がついた。馬鹿だから、という理由でフィースはこれまで振られてきたと言っていたが、俺に言わせればそんな理由でフィースを振る奴の方が馬鹿だ。ちょっと頭が悪いぐらい、何だってんだ。まだ出会って1時間ほどしかたってないけど俺にはわかる。フィースは魅力的な人だ。まさに男が惚れる男。俺もおもわずキャプテンと慕って地獄の果てまでついていきそうになる。
男を恋愛対象として見たこともない俺が、出会って数時間で同性に対してここまでときめくのも、まぁおかしな話だ。最初はあんなに恐かったのに。人は見た目で判断出来ないってことをあらためて思い知らされた。

「……ん?」

フィースから必死に目をそらしていた俺は、彼が今まさに開封したプレゼントの中身が見えてしまった。

「これ、ダイヤじゃん!」

ブレスレットにキラキラと光る透明な鉱物が。間違いない、ダイヤモンドだ。

「ダイヤ? ガラスじゃなくて?」

「馬鹿っ、こんな光るガラスがあるわけないだろ」

今のフィースに馬鹿は禁句かもしれないが、言わずにはいられなかった。誕生日とはいえ家族でも恋人でもない相手に、ダイヤって。いったい誰からなんだろう。気になった俺はカードに活字でかかれたメッセージを見た。

「ラ…ラッグフィールドさん、って誰?」

英語で書かれた名前をなんとか読み上げる俺。リスニングは得意だが名前の綴りとなると自信がない。

ところが何がおかしかったのか、フィースは控えめにくすくすと笑いだした。俺はその笑顔に癒されながらも怪訝に眉を顰める。

「どうしたの?」

自分が思ってた以上の不機嫌な声が出た。それを見てフィースが慌ててなだめるように手をかざした。

「いや、悪いリーヤ。ラッグフィールドは名前じゃなくて地名だ。ほら、ここに『県』って書いてあるだろ?」

確かに、フィースの指の先をたどると、そこには“県・ラッグフィールド”と書かれていた。これまた変な書式だ。

「ラッグフィールドのファレル公爵からだ。親父の友達」

「親父さんの?」

フィース父の友人なら金持ちなのも納得だが。

「でも友達の息子相手にダイヤのブレスレットって…なんかおかしくないか」

いくら金を持ってるからといって、普通そんな高価な装飾品を与えたりはしないだろう。しかもフィースは男。どうも違和感をぬぐえない。

「ブレスレットはテルサが選んだ、ってカードに書いてる。これは親父さんじゃなくてテルサからってこと」

「テルサ?」

「ファレル公爵の娘」

フィースがより一層笑みを深くしながらおしえてくれた。でも俺の疑問はつきない。

「なんでそのテルサさんがフィースにプレゼント送ってくるんだ? 友達なのか?」

「いや、彼女は俺の恋人だ」

「ふー…ん?」

いまちょっと聞き流せない単語があったぞ。恋人? え、え? 恋人ってサマーさんじゃなかったのか? もう新しい人が出来たとか? いや確か振られたのは昨日だって言ってた。いくらなんでも早すぎる。じゃあ、も、もしかして…

「二股かけてたのか!?」

俺の驚愕の声に目をぱちくりとさせるフィース。頼むから違うと言ってくれ!

「ふたまた? いや二股はかけてない」

「だ、だよな」

良かった…! 何変なこと言ってんだろ、俺。フィースが二股なんて。さっきのはアレだ、きっと聞き間違いってやつだ。

「……フィース。それ、なに」

「ん? これ?」

ダイヤだといわれたブレスレットをそっと箱に戻した後、フィースはすでに新しい箱に手をかけていた。どぎついピンクの、ハート型の、箱。

「……誰から?」

なんとなく嫌な予感がして恐る恐る尋ねた俺に、フィースは屈託のない笑みを見せた。

「贈り主の名前は見てねえけど、これは多分セシリアから。アイツ去年もこんなラッピングだったから」

「セシリアって、誰」

「誰って、俺の恋人」

「…は、ぁあ!?」




…………た、大変だ。
もしかしたら俺は、とんでもない勘違いをしてるんじゃないだろうか。でもそれを認めたくない自分がいる。現実を知らないままでいたい。けれどそれが許される訳もなく。

「も、もしかしてフィースには、たくさん恋人がいるの?」

「ん? ああ」

あっけらかんとしたフィースが肯定した瞬間、俺の頭に鈍器で殴られたような痛みが走った。衝撃的すぎて信じられない。だってフィースはいい奴だし、そんなたくさんの女性を手玉にとるような男じゃないはずだ。それなのにそんな、なんの罪悪感も後ろめたさもなく、それが俺の常識だといわんばかりの言い方であけすけと告白されても。

「ち、ちなみに何人ぐらいと付き合ってんの?」

「えー…101人」

ガタタタッ

「リーヤ!?」




俺は、こけた。まるでコント中の芸人みたいに。そんな俺を見て心配顔のフィースが慌てて駆け寄ってくる。

「大丈夫か? どっか怪我してないか!?」

「いや全然大丈夫だけど……ひゃ、ひゃくいちって…」

犬かよ。3ケタはないだろ3ケタは。もしフィースがここまで真剣な顔をしていなかったら、何ふざけてんだとツッコミをいれてるところだ。ああ、人間不信になりそう。

俺は綺麗な彫刻がほどこされた天井を見ながら、信じられない現実を受け入れようとしていた。俺の横で不安に顔を曇らせているこの男こそが、この世界で1番の非常識人。誰も勝てない“つわもの”だということを。


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あきゅろす。
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