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先憂後楽ブルース
きけない頼み


そういうわけで俺は、クロエとダーリンさんというまことに奇妙なメンバーで電車に乗り込み、レッドタワーへと向かうことになった。とくにこれといった会話もなく、微妙な空気が始終流れっぱなしだった。何度か俺が話題を持ちかけても、クロエはてきとうに相づちするだけだし、ダーリンさんはしきりに電話で言い争いをしていた。受話器の向こうの相手はジローさん。口論の内容は、クロエがついてきたことを一体どちらがダヴィットに話すか。結局ジローさんが負けたみたいだが。

タワーについた俺達はたくさんの兵士の視線をあびながら、ダーリンさんの後に続いてタワーの中へと入った。やはりそこには案の定、彼がいた。わざわざお出迎えしてくれたのだ。

「げえ」

ダヴィットの姿が見えたとたん、クロエが吐きそうな顔になる。俺はいつも同じ顔を見ているはずなのに、懐かしさで胸がいっぱいになった。ダヴィットの後ろには当然のようにジローさんが立っていた。

「殿下! も、申し訳ございません!」

ダヴィットに駆け寄ったダーリンさんは、深く深く頭を下げて謝っている。俺をまっすぐ連れて帰らなかったことと、予定外の人間を連れ帰ってしまったことに対してだ。

「かまわないダーリン。話は聞いている」

けれどダヴィットはあまり怒っていなかったようで、ダーリンさんの肩をやさしく叩き俺に早足で近づいてくる。そして俺まで後3メートル、というところでいきなり助走をつけ俺に飛びついた。

「リーヤ! 会いたかった!」

「うおっ」

俺はダヴィットの体を支えようと、思い切り踏ん張った。ダヴィットは嬉しそうに俺の名前を連呼している。

「久しぶりダヴィット。なんか今日で一番、歓迎されたかも」

「?」

ダヴィットはきょとんとした顔で俺を見た。手はまだ肩にまわされたままだ。

「いい加減にしろ! お前らいつまでベタベタしてる気だ」

クロエが叫び声と共に俺の体をダヴィットからひっぺがす。そうして俺とダヴィットの間にずいと割り込んだ。

「お前を招いた覚えはないが」

「俺だって招かれた覚えはねえ」

にらみ合っている2人を後目に、俺はジローさんと再会の喜びを分かち合っていた。

「お久しぶりです、リーヤ様」

「ジローさん、久しぶり」

優秀な護衛官は相変わらず、穏やかなオーラをまとっていた。まるで彼からマイナスイオンが出ているようで、見ているだけで癒される。

「リーヤ様、お父上のこと聞きました。ご無事で良かったです」

にっこり微笑むジローさんは、以前とまったく変わってない。良かった、もし彼が豹変していたら俺の癒しがなくなってしまうところだ。

「ありがとうございます。全部みんなのおかげですよ」

俺達のほのぼのとした空気の横では、ダヴィットとクロエがまだ口論していた。クロエの耳をふさぎたくなるような暴言に、ダヴィットが肩をすくめて小さく笑みをこぼす。

「無駄だクロエ、この城は私のテリトリーだぞ。私の思うがままだ」

「はあ?」

首を傾けるクロエの前でダヴィットがパチンと指をならした。その瞬間、例のスキンヘッド達がどこからともなく現れ、クロエの両脇をとった。

「は? お前らなんだよ」

「申し訳ありません。殿下のご命令ですので」

そう言ってスキンヘッド組はクロエを引きずろうとした。けれど素直に引きずられないのがクロエだ。

「放せ! このハゲ!」

クロエは自由に動かせない手で、スキンヘッドの兵士達の腕をつかみ、そのまま後ろ回りするというアクロバティックな技をくり出した。唖然とする俺の前でクロエの体が宙に浮き、着地と共に腕を変な風に曲げた兵士達が激しい音をたてて倒れた。

「俺を押さえ込もうなんざ百年早いんだよ! 顔洗って出直し…ぐあっ!」

見事に2人の兵士をノックアウトしたはいいが、クロエの上に5、6人のスキンヘッド達がのしかかり、さすがのクロエもなすすべがなくなった。

「ちょっ…ダヴィット、やめさせてくれ! クロエをどこに連れて行く気だよ!」

俺がダヴィットに詰め寄るも、彼は6人がかりで引きずられていくクロエを一瞥して鼻を鳴らしただけだった。

「大丈夫だリーヤ、彼は客間に連れて行くだけだ」

「客間ぁ?」

かなり、うさんくさい。けれどダヴィットは俺の疑いの視線を気にもせず、クロエに笑顔で手を振る余裕まで見せた。

「あんなのがいてはリーヤとまともに話もできん。しばらくの間、大人しくしてもらう」

そうきっぱりと言い切ると、俺の手をとってクロエとは反対方向へ歩き出した。後ろからはクロエの怒鳴り声がまだはっきりと聞こえていた。

「おいバカ王子! テメェ後でぜってえ後悔させてやる! 覚えてろよクソロン毛!」


──クロエ、お前がその口悪さでいつか逮捕されるんじゃないかって、俺はものすごく心配だよ。












「ずっと、また会える日を楽しみにしていた」

人気のない広い廊下を歩いていた時、ダヴィットが急に立ち止まりそんなことを言った。彼がどういう気持ちを持っているか知っているから、どうも素直に喜べない。

「俺もだよ、ダヴィット」

とりあえずありのままの気持ちを言ってみた。ダヴィットに会えて嬉しい気持ちは嘘じゃない。

「リーヤ…」

ダヴィットは俺の頬に手を添え、肩に手を回してきた。おいおい、ここは廊下だぞ。何しようってんだお前は。後ろにはジローさんもいるのに気にもしない。ダヴィットの中では完全に2人の世界になっていた。

「ちょっと待ってストップ!」

「なんだ、リーヤ」

ダヴィットはまるでおあずけをくらった犬のような顔をした。見た目は俺の弟だけあってたいそう可愛いらしい。

「俺、ダヴィットにお願いがあるんだ」

「なんだ? 言ってみろ」

間髪入れずにそう言うダヴィットは、孫にねだられたおじいさんのようだった。頼まれるのが嬉しくてしょうがない、といった感じだ。

「実は…レジスタンスのことなんだけど」

「レジスタンス?」

「あの…廃止の話」

俺がそう言ったときのダヴィットの顔といったら、もう驚き以外のなにものでもなかった。俺がいきなり顔を剥いで実は中身はクロエでしたと言っても、今と同じ顔をするだろう。

「なぜそれを知ってる」

今までの雰囲気とはまるで違う。さぐるような目つきでダヴィットに訊かれた俺は、何も言えなかった。

「もしこれがバレたら暴動が起きかねない。だから絶対外に漏れないようにしていたのに、それをどうして…………ターナーだな!」

ダヴィットはいきなり合点がいったとばかりに、エクトルの名前を叫び俺を指差した。

「あのクソガキ! 何を考えている、そんなに逮捕されたいか!」

「ダヴィット、落ち着いて」

うろうろと歩き回るダヴィットは本気で怒っているようだった。ヤバい、こういう事態も想定しておくべきだった。

「落ち着いて、だと? これが落ち着いてられるか! あのガキは国のアーカイブに侵入したんだぞ! レジスタンスの順位記録どころの話ではない!」

唾が顔に飛んでもおかしくない近距離で、ダヴィットに怒鳴られた。彼に真剣に怒られたのは初めてかもしれない。

「ごめんダヴィット、エクトルだって悪気はないんだ。現に誰にもしゃべってないだろ? お願いだから逮捕しないで」

ダヴィットの目を見て真剣に謝った。ここでエクトルを逮捕されては元も子もない。

「………わかった。逮捕はしない」

なぜか胸をおさえたダヴィットは、数歩後ずさりながらそう言った。怒りのせいか顔が心なしか赤い。

「約束はちゃんと守る。ただなリーヤ、あのガキに言っとけ! あまり派手に動くと、こちらとしても見て見ぬ振りは難しくなる。自分で自分の首をしめたくなければ大人しくしていろ、とな!」

「う、うん。ちゃんと言っとくよ」

ここまでピリピリしたダヴィットは見たことがない。俺は完璧に彼を怒らせてしまったようだ。頼みごとどころじゃなかった。

「お願い、というのは大方、私にレジスタンス廃止を止めてほしいとか、そういうことだろう」

「えっ、…うん」

もしかしてきいてくれるのだろうか。俺はびっくりしながらも期待をこめてダヴィットの顔を見た。

「ダメかな? ダヴィットにしか頼めないんだ」

精一杯、困っているように見えるよう努力してみた。けれどダヴィットは顎に手をあて数秒黙り込んだ後、こう言った。

「嫌だ」

「え、嘘」

まさかそんな風に言われるとは思っていなかった俺は、思わず固まってしまった。断られるにしても、すまないリーヤ私にも立場があるんだなんとかかんとか…そんな言葉を予想していたのに。

「な、なんでだよ!」

ダヴィットの腕をつかんで問いつめるも、彼は俺から目をそらしそっぽを向いてしまった。

「だいたいそれはダラー・ジュニアの願いだろう。リーヤの頼みごとじゃない。なぜ私が、奴らの言うことをきかなきゃならないんだ」

「それは、そうだけど…でもアイツらの願いは、俺の願いでもあるし!」

俺の意気込みはまったくの逆効果だったらしく、ダヴィットはさらに不機嫌な顔になった。

「そんなことをして何か見返りでもあるのか? リーヤが私に何かしてくれる、というのなら考えないこともないが」

「何かって…」

嫌な予感はしたものの聞かずにはいられなかった。けれど次の瞬間、俺の体は少し乱暴に壁に押し付けられた。

「キスしろ」

「は!?」

いつもはない威圧感で、命令するようにとんでもないことを言い出したダヴィット。もう少しで調子にのるなと殴りとばすところだった。

「今すぐだ」

顔が近い。でもそれ以上近づいてはこなかった。俺がしろってことなんだろう。

はっきり言わせてもらうなら、全力でお断りだ。でももしダヴィットのいうことをきかなかったら、レジスタンスは廃止になるんだろうか。
そういえば前にもこんな状況があった。前回の条件は結婚しろ、だったか。それに比べたらキスなんて…って待て待て待て! 何考えてんだ俺! 駄目だろ! いやでも1回すでにしちゃってるんだし、1回も2回も同じ…って何をいってるんだ俺はぁぁ!

まともな思考をなくす前にダヴィットから離れようと、彼の肩に手をのせる。けれどダヴィットはその仕草に勘違いしたのか、弟と同じ茶色い目を大きく開き俺からすごい速さで離れた。

「やっぱり駄目だ! リーヤがあんな奴らのためにこんなこと! 絶対に、駄目だ!」

「な……」

自分がやらせようとしたくせに。だいたいキスなんかしねえっての!

「つーかそれじゃあ、俺どうしたらいいんだよ」

いつものダヴィットに戻ってちょっと安心した俺は、激しく脈打っていた心臓が元に戻っていくのを感じた。頭をかかえて苦しんでいたダヴィットは、くるっと振り返り妙にふっきれた顔を見せる。

「悪いがリーヤ、私にハリエットを止める気はない。彼女の意志に任せるつもりだ」

ダヴィットがあまりに真剣な表情だったせいで、俺は何も言えなかった。でもこれから、どうやってレジスタンス廃止を食い止めたらいいんだ。

「もし本当に廃止を止めたいのなら、リーヤ、お前が直接ハリエットを説得してみせろ! それしか方法はない!」

ま、

マジですか…。


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