先憂後楽ブルース
スーパーマンだったら飛べたのに
ここから見える景色が、いつも俺を癒やしてくれた。
だが今回ばかりはそう簡単に立ち直れそうにない。自分は無力な人間だというのは受け入れていたはずなのに。
誰しもがスーパーヒーローに憧れる。
ヤツは何が起ころうとも、どんな敵が現れようとも、得意の必殺技でイチコロだ。
だが現実はそう甘くない。何の取り柄もないただの人間の俺には何も出来ない。
でも今まではそんな事気にもしなかった。人間一人の力で出来る事なんて知れていて、どんな人間でもそれは同じ。
そう、何でも一人で解決出来てしまう孤独なスーパーマンなどいないのだ。
ある晴れた日の日曜日。俺は自分の部屋のベランダから見える東京タワーを眺めていた。ここから見える人間はまるで米粒のように小さく、ハチの大群のように密集しあい、皆まるで何かにとりつかれたようにひっきりなしに移動している。
それをぼんやりと眺める俺の耳に、部屋のテレビから流れる音声が聞こえた。女のニュースキャスターの声だ。
「─…新潟でも発病が確認され、これで感染者は12人になり、厚生省は対応に追われています。いまだこのウイルスに対抗できるワクチンは発見されておらず…─」
このニュースは、今一番世間を騒がしている事件。報道関係の番組を見ればいつもいつもこれ。
もう、うんざりだ。
『何でそんな必死になってる。どうせお前には、何も出来ないのに』
昨夜言われた辛辣な言葉が頭から離れなかった。
ただでさえ傷だらけだった心に、穴を開けられた感じだ。
いや、これでいいんだ。やっと諦めがつく。俺が何かしたところで何も変わらない。だがら、もう──。
物思いにふけっていたその時、いきなりベランダの下から声が聞こえた。
何て言ったのかはわからなかった。でも確かに聞こえたのだ。
下の階の住人かもしれないと考え、おれは少しバルコニーから身を乗り出したが、やはりよく見えない。
「ちょっとリーヤ! いい加減出てきなさい!」
激しいノックの音が響く。母さんだ。
ほんの少し息子が部屋に閉じこもってたくらいで大袈裟な。
俺はこうるさい母親に文句を言うためドアに向かう、はずだった。
もし、手すりをつかんでいた手が、滑らなければ。
そこから先は驚くほど時間がゆっくり進んだ。
体のバランスを崩した俺は、後ろ向きに倒れこむ。
この状況を一言で言うなら、“ベランダから落ちている”だ。
いやいやいやいや、ちょっと待て!
確かに俺は平凡で、世の中にはあまり必要とされない人間だったかもしれない。
でもでも、だからと言ってこの終わり方はないんじゃないの!?
ヤバい。今死んだら最悪の場合、“自殺”になってしまう。
だってここは俺の部屋だし鍵かかって密室だし17歳の高校男児がベランダから滑って落ちるなんて考えにくいし!
くそぉ、どうせ死ぬならもっと他に色々あるだろ! いや待て、ホントに死ぬのか俺。もしかしたら落ちた所がたまたま芝生で奇跡的に助かるかも。ってここ十五階じゃねぇかぁぁあ!! 芝生もクソもあるか!
あぁ、さよなら父さん母さん。そして、最後まで俺に嫌味しか言わなかった弟よ。
俺は、一足早く、天国へ逝きます。
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