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先憂後楽ブルース
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「お兄ちゃんが帰ってるわよ」








ずっと安定していた俺の平常心を鈍らせたのは、母親のそんな言葉だった。

父は原因不明の病気で入院、毎日めまぐるしい忙しさで、心も体もやつれきっていたはずの母が笑顔になっていた理由が、やっとわかった。
アイツが、来てるんだ。俺の住む、この家に。


高校生になり、学校がここから遠いからという理由で一人暮らしを始めた兄。母さんは最後までしぶっていたけれど、俺は内心嬉しかった。
もう、アイツの顔を見なくてすむ。
そう思うと心が軽くなった気がした。
俺が追い出したようなものだ。出ていってくれて嬉しくないはずがない。


「あなた、まだお兄ちゃんと喧嘩してるの?」

俺の険しい表情を見て、母さんが悲しそうな顔をした。

「昔はあんなに仲が良かったじゃない。いったい何があったのよ」

「……別に、母さんには関係ない」

俺の拒絶するような言葉に、母さんはさらに、傷ついたような、泣きそうな目をしていた。でも俺の心はこれっぽっちも傷まない。もし母さんが俺の心の底の本音を知ったら、きっと正気ではいられなくなるだろうから。
これが、ベストな答え方だ。

「…お兄ちゃん、父さんの書斎にいるから。どんなに長い喧嘩中だって、兄弟なんだから会っときなさい」

兄弟。
そう、俺達は兄弟だ。でもごく普通の一般的な兄と弟ではない。普通の兄弟は、相手を意図的に傷つけたり、会うことに抵抗を感じたりしないだろう。ごくたまにそういう兄弟もいるのだろうが、それはそれなりの理由があるからだと思う。

でも俺達は違う。
俺達には、何も、なかった。
相手を憎むような事件も因果も、何も。

しいて言うなら俺が嫌だったのは“兄弟”という関係性だ。それこそ、憎んでしまうほどに。

何でアイツは、またいきなり帰ってきたりするんだ。何回、釘を刺しに行かなきゃならないのか。言う方が疲れるってのに、ほんと、わかってないな。

俺はドア開けてゆっくりと母のいる部屋を後にする。母さんの視線を痛いほど感じた。


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