先憂後楽ブルース つなぐもの 「なん、で…」 この理解不能な事態を冷静に考えることは出来なかった。このままいけば俺はただ立ち尽くしていただけだろうが、そこに乱入してきた男が1人。 「リーヤ!」 この場の雰囲気に似つかわしくない陽気な男、王子ダヴィットがジローさんと共に、ずかずかと棒立ちになった俺に近寄ってきた。 「成功だぞリーヤ! 無事、父上を説き伏せた。これでエクトルは自由の身。もう心配はないぞ……ってリーヤ?」 エクトルのことは嬉しかったが、もはやそれどころではない俺はろくな反応が出来なかった。 「ダヴィット〜」 「ど、どうしたんだ?」 図々しくもダヴィットの広い肩にしなだれかかる。彼はそれを優しく受け止めてくれた。 「おかしいんだよ! 俺の父さんが、父さんがいないんだ! もう何がなんだかわからない!」 「リーヤのお父上?」 俺は自分自身パニックになりながらも簡単にことの大事さを説明した。一般人ならともかく俺の父の記録がないんてどう考えたっておかしい。 「…なあ、なんで俺の父さんがいないんだろ。いったい何があったんだ…」 ダヴィットに訴えても無駄なことはわかってる。でも誰かにすがらなきゃ平静を保てない気がした。そんな俺をダヴィットはすべてを包み込むような笑顔で見つめてくる。 「落ち着けリーヤ、そんな驚くことでもあるまい。よくあることだ」 「よくあること?」 ダヴィットの言うことがわからない。記録がなくなるなんてことが有り得るのだろうか。 「ああ。リーヤはイシュタン・アウトサイダーだからな。珍しくはない」 「イシュタ、ン? いったい何だよそれ」 前にも聞いた覚えがあるが、その時はなんだかんだで流されたような気がする。 「異種族の降誕、略して異種誕アウトサイダーだ。知らなかったのか? ただのアウトサイダーとは比較できないほどの希少価値があるのに」 異種族の、降誕。略して異種誕。 完全に意味不明だ。 「全然意味がわからない。出来ればもっと詳しく、わかりやすく教えてくれ」 ダヴィットは茶色い目を輝かせて人差し指をたてながら俺に笑顔を向ける。 「つまり異種誕アウトサイダーとは、異世界の過去から来た人のことだ。だからリーヤのお父上が存在しなくとも何ら不思議はない。どうだ、わかったか?」 「あぁ異世界の過去ね。なるほどー、それで父さんがいなかったのかあ…へえー……って、はあああ!?」 異世界!? いま異世界って言った!? 「何だよ異世界って! お、俺は過去から来たんだろ!」 混乱状態になった俺はダヴィットの胸ぐらを思い切りつかみ揺さぶった。 「ああ、そうとも。リーヤは異世界の過去からきたんだ」 「だから異世界って何なんだよおお!!」 俺が泣きそうなくらい動揺しているにも関わらずダヴィットは涼しい顔だ。彼の言ってることがまったくわからないわけじゃない。ただ受け入れられないんだ。 「すみません殿下、訊いてもいいですか?」 頭をかかえる俺の横でジーンがいたって冷静に手を挙げる。さながら小学校の授業中のような光景だ。 「なんだ?」 ダヴィットがジーンに鋭い視線を向けた。 「その、異種誕アウトサイダー、とか異世界って何なんです? きいたこともありませんが」 どうやら意味がわからなかったのは俺だけじゃないようだ。ちょっと一安心。けれどダヴィットはジーンの質問を鼻で笑った。 「当然だ。異世界の存在は一般人には隠している。もし存在が明るみになれば、異世界に行こうなどという無謀な馬鹿が現れるやもしれんからな」 「それじゃあ…」 ジーンの言わんとすることがわかったのか、ダヴィットははっきりと頷いた。 「ああ。異世界は確かに存在する。こことよく似た、もう一つの世界だ。普段この2つの世界の均衡は保たれていて、お互いの存在を知るすべはない。異種誕アウトサイダーだけが、2つの世界を結ぶ架け橋というわけだ」 とても理解できそうにない内容を、俺はどこか他人ごとのように聞いていた。 異世界だって? そんな馬鹿な。 「ああそれから、ここにいる者全員に命じる。異世界のことは他言無用! ここだけの話にしてもらう。もし誰かにもらしたりすれば、それ相応の罰を受けてもらわねばならん」 ダヴィットはそう脅すように命令すると、すっかりふさぎ込んだ俺の肩に優しく手を乗せた。 「どうしたリーヤ。なぜそんな顔をする」 「…だって、まさか異世界だなんて……」 ダヴィットは、わからないな、という風に首を傾けた。 「そんなに驚くことか? あまり違いはないだろう」 「ぜ、全然違う!」 俺はダヴィットの方に顔を向けた反動で2、3歩後ろにさがった。 「タイムスリップならともかく…異世界って、何か違うじゃん!」 もちろん未来に行く、なんてことも常識では考えられないことだ。けれど異世界だなんて、自分の住んでいた世界とはまるで違う別の世界があるなんて、想像できないほどの驚きだ。 いや、今考えればいくらでもヒントはあったのだ。ずっと前から感じていた違和感の正体はこれに間違いない。おかしいと思ったんだ。たった400年ぽっちでこんなに世界が変わるなんて。日本人が絶滅寸前になっていることや大幅な憲法改正。国の数も環境もまるで違う。 ああでも、そんなことはどうだっていい。問題なのは俺がここに来た意味だ。俺は、ここが俺の生きていた世界の未来の姿だと思っていた。でもそうじゃないとしたら? どうりでいくら探しても見つからないはずだ。 「…つーことは、ここには治療法がないってことだろ。結局、俺は何も出来ない。父さんを、助けられない」 やっと、父さんのために何かできると思ったのに。役立たずだと失望されても、今までずっと俺を認めて欲しかった。弟のように俺も愛して欲しかった。でもここにきて、やっぱり俺の存在は無意味だと思い知らされた。 俺には、何も出来ない。 「諦めんのは早いだろ」 遠くからクロエの声が聞こえた。大きくはないが、はっきりとした声だ。視線を向けるとクロエの金色の瞳が俺をとらえていた。 「その通りだリーヤ!」 ダヴィットが俺の手を握り笑顔を見せる。 「一口に異世界、といってもリーヤが考えているようなものばかりじゃない。異世界とはすなわち、パラレルワールドのことだ」 「…パラ、レル?」 耳にしたことはあるが、どういったものかはよく思い出せない。 「パラレルワールドとは似て非なる世界。一見同じに見えて、何かが違う世界のことだ。つまり!」 ダヴィットが俺の手を握る力が強くなった。 「リーヤの世界で流行った病は、こちらの世界でも流行した可能性が高い。そりゃあ色々違う点もあるだろうが、探してみる価値はある」 周りを見回すと、みんな同じ考えらしい。俺は無性に胸が熱くなった。 「治療法探しは私も手伝おう。だからリーヤ、諦めるな」 「ダヴィット…」 ああそうだ、俺は大事なことを忘れていた。肝心なのは諦めないことだ。努力をすれば結果がでる。一生懸命探せば、必ず治療法は見つかるはずだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |