先憂後楽ブルース 恋に上下の差別なし 「もちろんあの子にも、ちゃんと友達はいるのよ」 憂鬱そうに頬に手をあてる王妃様は、すっかり母の顔になっていた。 「でもねぇ…あの子ときたら、敬語を使われたり、かしずかれたりするのは、本当の友達じゃないって言い張るのよ」 困ったものだわ、とため息をつくお母さん。だが俺も息子さんと同感だ。変にへりくだられては打ち解けることなど絶対に出来ない。 「けれど息子が付き合う人間なんて、貴族か公爵の子息ばかり。あの子は、将来この国を背負って立つ身よ。そんな子達と親しくさせて、大事な息子を傀儡にされるのだけはごめんだわ」 彼女のどこか怒りを含んだ口調に、俺は初めてこの部屋に足を踏み入れた時と同じくらいドキドキした。だか確かに、下手に権力を持ってしまうと近づく人間には注意しなければならない。王妃様の気持ちもよくわかる。 「でも、あなたならそんな心配いらないでしょう?」 今までとはまったく正反対のほがらかな笑みをみせる王妃様に、俺は心の中でほっと息を吐いた。 「リーヤはとてもいい子だし、身分や地位に縛られることもないわ。きっとあの子と仲良くなれはず」 そして俺を見て、にーっこり。そんな王妃様につられて俺も笑顔を作った。 「そういうことなら、ぜひ俺も友達になりたいです」 「ほんとに?」 王妃様は上品に手を合わせ喜びの声をあげる。ずいぶんとふわふわした性格の人だが、彼女の子供ならきっといい子に違いない。 「良かったわあ。急に『友達が欲しい』なんて言われて、どうしようかと思ってたのよ」 王子は友達が欲しい、と親にねだったのだろうか。ずいぶんと可愛いお願いだ。今年で19なのに。 「そうと決まればさっそく息子のところに案内させるわ。いいでしょう? あなた」 綺麗な奥さんのお願いに、国王は難しい顔をしながらも頷いた。とっくに食事を終えていた俺は膝の上にしいていた紙ナプキンをテーブルの左側に置いた。 「ダーリン、リーヤを息子の私室へ」 陛下に呼ばれたダーリンさんは、カツカツと足音をさせて俺達のもとへ歩み寄る。その無駄のない動きに俺はまたしても見とれていた。 「陛下、出過ぎたことを言うようですが、私は反対です」 先ほどまで無表情を崩さない凛々しい顔つきだった彼女は、眉に皺をよせながらそう進言した。 「アウトサイダーとは言えども、どこの誰かわからぬ素性の知れない男であることに変わりはありません! もし殿下になにかあったら……」 ダーリンさんの眉間の皺はどんどん深くなっていく。なに? もしかして俺って疑われてる? 「まずは脳内性悪判別機に検査させるべきです。それからでも遅くは…」 「ダーリン」 いきりたつ彼女の言葉を、王妃様は落ち着いた口調でさえぎった。 「そんなことをしてはリーヤに失礼でしょう。アウトサイダーに対する侮辱ですよ」 王妃様の少し叱るような声色に、ダーリンさんは口をつぐみ、またいつもの冷静な表情に戻った。 「……仰るとおりです。軽率な発言でした。申し訳ありません」 深く頭を下げたダーリンさんに王妃様は慈愛の笑みを浮かべ頷き、俺に視線を送った。 「それじゃあリーヤ、私の息子のこと、よろしくね」 国王陛下らと別れ食堂を後にした俺は、ダーリンさんに連れられて王子様である息子さんに会うべく、やけに長い廊下を歩いていた。あんなことがあったせいか微妙に気まずい空気が流れている。 「あの、さっき言ってた脳内…ナントカって、何ですか?」 無言に苦痛を感じて、なんとか会話を試みる。 「脳内性悪判別機、のことでしょうか」 ダーリンさんは完璧な発音で普通に答えてくれた。ほっと一安心。 「あれは人の脳をさぐり、悪意がないかどうか調べる機械のことです。一般人の国王陛下謁見の際には必ず使われます」 「へ、へぇ……」 ずいぶん発展した未来道具だ。脳をさぐる、ってどんな感じなんだろう。 「リーヤ様」 ダーリンさんに名を呼ばれ、心拍数が跳ね上がった。様付けなんてしなくていいのにな。 「先ほどは、失礼致しました」 突然の謝罪の言葉に俺の心がさわぐ。まさか謝られるとは思ってもみなかった俺は、目をこらしてダーリンさんの華奢な後ろ姿を見つめていた。 「私は何も、あなたを疑っているわけではありません。…ただ殿下のことだけに、用心に用心を重ねるべきだと思ったのです」 出会った時とは違う、抑揚のある声。なんだか唐突に、今の彼女の顔が見たくなった。 「ダーリンさんは、“殿下”のこと、すごく大切に思ってるんですね」 「それはもちろん!」 願いが通じたわけではないだろうが、ダーリンさんがいきなり振り返った。常に無表情だった彼女の顔はキラキラと輝いている。 「殿下はたいへん素晴らしいお方です! 外見の美しさもさることながら誰よりも清らかな心の持ち主。その笑顔はすべての民の心を溶かし、誰もが敬愛の念を抱かずにはいられません…!」 そういきなり熱く語り出すダーリンさん。彼女のあまりの変貌ぶりに俺は返す言葉がなかった。 「また戦場では“怒れる疾風”の異名をとるほどの剣の使い手で、尊敬と畏怖の対象。まさに王になるべくして生まれたような方なのです!」 「は、はぁ……」 なんなんだ、このテンションの差は。今もし平素の彼女を見たら、間違いなく別人だと思うだろう。 「リーヤ様!」 「うおっ」 感情丸出しのダーリンさんにいきなり人差し指を突き立てられ、俺は一歩後ずさった。 「殿下にお会いしたときは、く、れ、ぐ、れ、も! 失礼のないようお願い致します」 「……………はい」 どうやらダーリンさんは殿下に特別な感情を抱いているようだ。恋か、憧れか。それはわからないが、俺はなんだかまだ見ぬ殿下を羨ましく思った。 「殿下の部屋は、もうすぐです。急ぎましょう」 その言葉の通り少し歩くと男の人が1人、ドアの前に立っているのが見えた。一瞬、殿下じきじきに出迎えてくれたのかと思ったが、その男の顔と黒い髪を見て、その考えが間違っていることに気がついた。 「ダーリン、待ちくたびれましたよ」 その人は俺達の姿を見て人良さそうな笑みを浮かべた。知らない人なのになぜかあまり緊張しない。それどころか親しみすら感じる。理由はたぶん、彼が俺と同じアジア系の顔だからだ。 「ごめんなさい、ジロー。この方がお待ちかね、アウトサイダーのリーヤ・垣ノ内様よ」 「は、はじめまして」 ダーリンさんに紹介された俺は、彼にぺこりと頭を下げた。 「リーヤ様、この男は殿下の専属身辺護衛官、ジロー・篝(カガリ)です」 ジロー、と呼ばれた体格の良い男は、俺に一歩近づき、丁寧にお辞儀した。 「どうぞ、ジローとお呼び下さい。リーヤ様」 俺はその物腰の良い好青年をよく観察した。年はだいたい20代前半。ダーリンさんと同じくらいだ。灰色の軍服を着た体は護衛官というだけにがっしりしていて、腰には見るからに重そうな剣をさげている。けれどそんな風貌とは裏腹に、彼は笑顔の似合う知的で涼やかな顔をしていた。 「…ジローさんは、日本人なんですか?」 俺の唐突で突飛な質問に、彼は笑顔で答えてくれた。 「いえ、よく間違えられますが僕は純粋な日本人ではありません。僕の父方の祖父と母方の祖母は日本人ですが」 ずいぶんややこしいな……。だがどうやら日本人が珍しいというのは本当だったらしい。 「殿下、アウトサイダー様がお見えになりました!」 俺が考える間もなくジローさんはドアをノックした。中からくぐもった声が聞こえ、ジローさんはドアをゆっくりと開けた。 さあ、いよいよ王子様と対面だ。ダーリンさんの話をきくかぎりではとても凄い人のようだ。緊張はするが、楽しみでもある。王子様…というだけに、やはり白タイツにかぼちゃパンツなのだろうか。 だがドアが開け放たれ噂の彼の姿を見たとき、俺は心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。 そこにいたのは、俺の知ってる奴だったからだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |