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先憂後楽ブルース
初めて人に銃を向けた日


「ゼゼ!」

「は、ハイ!」

俺はこの車内で唯一クロエを恨んでないであろう、というか人間としての常識がありそうなゼゼを選んだ。

「ゼゼ、お願いがある。本当はこんなこと頼みたくないんだけど、ゼゼの散弾砲で“モスキート”のヤツらをドカーンと撃って欲しいんだ」

普通なら俺がするべきだが、いかんせん、能力がない。非常に心苦しいが、もうゼセに頼むしかなかった。それに、“モスキート”チームも大勢で1人を追い詰めるなんて、卑怯だ。

「でもリーヤ、散弾砲を撃ったらクロエにも当たっちゃいマスよ」

「え? あ、そうか。んーじゃあ……」

俺はあわてて辺りを見回し、乗車した時にすぐ目に入った散弾銃を手に取った。

「これで! この散弾銃なら“モスキート”だけ狙えるだろっ」

しかし俺の提案に、ゼゼは困った顔になった。

「リーヤ、ゼゼそんな小さい銃、撃ったことないデース」

え。

「…撃ったことない?」

「はい…ご、ごめんなさい」

そんなしおらしく謝られて、責める男がどこにいようか。

でも困ったことになった。これではどうすればいいのかわからない。

「ゼゼ、ちょーっとだけ、撃ってみようって気ない?」

「だって、ゼゼが撃ったらクロエに当たっちゃいマス」

泣きそうな顔をしているところを見ると、本当に自信がないようだ。おそらく彼女は散弾砲をろくに狙わず撃っているのだろう。

「じゃあもうクロエに棄権してもらうしか…」

「あの子は棄権しないよ」

ジーンが真剣な表情で断言した。

「プライドが許さないだろうからね」

笑顔になったジーンは、あきれたように呟く。クロエの性格を考えれば、当然といえば当然だ。

「クロエには悪いけど、今回も自分でなんとかしてもらおう。ね、エクトル」

「そうだねジーン。本当に、心苦しいけどね」

「ってテメェら顔笑ってんじゃねえか。妙なところで意気投合すんな!」

俺もだんだん口が悪くなってきた。
というかエクトルは絶対クロエのバイクに何かしたと思う。いくら違うと否定されても、あのエクトルの嬉しそうな顔を見ろ。嫌でも確信が出来る。

唯一の頼みの綱、ゼゼの方を見ると彼女は静かに手を合わせ、拝んでいた。
ご臨終ってか。

あ"ーもうっ、しゃあねぇ!


「みんなの薄情者! いい! 俺がなんとかする!」

「「え"」」

ジーンとエクトルの顔が一瞬で引きつったが、そんなのかまうもんか。

「ハイちょっとそこどいて! ってかいつまで拝んでんだよ。クロエはまだ死んでねぇっつーの」

「なっ、これは神様にお祈りしてるんデスよ! 変なこと言わないでくだサイ!」

可愛らしく怒るゼゼを俺は無視した。今はクロエの一大事だ。かまってる暇はない。俺は天井の窓を乱暴に叩いた。

「ジーン、ここ早く開けて!」

ジーンの顔はまだ引きつったままだ。

「どうするつもり?」

「決まってんだろ、これで撃つ」

俺は手にした散弾銃をジーンに見えるように振った。

「リーヤ、撃ったことあるの?」

ジーンがちょっと驚いた顔をして俺に尋ねてきた。

「大丈夫。父さんの別荘で、クレー射撃したことあるから」

俺の自信のない声が伝わったのか、ジーンはしばらく動かなかった。

「いいからジーン、とりあえず早く窓を開けて! クロエがやられちまうだろ! あ、ついでにもうちょーっと、クロエに近づいてくれたら助かるんだけど」

さんざん話し込んでいるうちにクロエは遥か彼方向こうに行ってしまった。これではよほどの射撃の名手でなければ当たらないだろう。

今の俺の言葉のどこに説得力があったのかわからないが、ジーンは車をゆっくり動かし、少し降りたところで止まった。

「クロエは今、規則的に逃げてる。もうすぐこの真上を通るから、そこを狙って。チャンスは1回、2度目はないよ」

ジーンの言い方は、警告というより忠告だった。

「わ、わかった」

天井の窓が開き、俺は恐る恐る顔を出した。上空ではまだ爆発音が聞こえる。レッド・タワー付近以外の空は、あんなにものどかだというのに。

「リーヤ、もうすぐだよ」

ジーンの声に、俺は銃を構えた。温度と緊張で汗がしたたり落ち、いかに車内が涼しかったかがわかる。

本当のところ、自信なんて全くない。クレー射撃なんて、趣味でもなければ特技でもないのだから。
外したらどうしよう。いや、それ以前に人に当たったらどうしよう。

でも的は自転車についた奇妙なデカい紙でできた翼。円盤よりよっぽど狙いやすい。それにきっとヤツらは防弾チョッキかなんかを着てるはずだ。うん、きっとそうだ。

そう考えると、少し気が楽になった。


クロエ、外したらごめんな。でも何もしないよりはマシだろ。

「リーヤ、来た」

ジーンの言葉の通り、バイクに乗ったクロエが降りてきていた。彼のバイクはエンジン音がおかしく、確かにどこか調子が悪いようだ。
クロエは俺に気づいたのか気づかなかったのか、それはわからない。クロエは逃げることに必死だっただろうし、俺の意識は彼の後ろの集団に集中していたから。

的は全部で5機、いや5台か?


全部には当てられない。でも数は減らすことが出来る。


クロエが通り過ぎた瞬間、俺はチーム“モスキート”に向かって、引き金を引いた。


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あきゅろす。
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