先憂後楽ブルース
緊急事態発生
もちろんそれは、何かに当たった。ドカーンという爆発音と共に。
弾の当たる範囲が広すぎて何に当たったかはわからない。ただ確実に言えるのは、何か、もしくは誰か、が被害にあったということだ。
「ゼゼッ、人が、人がいっぱいいるのに…!」
「大丈夫デスよ。リーヤは心配性デスねー」
ゼゼは天窓から顔を引っ込め、散弾砲を下ろした。彼女が車に戻ったとたん、天井の窓が閉まる。車はだんだん加速してタワーに近づいていった。
「今のでEB2個破壊。目標数まで後12個」
「よーし、今日はこの調子で頑張るぞ!」
あくまで冷静なエクトルとのんきなジーン。若干、人間不信になりそうだった。
「ジーン、ヤバい」
そう言ったのはエクトルだ。彼は車についているソナーを見ていた。
「攻撃が来る」
ジーンのハンドルを握る手が強くなる。
「みんなつかまってて」
俺とゼゼはおとなしく従った。その瞬間、俺は真っ青になった。
「ジーン! なんかボールから光線でてる!」
俺が見たのはエッジ・ボールから赤いレーザービームのようなものが出ているところだ。当たればただじゃすまないだろう。
それなのにジーンは顔色一つ変えなかった。
「大丈夫、あれに当たるのは素人だよ。本当の敵は…」
話の途中でジーンが大きくハンドルをきった。キキキキィというブレーキ音がしそうなものだが、ここはやはり空中。何の音もしない。
「ジーンまずい、二時の方向に小型機がいる! 射程圏だ!」
そう叫んだエクトルはめずらしく慌てている。ジーンは返事の代わりにハンドルをきり、車は斜め下に降りるという通常ではありえない動きで何かをよけた。変な感覚で思わず酔ってしまいそうになる。
「今の、なに!?」
俺がやっとの思いで尋ねた。
「あれは他のチームの攻撃。ここからが本番だ」
ジーンがそう答えた瞬間、ゴオオオッという音と共に車が激しく揺れた。
「うゎぁあ!! 落ちてる!!」
「大丈夫! かすっただけだから!」
エクトルはそう叫んだが、表情は険しい。ジーンは慌ててハンドルを回している。
「いったん下がるよ。しっかり捕まって!」
そう言ったが早いかジーンは車をUターンさせ、タワーから離れた。
「今の、何だったの?」
柱に必死にしがみついたままの俺の質問に、ジーン眉間に皺をよせる。
「今のも敵チームの攻撃。火炎放射機を使ってたから多分、チーム“アリゲーター”のヤツらだ」
「あ、ありげーたー…?」
なんだそのピザみたいな名前のチーム。
っていうかここにいるチーム全部に名前がついているのだろうか。
それにしても、火炎放射機って…。
「アリゲーターかマルゲリータか知らないけど、何で攻撃なんてしてくるんだよっ」
こちらに何か恨みでもあるのか。そんなことしてる暇があったらボールを壊せばいいのに。
ジーンはうんざりだ、とでも言うようにため息をついた。
「しょうがないんだよ、リーヤ。他のチームを攻撃しちゃいけないってルールはないし、一回のレジスタンスで出てくるEBの数は60個。他のチームの乗り物をつぶして次のレジに出場出来ないようにしてやろう、って思う輩はたくさんいるんだ」
「な、なんだよそれ」
ずいぶんと自分勝手な話だ。怖いったらありゃしない。
「ジーン、なんか変だ。敵がいない…」
俺がショックを受けるまもなく、エクトルのめずらしく焦った声が聞こえた。
敵がいないとかラッキーじゃん、が俺の持論だが、エクトル達には違うらしい。
「そんなバカな、いるはずだよ。探して」
「やってるんだけど…」
エクトルはソナーを見つめたまま考え込む。彼は一瞬の間だけ固まって、それからすぐにはじかれたように叫んだ。
「ジーンやばい下からだ!」
突然ジーンが車を急発進させたので、俺はシートに思い切り顔をぶつけてしまった。
「いたっ!」
俺達の乗るワゴン車は加速しながら再び大回りでUターンをする。下方でなにかしらの爆発音が聴こえた。ぐんぐんレッド・タワーから離れていき、ジーンはうんざりした顔でハンドルをたたいた。
「ああもう。ここまで邪魔されたら、タワーに近づくことも出来ないや」
困ったなぁ、とジーンは頭をかく。それと同時にスピーカーからクロエの声が聞こえた。
『おい、オメーらどこだ』
エクトルがイヤホンマイクに手を当てる。
「今はタワーからかなり離れてる。他チームの妨害が激しくて動けない。兄ちゃんは?」
『俺はタワー入り口の真上らへんにいる。緊急事態発生だ。バイクの調子がおかしい』
ジーンも小さなマイクをつかみ、会話に割り込んだ。
「おかしいって、どんな風に?」
『んー…なんかスピードが全然でねぇ。なんか変な匂いも……ってうわっ!』
「クロエ!?」
クロエの普通ではない声にジーンが慌てて呼びかけるが、反応はない。スピーカーの向こうからは雑音が聞こえるだけだ。
「おい、どうしたんだよ。クロエになにかあったのか?」
ジーンは唇を噛み締めた。
「みんな、しっっかりつかまってて」
さっさと従え、と俺の心が言っていた。
「今からタワー近辺に突っ込むから。…覚悟してね」
そう凛々しく言うジーンに、弟を思う兄の姿が見えた気がした。
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