先憂後楽ブルース
ボールは友達?
「これ…」
この警報音、間違いなくあの時と同じ音だ。この時代に来て2度目の、甲子園サウンド。
俺の頭にここに来たすぐのことがフラッシュバックしてきた。
そうか、あの時はレジスタンス中だったのか。
ということは…。
『皆様、お待たせ致しました』
あの時と同じレッド・タワーから聞こえてくる完璧な発音の女の声。この後の展開がだんだんと見えてきた。
「リーヤ、ゼゼ、つかまって。始まるよ」
ジーンはそう言って素早くシートの向きを元に戻し、シートベルトを勢い良くしめた。
なにが? なんて、もう訊かない。
『これより、〈公正レジスタンス、午前の部〉を行います。制限時間は一時間。各グループのリーダーは終了後、評盟館にて確認を行って下さい』
あの時と同じ機械的な声が響く。皆一様に空を見上げていて、車の中が緊張に包まれるのを感じた。
『時間です。それでは、公正レジスタンス午前の部、開始』
その言葉と共に周りの飛行機やバイクはいっせいに飛び上がった。しかし俺達のワゴン車はあまりスピードをださず浮上している。
レッド・タワーのてっぺんからはジーンの言った通り、灰色の固そうなボールがいくつもわらわらと出てきた。遠くて大きさはよくわからないが、そのボールはまるで生き物みたいにかなりのスピードで飛んでいる。
その自由自在に動くボール、通称“EB”を皆が壊そうとやっきになっていた。早くも何個か破壊されている。EBは壊されると消えて無くなると思っていたが、実際には爆発してその破片が燃える爆弾となり下にいたチームの人達に落下していた。
「……あれ、危なくないか?」
俺の目の前で燃えていくエッジ・ボール。だがジーンは気にもしてないようだった。
「大丈夫、大丈夫。乗り物で一番大切なのは安全性。レジで死んだ人なんて、ここ10年間いないから」
「ケガ人はゴロゴロいるけどね」
ポロッとこぼしたエクトルをジーンがコラッと叱った。「リーヤを怖がらせてどうするんだ」とかなんとか言ってくれているが、俺はもうとっくの昔に怖がっている。
「ってか俺達参加しなくていいの? なんかこんな蚊帳の外で高みの見物なんかしちゃって…。いや別に参加したい訳じゃないんだけど」
後ろではゼゼが退屈そうに、さんざん磨いていた“散弾砲”とやらを転がして遊んでいた。タワー付近の熱戦が嘘のようだ。
「それも問題なし。いま僕達がすることはベストな位置に車を停止させておくこと。どうせあとで、嫌でも巻き込まれるんだから」
それに、とジーンが白熱の壊し合いが続くレッド・タワーを指差す。
「それに、参加ならクロエとカマがバリバリやってるよ」
「え、どこ?」
遠くてよくわからないが、ひときわ目立つ赤い髪がちらっと見えた。カマだ。
「わーカマあんなところに1人で…ってぇぇぇえ!?」
「ど、どしたのリーヤ」
俺の叫び声にジーンが反応した。
「カマが蹴った! ボール蹴ってた!」
動揺のあまり自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。とにかくカマは防具をつけた足で、シュート! とばかりにエッジ・ボールを蹴っていたのだ。そして蹴られたEBはビリヤードの要領で違うEBにあたり、派手に爆発し粉砕した。
「ああ、あれ。カマはいっつも蹴ってるんだよ。蹴るのが一番確実だからね」
いや、そんな笑って言われても。
「現在、EB6個破壊。目標数まで後14個」
ソナーらしき画面の表示をみたジーンが期待するかのような笑みを見せた。
「うん、今日は20個いけるかも。強力なライバルもいないし」
ジーンの言葉にエクトルは怪訝そうに眉をひそめ、熱戦が続くはるか前方に目を凝らした。
「…ホントだ。フィース来てないじゃん。何で?」
「なんか親戚の結婚式があるんだって。昨日メールで言ってた」
…フィース?
誰だそりゃ。
「なぁ、フィースって誰?」
気になった俺はゼゼに尋ねる。
「クロエの“ライバル”デスよー」
興味を持った俺はさらに詳しく訊こうとしたが、ジーンに口を挟まれた。
「ゼゼ、準備して」
「イェッサー」
似合わない言葉を使って、ゼゼが可愛らしく敬礼する。
「な、なに…?」
なにが始まるのかとハラハラしてきた俺の頭上から、いきなり光が差し込んだ。
慌てて上を見上げるとぽっかり天井の窓が開いていて、澄み切った空が見えている。
「リーヤ、ちょっとどいてくだサーイ」
「ぅあ、はい」
ゼゼは転がっていた散弾砲をよっこらせと担いで、車の天井からひょこっと顔をだした。そして、前方にしっかり狙いを定める。
「ま、まさか…」
俺の予感は外れなかった。
ゼゼは一瞬のためらいも見せず、散弾砲の引き金を一気に引いた。
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