先憂後楽ブルース
それがルール
俺が覚悟を決めて正座する頃には、もう何機かの乗り物が木の上に停車し始めていた。
すぐ隣には真っ赤な小型飛行機、少し離れたところにシルバーのロールスロイスみたいなオープンカー、かなり離れたところにちっちゃな戦艦みたいな船。もう何でもアリ。
もちろんそんな大きい乗り物ばかりでなく、バイクや水上スクーター、自転車まである。ただどれも色形ともに派手で奇抜だった。
すべての乗り物が個性的で、みんながみんな自己主張してるみたいだ。はっきり言って俺達が乗っている地味なワゴン車が場違いに思えてくる。
「レジスタンスのルールはすごい単純だからすぐ…ってリーヤ、聞いてる?」
「えっ、あー聞いてる聞いてる」
窓から見えるクレイジーな乗り物の数々に、俺の目はどうしても奪われてしまう。というか、ちょっと現実逃避。
「っていうかさぁ、何でレジスタンスにルールがあるわけ?」
「ルールは大事だよ。リーヤ」
笑顔で答えるジーンだが、訳が分からない。どうやらまだ俺の知らないことがあるようだ。
「レジスタンスと言っても、昔の“レジスタンス”とはまるで違うんだ」
そうおしえてくれたのは、ジーンの隣でやたらソナー近くのボタンをいじっているエクトルだ。21世紀マニアの彼の言うことなのだから、そうなのだろう。
「ルールって、具体的にどんな?」
やっと真面目に聞く気になった俺を見て、ジーンがレッド・タワーのてっぺんを指差した。
「あそこから“エッジ・ボール”っていうこれくらいの金属で出来たボールが出てくる」
そう言ってジーンは腕を使って、バスケットゴールぐらいのマルを作った。
「そしてそれを、どんな方法を使ってでもいいから出来るだけたくさん壊す。以上、それだけ」
ジーンがあんなにも真面目な顔をしてなかったら、俺は迷わずツッコんでただろう。いったいそれのどこがレジスタンスなんだよ、と。
ちょっと学習した俺は少し考えてから言った。
「……つまり、レジスタンスとは名ばかりで、ただのシューティングゲームってこと?」
ジーンはジジくさく、自分の顎に手を当てた。
「うーん…必ずしもそうとは言い切れないけど、まあ、そういうことかな」
俺は一気に自分の体から力が抜けるのを感じた。
「なぁんだ。俺てっきりジーン達が命はって、テロ活動でもしてんのかって思ってたよ。あー騙された」
誰も騙してはいないだろうが。
急に俺の心に安心より納得の気持ちが膨らんできた。
ただのゲームならクロエ達のあの軽い雰囲気も納得できる。
「でもねリーヤ、“レジスタンス”って呼ばれるのにはちゃんと理由があるんだよ」
「ふーん、どんな?」
俺が興味を覚え尋ねると、ジーンはシートに深く座り直した。なにやら長い話が始まるようだ。
「むかしむかし、この『日本』でも反乱が起こったんだ。王の身内で固めた側近たちのやり方に国民が反発して、各地で暴動が起こり、収拾がつかなくなった」
ジーンはその時のことを思い出すかのように遠い目になった。『むかしむかし』というからには、多分ジーンはその時代に生きてはいなかっただろうに。
「だんだんとひどくなるレジスタンスに困った王様は、このエッジ・ボールを壊すゲームを考案して、一番多くボールを壊せた者に特別な権力を与える約束をした」
「特別な権力?」
ジーンは大真面目な顔で頷いた。
「王様に意見できる権利。国の政に直接に関われる権利だよ」
俺はけっこう驚いた。
総理大臣の存在が消えてることだけでなく、そんな武力的な者が国をまとめてるなんて。文民統制はどこへいった。
「これなら一般市民の声もちゃんと国の政治に反映されるし、なにより暴れることを生きがいとしていたその時の国民にとって願ってもない提案だったんだ」
なんだかそんな時代がくると思うと鳥肌がたってくる。というかたった400年でここまで国が変わるもなのか?
俺の訝しい表情には気づかず、ジーンは話を続けた。
「結果は見事大成功。各地で問題となっていたレジスタンスは消え、変わりに1人の一般人が王の側近となった。そしてそれは何か問題が起こるたびに行われた」
ジーンはめでたしめでたし、という顔をしていたが、俺はそうは思えなかった。
「そして年月を重ねるごとに、色々変化していき、今の形になったんだ」
「……はあ、なるほど」
うーん…、やっぱり俺としてはあまりおもしろくない昔話だ。
そんな俺に気づいているのかいないのか、ジーンはにっこり微笑んだ。
「今では“エッジ・ボール”、通称“EB”を五年間に合計3000個壊せたチームのリーダーは、国の『特例委員会』の一員になれて国の政治に口出し出来るってわけ。それでこのゲームのことを『公正レジスタンス』っていうんだよ」
わかってくれた? とジーンが首を傾げた。ジーンの隣ではエクトルがマイクの調整、俺の後ろではゼゼが何かを磨く音がする。
「じゃあこの国のレジスタンスは、ただボールを壊すことなんだな?」
ジーンはゆっくり頷いた。
「基本的にはね。他にも細かいルールはいくつかあるよ。例えば、参加者は公正レジスタンスが始まるまで着地しとかなきゃいけない、とか」
ああだからみんな木の上に乗っているのか。…つうか着地って、下、森だろ? それを言うなら着森だろ着森。
俺のツッコみを知ってか知らずか、ジーンは優しそうに微笑んだ。
「まあ殆ど何でもありかな。武器は何でも使っていいし、1チームに何人いてもいいし」
「……それってなんか不公平じゃないか?」
ジーンは今度は首を横にふった。
「そうでもないよ。5年間の間、チームの誰か1人でも問題をおこしたらそのチームは失格になる。人数が多いとその分リスクも大きいんだ」
ジーンがそう言った瞬間、聞き覚えのある音が俺の耳に響いた。
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