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先憂後楽ブルース
平和な未来


結果から言えば、この未来は平和だった。


けれど「平和」なんてものは人それぞれ違う。
自分の幸せが必ずしも他の人の幸せにはならないように、何が平和かなんて誰にもわからない。


現にここに1人、こんなにも平和な朝だというのに、うなだれてしくしく泣いている少年がいた。






「……おはようエクトル」

その少年、エクトルは潤んだ瞳をこちらに向ける。

「リーヤ…」

「だ、大丈夫?」

俺は少し寝ぼけたまま、慎重にゆっくりとハンモックから降りた。
すがるように俺を見るエクトルの目は赤い。まさか夜通し泣いてたんじゃないだろうな。

「聞いてよリーヤ、酷いんだよアイツら! 俺を5時にたたき起こして車のメンテナンスさせて、おまけにレジに参加しろ、なんて」

「…そんなに嫌なの?」

エクトルがこくんと頷く。
そういや俺、レジスタンス活動ってのが具体的にどんなことするのか知らないや。

「誰だって嫌に決まってる。だって家にいる方が、ずっとラクで楽しいもん」

理由も理由だな。

「そんなんじゃ将来ニートになっちゃうぞ」

「にーと?」

あれ? ニートって言葉、なくなったのかな。

「無職で遊んでばっかいる人のこと。エクトルは外に出たほうがいいよ。肌白すぎ」

こりゃずいぶん日に当たってない。不健康だ。

「別に俺『にーと』でいいよ。パソコンがあればそれで」

だから、不健康だって。

俺の声も無視してエクトルは自分のくしゃくしゃの黒髪を指でもてあそんでいた。灰色の瞳が元気をなくしたように虚ろだ。いつものことだけど。

「クロエとジーンはどこいったの?」

時計を見るとすでに午前8時。全員集合まであと1時間しかない。

「兄ちゃん達は、外でカマとゼゼ待ってる」

「まだ1時間もあるのに?」

「あの2人、絶対早く来るから」

エクトルは、はぁ〜と息を吐き、そのまま机に突っ伏してしまった。そして、

「来た」

とそのままの状態でつぶやく。何が? と尋ねる前に玄関のドアが開く音が聞こえ、2人分の足音がズカズカと乗り込んできた。案の定、エクトルの兄ちゃんズだ。

「エクトル! さっさと車の最終チェックしてこい。アイツらもう来てんぞ!」

「あ、リーヤ目が覚めた? おはよー」

シャツ1枚という涼しげな服装のジーンと違って、クロエは相変わらず暑苦しそうな真っ黒のコートを着ていた。

「おはよう。もしかして、今から?」

「うん」

いつも通りの笑顔を振りまくジーンに、頑張って、と心の中で気のないエールを送る。届かなくても構わない。

「放せよ! 兄ちゃんのバカ!」

「うっせー! テメーが自主的に行かねえからだろうが」

クロエが嫌がるエクトルを無理やり引っ張り上げている。
まるで、だだこねて病院に行こうとしない子供を引っ張る親みたいだ。

「クロエ、またそんな乱暴に。エクトルが怪我したらどうするんだよ」

ジーンはクロエからいとも簡単にエクトルを引き離す。さすがお兄ちゃん。

「エクトル、大丈夫?」

「…別に平気」

ジーンに助けてもらったのだからエクトルももう少し感謝したらいいのに、何故か彼はジーンの顔を見ようともしない。
ジーンはそんなエクトルの頭を優しくなでた。

「エクトル、そんな我が儘ばかり言ってたら駄目だよ。クロエに怪我させらてからじゃ遅いんだから」

「うるさい! 黙れ! 兄貴づらするなよ!」

弟にそう言われて、ジーンは心なしかしょんぼりしているように見える。

「もう…、しょうがないなぁ」

ジーンはそう言った瞬間エクトルの腕を捻りあげた。

「ぅ、え?」

どういうコツなのか、エクトルはそのまま抵抗も出来ずにジーンに引っ張られていく。

「ぎゃああぁぁぁ」

遠ざかっていくエクトルの悲鳴。ジーンは意外と力持ちなんだなあ。さらばエクトル、君に幸あれ。

「おい」

「ん?」

引きずられていくエクトルを哀れみの目で見ていた俺は、いきなりクロエに声をかけられビクッとした。

「お前も行くぞ」

「は!?」

クロエはごく自然にそう言った。まるで放課後のカラオケに誘うクラスメートみたいに。

「いや俺行かねえよ?」

他人事ですまそうとしていた俺はかなり慌てた。レジスタンスなんてそんな怖いことできない。

「お前俺が言ったこと忘れたのか」

冷たく言い捨てるクロエ。…なんて言ったんだっけ?

「えーっと…」

「俺の言ったことには、絶・対・服・従!!」


…そんなこと言ったっけか?


「ほら、さっさと行くぞ!」

「え!? って俺まだ着替えてっ、ってうぉーい!」

訳が分からないまま俺はクロエに荷物のように担がれ、ささやかな抵抗もむなしく地上に出ることになった。


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あきゅろす。
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