先憂後楽ブルース
003
「うわああああ!」
突然篁に担がれたリーヤは叫びつつ暴れたが篁の足が止まることはなかった。リーヤの身体は重くはないが軽くもない。高校生男子一人を担いで走り回る体力に驚きつつ、早く止まってくれないだろうかと期待したがその気配はない。
「もういい加減おろしてくれよ! 俺をどこにつれてく気だ!」
「先程の話、聞かれていなかったのか。俺はアウトサイダー様を利用してダヴィット殿下と真剣勝負をさせてもらう」
「俺を使ってダヴィット脅してる時点でまともな勝負なんか無理だろ! てかダヴィットに怪我させんのはナシだから!」
篁の手に握られた本物の剣を目の端にとらえながら怒鳴る。あの竹刀での試合ですら心臓が持たないと思ったのだ。こんな危ない武器を持った男をダヴィットには近づけられない。
「アウトサイダー様は、殿下を好いておられるんだな」
「え、そりゃ…まあ、一応付き合ってるわけだから」
突然の恋愛話に何なんだと思いつつも答える。交際を認めるだけで一人照れまくっていたリーヤに篁が不敵な笑みを見せながら言った。
「形ばかりの婚約ではないということは、アウトサイダー様をさらった俺に殿下は相当怒り狂っておられるはず。これは期待できるな」
「いやいやだからそれはマズいって。あいつマジで何やらかすかわかんないから」
「自分より強い相手と本気で勝負し勝つこと、俺の願いはそれだけだ。それさえ叶えば政府のいいなりにだってなろう」
「じゃダヴィットじゃなくてもいいじゃん。他にも強い人いるならそもそも何でダヴィット?」
「殿下が日本最強の男だと、雑誌にかかれていた」
「それだけで!?」
ダヴィットは確かに強いのだろうが、同じようなレベルの男なら他にもいそうだ。クロエやフィースなど、近場だけでもかなり思い付く。かといってあの二人のどちらかに代わりにやらせる気にもなれないが。
「えっ、なに。何で止まったの」
色々と考え込んでいたリーヤだったが、篁が急に足を止めて立ち止まる。彼がこちらを見る視線は真剣そのもので、嫌な予感がした。
「アウトサイダー様、貴方は高いところはお好きだろうか」
リーヤを目の前でさらわれてしまったダヴィットは、篁を追ってひたすら上の階へと走っていた。すぐに追い付くものと思っていたが、相手が予想以上に早くあっという間に見失ってしまった。
「くそ、どこにいったあのクソ野郎…」
「殿下、落ち着いてください。冷静に、冷静に」
怒りのあまり口が悪くなった殿下をなだめようとするジローだが、護衛の話などまるで聞いていない。握りしめていた剣を取り上げようとしたがダヴィットが頑として離さなかった。
「やめろジロー、お前から斬るぞ」
「すみません」
ダヴィットの目が本気だったのでさっと手を引く。こんなところで仲間同士もめている場合ではない。
「奴は絶対に近くにいるはずだ。よく探……」
角を曲がった先に人影を見つけ、ダヴィットは口を閉じて柄を強く握りしめる。あのボサボサの黒髪は間違いなく篁だ。側にリーヤの姿はなく彼は一人待ち構えるようにしてその場に立っていた。
「見つけたぞ篁! リーヤはどこだ!」
「…殿下、随分お待ちましたぞ。アウトサイダー様なら別の場所に捕らえている。すぐにお助けせねば彼の無事は保証できない。あの方を助けたくば俺を倒していただこう」
「貴様…っ」
リーヤが危険にさらされていると知り、すっかり頭に血が昇ってしまうダヴィット。そのまま持っていた剣を振り上げ、問答無用で篁に斬りかかった。
「二人ともお願いですからやめください! 危険です!」
ジローの制止などまるで聞いていない二人は鋭い音を響かせながら剣を交える。どちらかが怪我でもしない限り止まる気配はない。
「言え篁! リーヤはどこだ!」
リーヤはダヴィットにとってようやくDBから取り返した大切な恋人である。そんな相手を人質にとられ冷静でいられるはずがなかった。
しかし篁の方も遊びでレッドタワーに戻ってきた訳ではない。相当な覚悟をもってやっとの思いで逃げ出したはずの場所へ帰ってきたのだ。ただ保護され守られるだけの人生など、篁は求めていなかった。男に生まれた以上、己を鍛えさらなる高みへと登りつめる。それこそが篁の生きる意味だった。
そんな二人が対峙して、お互い手加減などできるはずがない。己の立場を忘れたダヴィットの圧勝かと思われていた勝負だったが、篁も負けていなかった。ほぼ互角の闘いにこのままでは必ず怪我人が出るのは明らかだ。
「お待ちを!」
我を忘れた男達の間に割り入んだのは、ダヴィットの護衛、ジロー・篝だった。彼はダヴィットの腕を掴み後方に追いやると、篁の振り下ろされた剣を自ら足で踏みつけ押さえつけた。そして自らの短刀を篁の首筋にあてて動きを封じた。
「な、なんだよあんた、邪魔するならあんたから先に片付けてやるぞ」
突然入ってきた男に急所をとられ動揺して声が震える。相手はさっきまで泣きながらダヴィットを止めていた男だ。護衛というだけあって腕はいいのかもしれないが度胸がなさすぎる。自分の敵ではないと篁はジローを睨み付けた。
「子供じゃないんですから、ここでもうやめてください。お願いします」
「誰が子供だ! 俺の機嫌損ねて、あんたみたいな政府の駒がどうなるかわかってるのか。いいから引っ込んでいろ」
どう見てもまだ若造としか言えない男に子供扱いされて、怒りのあまり自分でも嫌悪しているはずの日本人の血を引き合いに出してしまう。しかし篁のこの一言は、ジローの越えてはいけない線を思いきり踏みにじっていた。
ジローは右足で刀身の刃のない部分を踏みつけたまま、左足で篁の両手を蹴りあげる。篁が怯んだ隙に取り上げた剣をそのまま片手で振り下ろした。
「な…」
一瞬で前髪と服が切られるのがわかり、篁は自分が死んだと思った。しかしいつまで待っても痛みはなく、思わず膝をついた篁が確認すると服だけが切られ身体は無傷だった。けれど目の前の男が今まで見たことないような冷たい目で自分を見下ろしていることに気がつき、背筋が凍った。
「この身はこの国の王子に使えているのではなく、ダヴィット様自身に捧げている。もし殿下とアウトサイダー様を傷つけるようなことがあれば、いかなる処分を受けることになろうととも貴公をこの場で斬って捨てるが如何か」
淡々と言い切るジローの感情のない声に、篁に感じたことのない衝撃が走った。ジローのその声、目、すべてに痺れた。
「……なんてことだ」
震える声でぼそりと呟いた篁は、物凄いスピードで頭を床に擦り付け、その場に土下座した。
「お願いします! 自分を、あなた様の弟子にしていただけないだろうか!」
「……? は?」
意味のわからないことを言われ、一気にジローの警戒心がゆるむ。その隙を見逃さず篁がジローの両手を掴みすがり付いた。
「俺はあなたの強さと覚悟に惚れた! あなたが好きだ、俺の気持ちを受け入れてくれ、師匠!」
「いや、ちょ、離してください。弟子とかいらないですし、意味わからないんで」
「良かったなジロー、貰ってくれる相手が見つかって」
「は!? そんな、助けてくださいよ殿下っ」
「篁、今すぐリーヤの居場所を吐けば、ジローを好きにしてかまわないぞ。私が許可をする」
「ちょっと殿下!? 殿下ー!」
その後簡単にリーヤを捕らえている場所を話した篁は、ベッタリ抱きついていたジローによって無抵抗で捕まえられた。彼によるアウトサイダープチ誘拐事件が表沙汰になることはなく、その後は政府の庇護下の元おとなしくしていた篁だったが、ジローと師弟関係を結ぶことを条件に出していた。それくらい問題ないと簡単に了解したダヴィットのせいで、ただでさえ苦労人のジローの苦労がつきることはなかった。
「…はい、こちらハリエットです。殿下、カキノーチを発見しました。ええ、確かにタワー最上階、展望台の柱にくくりつけられていました。危険はなさそうですがすぐ助けに来てあげてください」
「誰か早く来て〜縄をほどいて〜〜」
「良かったわねカキノーチ、殿下がすぐに助けに来てくださるって。あと少しだから頑張って!」
「いや、普通にハリエットが助けてくれたらいーじゃん…」
「ごめん、悪いけど無理。そんな高いところ近づけない」
「ううう……いったい俺が何したってんだよぉ〜〜…」
おしまい
2015/5/31
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