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先憂後楽ブルース
002



色々と不安ではあったが、長くのばした髪をまとめあげ颯爽と現れたダヴィットにリーヤは思わず見惚れてしまった。
まさしく異国の騎士といった出で立ちだが手にしているのは竹刀。なんとなくしっくりこないと思っていると、反対側の扉から対戦相手がとなる黒髪の男が大股で歩いてきた。

「初めましてだな、殿下! 俺のような者のために貴重な時間を割いていただき感謝している」

丁寧なのか不躾なのかわからない豪胆な口調でダヴィットに声をかけながら、頭を下げる妙齢の大男。純日本人というのでそれっぽい男を想像していたが、レイ・篁の身長はダヴィットをゆうに越えており、筋骨粒々のたくましい体つきをしている。真っ黒な髪は伸び放題で無精髭で顔はあまり見えないが、遠目からでも整っているのはわかった。

「殿下はこの国、最強の男と聞いている。殿下を倒してこそ、己の真価を問うことができるというものだ」

「最強かはわからないが、お前の相手をするくらいはできる。篁とやら、さっさと終わらせるぞ」

やる気満々の篁に反してダヴィットは通常運転だ。竹刀を何度か振り下ろし面倒臭そうにしている。応援に来ていたリーヤにダヴィットが気づいたようなので、笑顔で大きく手を振っておいた。

「ダヴィット、やる気ないなぁ」

「馬鹿、あれはカキノーチの手前格好つけてるのよ」

「えっ、そうなの?」

「当たり前でしょう。まあ、早く終わらせたいってのは本当でしょうけどね。あの日本人が怪我なんかしたら大変だから。もう本当だったらこんな危ないことさせられないぐらいの重要人種だから」

「そんなに? アウトサイダーよりも?」

「そりゃアウトサイダーの方が珍しいけど、でもどうかしら…今までアウトサイダーといえば純日本人だったみたいだし」

「ああ、もうそれに関してはほんと皆さんをがっかりさせてしまいましたよね……」

「何で敬語になるのよ。別に責めてないから」

リーヤは顔はどこからどう見ても日本人だが、実はクォーターである。純日本人の希少価値の高さを改めて思い知り、世話になっている身としては申し訳なくなってきた。

「ほら、カキノーチが殿下見てあげないから竹刀ぶんぶんに振り回してるじゃないの」

「あ、そうだった。ダヴィット、頑張って!」

思い出したように声援を送るリーヤに軽く手を振るダヴィット。そして改めて竹刀を構え向き合う二人に、殿下直属護衛のジローはすでに涙目だった。

「あの、やっぱりこんな危ないことやめませんか……? 今からでも遅くはないですよ」

「うるさいジロー。こうでもしないとまたフラフラ出ていくぞこの日本人は。そっちの方が余程危険だ」

「ジロー、殿下がお決めになさったことなのだから貴方が口を出すのはやめなさい」

「ですが……」

なんとか止めようとする護衛を鬱陶しそうに追い払い、ダヴィットは竹刀を構えた。篁も対戦できる事が嬉しくてたまらないのか、気持ちの高揚を隠そうともせず満面の笑みを浮かべている。

「いざ尋常に、勝負!」

その言葉を皮切りに、篁が前に出てダヴィットの頭を狙う。あまりのスピードにリーヤは声をあげそうになったが、ダヴィットはそれを竹刀でなんなくいなした。

「……うっわー、ビビった。ダヴィットあんなのよく反応できるな」

「あれくらい殿下なら余裕よ」

ハリエットの言葉通り次々と繰り出される技をダヴィットはなんなくかわしている。ただずっと受け身一辺倒で自分から攻めようとはしないので、見る側としては気が気ではない。リーヤはもちろんのこと、ジローはすでに半泣きだった。

「二人ともすごいけど、なんかダヴィット押されてる?」

「というより殿下は下手に攻撃できないのよね。怪我させずに勝つって難しいから」

「あー、なるほど」

「でもそれにしたってちょっと苦戦してる、かな? 向こうが予想以上に強いのかしら。あとリーヤの前で緊張してるってのもあるかも」

「えっ、俺のせい!? 今からでも隠れた方が……」

「いや、今更すぎるから」

ダヴィットなら負けることはない、と思っているが相手の強さは未知数だ。そしてどう見てもダヴィットを本気で倒しにかかってる。ルール上では身体の一部にあてれば勝利だが、その際に怪我でもさせかねない勢いだった。

「もうこんな危なっかしくなるなら、わざとでもダヴィット負けた方がいいんじゃないか」

ジローも同じことを思っているのか、頭上にバツマークを作りながら試合を終わらせるようにアピールしている。篁を納得させることだけが目的なのだから名誉の惜敗でも十分だ。

「うっ……!」

ダヴィットは心配性の護衛の手信号を見てかなり不満げな顔をしたが、従う方が得策だと思ったらしい。しばらく打ち合った後、押されていたダヴィットの腕を篁の竹刀がかすめた。そのまま体勢を崩したダヴィットは篁の前に手をかざして制止させた。

「待て、まいった。私の負けだ」

さすがというべきかダヴィットはうまく負けたようで見てわかるような怪我はなかった。彼の本気の剣術が見られなかったのは残念だが、怪我をされるより何倍もいい。最初は見るのを楽しみにしていたが今は終わってほっとしている。

「……負け?」

「今私の腕に当たった。終わりだ」

何事もなく無事に終わり、ジローとリーヤはほっとしていたが納得いかなかったのは篁だ。

「おふざけがすぎるな、殿下。もっと本気でやっていただこうか」

「私は本気だ。何を期待していたか知らないが、私でもお前には敵わない」

「嘘だ、俺が日本人だから本気を出されないのだろう。そもそもこんな竹刀では本気の勝負ができるはずもない」

「……そうか、ならばどうする。再試合をするか? 同じ条件でないと、相手はできないがな」

圧倒的な差がない以上どうせ負けなければならないのだから、何度もやりたくないのが本音だ。
やる気がまったくないダヴィットに気がついた篁は、闘技場にもともと備え付けられていた数ある武器を目に止めた。どれも壁に固定されていたが篁はその中の長剣を手に取り、無理矢理留め具を破壊して武器を手に入れた。

「な…何をやっている篁!」

長剣を手にした篁は竹刀を捨てるとダヴィットに向き直った。ダヴィットは一歩下がり剣を構えた篁を睨み付ける。危険を察知したジローはすぐさまダヴィットを守るために篁との間に入った。

「やめてください篁様! すぐにその武器をおろしてください!」

ジローの警告を聞いても篁は長剣を手放さない。性悪判別機では白だったのだ。まさかダヴィットと闘いたいがためにここまでするとは誰も思っていなかった。

「……うわっ、何!?」

ダヴィットに向かってくるかと思われた篁だったが、彼の走り出した先にいたのはリーヤだった。訳もわからないうちに篁に担ぎ上げられたリーヤを見て、ダヴィットが怒りをあらわにして叫んだ。

「貴様、いったいどういうつもりだ! リーヤを離せ!」

「アウトサイダー様は俺が頂戴する。婚約者を無事に返してほしくば、俺と真剣勝負することだな」

「ちょっと貴方、何を勝手なことをペラペラと! カキノーチを離し……きゃ!」

すぐ横にいたハリエットが慌てて止めようとするも、片手で突き飛ばされてしまう。床に倒れされる寸前、駆け寄ってきたジローが彼女の身体を受け止めた。

「ハリエット!」

「私のことはいいから、カキノーチを…っ」

ジローはすぐに篁を確保しようとしたが、彼はすでにリーヤを担いだまま走り去っていた。その背中を追いかけるダヴィットの手に真剣が握られてるのを見て、ジローも叫びながら慌てて彼らの後を追ったのだった。


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あきゅろす。
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