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先憂後楽ブルース
無意味な逃亡


「げ、撃墜って……だめだめだめ! それは駄目!」

「なぜだ。向こうが攻撃してきた場合のこちらの被害を考えれば、仕方ないことだろ」

「でも俺、あの船は、俺を迎えに来たんだと思うんだ」

「思う? そんな可能性程度でこの場所を危険に晒すことはできない。いいから来いよ、ここは危ないから」

「……」

手を強く引かれるままテオとフランカ様達と共に足早に進んでいく。確かに、テオの言っていることは最もだ。でも俺にはあれが日本からの迎えだという確かな確信があった。いっそのことあれはダヴィットの船だと嘘をついてしまおうかと思ったが、あれが味方だという確証はないのだ。無責任なことはやっぱり言えない。

「大丈夫、警告はする。あれが本当に日本の王子なら撃たれるとわかっていながら、やみくもに突っ込んできたりはしないはずだ、安心しろ」

すっかり黙り混んで俯いてしまった俺を心配してかテオがそう声をかけてくれた。それでも撃墜するという言葉が頭から離れなくて、俺の顔は真っ青だった。
親に手を引かれる子供のようにテオに引っ張られていた俺だが、再び数人の兵士が走ってきて焦った様子でテオに説明をしていた。ここでも俺はやはりアリスの力を借りることになった。

『マルダ大尉、“侵入者ですが、予想以上に進行のスピードが早く撃墜することができません。包囲壁を作動させる許可を頂戴しに参りました”』

『テオドール陛下、“そんな馬鹿な、あんな構造でそこまでのスピードがでるとは思えない”』

『マルダ大尉、“しかしあの船はすでにリガ山脈を越えています。ここまで来るのも時間の問題かと。すでにすべての飛行中の機体には緊急着陸命令を出しており、この首都内に入ることも禁止しております。後は陛下の許可を頂き、アリスに壁を作らせるより他ありません”』

『テオドール陛下、“仕方ない、許可する。ただし必ず向こうに警告することを忘れるな”』

『マルダ大尉、“はい、承知しました”』

テオと兵士達が話し合っている中、歩くスピードが今までより速くなりついには小走りになった。さらに強く俺の手を引くテオに俺は恐る恐る尋ねた。

「テオ、包囲壁って何? 船は撃ち落とさないの?」

「ああ、聞いていたのか。どうやら思いの外向こうのスピードが早くて狙い撃ちすることができないらしい。包囲壁というのはこの城を丸ごと覆う見えないシールドのことだ。飛んでいる鳥等にも影響が出てしまうからなるべく使いたくなかったが、ここまでくると仕方ない。シールドの存在に気付けば、必ず動けなくなり船は立ち往生するはずだ。そこを狙えばいい」

「……」

何だそのチートな防衛システムは。どうやったって侵入者に勝ち目はないだろう。まさかあの船、まともに突っ込んできたりしないよな? いや、そこで止まってしまえば集中砲火されて結局終わりだ。

「とひあえず今は呑気に話している場合じゃない。急ぐぞ、あの船はすぐそこに迫ってる」

「すぐそこって、どれくらい?」

「数分とたたずに姿を目視することができるくらいに。どうやらまた速度があがったらしい」

テオはそう言いながら殆ど俺を引きずるように走っていた。フランカ様とジアも俺達と共に顔を青くしながらも走り続けている。かなりまずい状況なのは俺でもわかるが、あの船は俺の知っている船なのだ。記憶の中のものとは少し形が違う気がするが、十分すぎる程に似通っている。とすれば、あの船に乗っているのは間違いなく俺の味方であり、もしテオの言うとおりなら、あの船は見えない壁にぶつかってしまうということだ。仮に壁に気づいて止まることができてもそこを撃墜されてしまう。どのみちあの船に乗っている人達の命はない。

「っ……!」

強く握りしめられた手を思いきって振り払う。突然立ち止まった俺にテオは唖然としていた。

「リーヤ? 何してるんだ」

「ごめん、テオ。俺は行けない」

「はぁ? 何を言って…」

「シェルターには3人で行ってくれ。俺はここに残る」

「バカなこと言うな。ほら、行くぞ」

「俺は本気だ。それに本当に包囲壁とやらを作るなら、避難する必要ないだろ。お願いだから、俺を残して行ってくれ」

「お前を置いていけるわけないだろ。何があるかわからないんだ。安全な場所に隠れる必要がある」

「リーヤ君、今はとりあえず従って。お願い」

フランカ様にも諭されるが、俺はシェルターとやら行く気はさらさらなかった。俺の目に狂いがなければ、あの船はフィースのものだ。なぜ彼の船がここに来たのかはわからない。彼があの船に乗っているという確かな証拠もない。でも、確信がないからといってこのままあの船が攻撃されるのを黙って見過ごすわけにはいかないのだ。何か、何か手を打たなければ。

「リーヤ君、大人しく言うことをきいて」

フランカ様の声色がとても冷たかった。彼女は俺を連れてくるためならきっと何だってするだろう。大事な弟を一刻も早く安全な場所へ連れていきたいのだから。ここはもう、後先考えずに逃げるしかない。

「あっ!」

「?」

テオの後方を指差して叫ぶと、護衛も含めた全員が振りかえる。俺はその隙をついてすぐさま走り出した。

「リーヤ!?」

「ごめん、テオ!」

「リーヤ様!」

全速力で元来た道を駆け抜ける。計画などない、とにかく逃げなければという思いからの逃亡だった。走る俺にいち早く気づいたジアがすぐに追いかけてきたため、俺は死に物狂いで走った。

「待て、行くなリーヤ!」

ジアと同時に走り出したテオにすぐに追い付かれるかと思ったが、俺を追おうとした彼を護衛が止めていた。おそらくテオだけでも先に避難させようとしたのだろう。けれどテオはそれに従わず口論になっていた。俺はその間に彼らの前から姿を眩まそうとしたが、走って30秒とたたないうちにジアに捕まってしまった。

「頼むジア、行かせてくれ!」

「リーヤ様、こっち」

「えっ」

てっきり俺を連れ戻しにきたと思ったが、ジアは俺の手をとると元来た通路には戻らず、まったく違う方向へと走り出した。そして迷うことなく細い廊下を走り抜けると、奥にあった扉を開けてそこに俺を引きずりこんだ。

「ジア、ここは?」

「備品庫、です。しばらく、ここに隠れる」

息を切らしながら俺をさらに奥へと追いやる。たくさんある棚にはたくさんのものが置かれていて、ほとんど布がかかっているためよく見えないが確かにここは備品庫らしい。

「ジア、俺を助けてくれたの? 何で?」

「私、リーヤ様の付き人、です。当然なこと」

「……ありがとう、助かった」

二人して備品に埋もれながら埃っぽい床に座り込む。逃げ出したはいいが、これからいったいどうすればいいのやら。いや、考える時間が欲しいからこそ逃げたのだ。今頃きっと俺のことをたくさんの兵士が探しているだろう。いつまでバレずにここにいられるかわからない。とにかくこれからどうするか、解決策を見つけなければ。

「あの船は、きっと日本からの迎えだと思うんだ。なんとかして助けないと。でも方法が思いつかない」

「陛下に、頼む?」

「頼んだよ、聞いてただろ。でも駄目だった。あいつにも立場があるし、仕方ない。俺がなんとかしないと」

とりあえずこのままではあの船の行く先は地獄なのだ。なんとか俺の方から向こうに連絡して危険を知らせたいが方法がない。携帯は返してしまったし、それに俺が警告したところでおとなしく逃げ帰ってくれるのだろうか。火に油を注ぐだけのような気がする。

「どうしよう、こんなときに限って頭真っ白だ……」

「シールド、解除の申請は」

「……あああ、それだよ! さっすがジア!」

そうだ、包囲壁はアリスによって作られるのだ。アウトサイダーである俺がアリスを止めれば包囲壁を作るのを阻止することができるかもしれない。

「アウトサイダーの特権を今使わないでいつ使うってんだよな。よし、アリス、応えてくれ。君に頼みがあるんだ」

『はい、こんにちはリーヤ様。なんなりとお申し付けください』

「包囲壁を作って侵入者からこの城を守れって命令が出てるよな?」

『はい、間違いなく出ております』

「その命令を取り消して欲しい。中には俺の仲間がいるかもしれないんだ。アウトサイダーの権利を行使して、なんとかならないかな?」

「それは無理だぞ、リーヤ」

突然聞こえてきた声に顔を上げるとそこには眉間に皺をよせるテオとハーシュさんの姿があった。まさかこんなに早く見つかってしまうとは思っていなかった俺は驚きのあまりテオと共に立ち上がって叫んだ。

「テオ、何でここがわかったの!?」

「アリスに聞いた」

「あ」

そうだ、今の今まですっかり忘れていたがアリスに聞けばこいつには俺の居場所なんてすぐにバレてしまう。こんな大事なことを忘れてすっかり逃げおおせた気になっていたなんて、我ながら恥ずかしい。

「でもなんでテオとハーシュさんだけ? 他の人は先に行ったの?」

「あー、実はお前が逃げたどさくさに紛れて、姉も逃げたんだ。他の連中はそっちを追いかけている」

「えっ、何でフランカ様が?」

「俺が知るか」

「……おそらく、レイチェル様のもとへ向かわれたのかと。フランカ様は妹君のことをとても心配しておられましたから」

そっぽを向くテオにかわってハーシュさんが説明してくれる。なるほど、確かにレイチェル様第一な彼女ならやりかねない。

「そんなことはどうだっていい。リーヤ、どこに逃げたって何をしたって無駄だ。それはお前もよくわかっただろう」

威圧的なその口調に思わずむっとしてしまう。そんな感情がもろに表に出ていたのかテオの表情はさらに険しくなり、隣のジアはすっかり怯えていた。

「アリスに頼んだところでどうしようもない。いくらお前がアウトサイダーでも、国の安全を脅かすような命令をアリスに下すことはできない。俺自身ですら最早止めることはできないんだ。諦めろ」

「そんな……」

ただ項垂れることしかできない俺を見て、テオは深いため息をつく。そして優しく俺の肩を抱くと、子供を慰めるような口調で話しかけてきた。

「大丈夫だリーヤ、向こうがすぐに降伏の意思さえ見せれば手荒なことはしない。後の事は任せて、お前は俺と一緒に……」

「陛下」

テオの言葉はハーシュさんによって止められる。彼は険しい表情でこめかみを指で押さえていた。

「なんだ、どうした?」

「上から回ってきた緊急伝達です。アリス、再生をお願いします」

そう言ったハーシュさんのみるみるうちに瞳孔は開き、目はすっかり泳いでいた。どうやらよほどの緊急事態らしい。

「大変です、陛下」

「いいから早く言え、何があった」

ハーシュさんは自分でもまだ理解できていないような口ぶりで、アリスから聞いた伝言を伝えた。それは俺にとっても、誰にとってもあらゆる意味で衝撃的な展開だった。

「……信じられないのことですが、包囲壁の作動に失敗しました。何度も試みるも状況は変わらず。原因も、今のところ不明です」


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