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先憂後楽ブルース
女の友情


それからしばらくして、クロエ達が帰ってきた。


「あぁ〜かったりー」

学生カバンらしきものを床に投げ捨て、クロエがソファーに倒れこむ。

「…何で学校なんかあるんだよ。くっそー……潰すか」

不吉なことをボソボソつぶやく不良。
さっきまでの俺なら、この社会のゴミめ、と罵っていたところだが今は違う。

「ただいまー」

学生服らしきブレザーを着たジーンが遅れて部屋に入ってきた。

「おかえり、ジーン」

「あぁリーヤ、家事おしつけちゃってごめんね? 僕も夜は…あークロエ、またカバンをこんなところに……」

無様に投げ捨てられたカバンをジーンが拾い、椅子の上に置いた。

「ジーン、クロエ、おかえりデース」

シチューを温めていたゼゼが顔をだす。

「今日はシチューか、リーヤが作ったの?」

ジーンは部屋にただよう香りだけで今夜のメニューを当てた。

「ちょっとだけ」

「すごいね」

笑顔で俺を褒めてくれたジーンは分厚いコートを脱ぎ、ハンガーにかける。クロエもソファーで足を伸ばしたまま真っ黒のコートを脱ぎ捨てた。

「それ、かけとけ」

……もしかしなくても、俺に言ってる?

「クロエ、それくらい自分でやりなよ。リーヤはお前の召し使いじゃないんだよ」

「あぁ? コイツは俺の舎弟だろ」



…俺はいつから舎弟になったんだよ。



普段の俺ならここで文句のひとつでも言ってやるところだ。
でも俺は我慢した。
コイツらは平和ボケしてる俺とは違って、色々つらい目にあってきたんだ。
これくらいのワガママを許せないでどうする。

「クロエ、自分のことは自分で…」

「いいよジーン。俺やるから」

ジーンが止める前にクロエのコートを拾い、ハンガーにかけて吊り下げる。

「ここでいい?」

「…あぁ、うん。ごめんね、リーヤ」

いいよ、と言う俺を見て、クロエが横になったままニヤニヤ笑った。

「テメェもやっと、自分の立場がわかったか」


そう、俺は自分の立場がよくわかった。
俺はこの未来のことを何もわかってない、武器を持って誰かと戦ったこともない、のんきな一般人だ。

「わかったら、これからは俺様の言うことをよく聞いて……ってお前、何でそんな目で俺を見てるんだ」

「え?」

どんな目で、見てたんだろう。

「リーヤも呆れてるんだよ。お前みたいな我が儘な男は初めてだから」

「なんだと!?」

ジーンの言葉にクロエが半分体を起こした。
ヤバい、このままじゃケンカになってしまう。俺は慌てて話題をそらした。

「あーそういえば、イルは?」

腰を落とし、かまえていたジーンはブルーの瞳を俺に向ける。

「イル? …あぁカマのこと」

やっぱり、そのあだ名なのか。

「カマはもうすぐ来るよ。今日はチームの集会があるから」



『チーム』



意味を知ってしまってからは、なんだかズシッとくる言葉だ。


「チームのこと、ゼゼにきいた?」

俺の表情から何か読み取ったのか、ジーンがいぶかしげに尋ねてくる。

「うん」

俺が頷くとジーンはいつもの優しい笑顔を見せた。

「じゃあ、話は早い。明日レジスタンスがあるから、今夜はその作戦会議をするんだよ」


何でもないことのように話すジーンを見て、俺はどんなを顔すればいいのか、わからなかった。



その瞬間、ドンッと玄関の扉が乱暴に開く音が聞こえた。

「来たみたいだ」

ドタドタと無遠慮に入ってくる足音がして、リビングのドアが荒々しく開いた。

「カマ、早かったねー」

ジーンのねぎらいの言葉を無視して、カマがこっちにズカズカ近づいてくる。
彼女は無駄なチェーンがチャラチャラついたロックバンドのメンバーみたいな服を着ていた。スカートは髪の毛と同じ赤色だ。
こんなチャラついた服を着ていても、本当は……ってぐぇえ!

あろうことか彼女はいきなり俺の胸ぐらを掴みあげ、ドスのきいた声でこう言った。



「テメェ、俺らが留守にしてる間、ゼゼに何かしなかっただろうなぁ」

「へ!?」

昨日とは違う、というかさらにヒドくなった口調のカマは、平気で人を殺しそうな目をしている。俺はここに来て、一番恐怖を感じた。

「何もしてません!」

あまりの恐ろしさに思わず敬語。年下の女の子相手にだ。

「本当か!?」

俺はまるで痙攣しているかのように首を思い切り縦に振る。

「なら、いいけど」

やっと解放される、と気を抜いた瞬間、カマは俺の顔を乱暴に引き寄せた。
俺とカマの額がお互いにゴンッと当たって、ジンジン痛み出す。

「もし、ちょっとでも手ぇ出したら…」

「出しません出しません出しません!!」

だから放して〜と涙目で訴えかける俺。
情けないが怖いもんは怖い。


でも疑問が一つ解決した。
ゼゼみたいなナイスバディーな美人が、こんな男のいるところに出入りしていて大丈夫なのだろうか、とひそかに気がかりだったのだ。

まさかこんな恐ろしい守護神がついていたなんて。

「イルちゃん! なにしてるんデスか!!」

リビングでの脅しにやっと気づいたらしいゼゼが、俺とカマの間に入ってくれた。

「もうそんなコトするから、リーヤにごかいされるんデスよ!」

カマはさっきまでの鬼の形相が嘘のように無邪気に微笑んだ。

「ごめんゼゼ。でも本当にあの男に何かされなかった?」

「リーヤは、そんなコトしマセン!」

「ゼゼ、油断しちゃダメよ。男なんてみんな獣なんだから」

そしてそれを境に、だんだんと女同士の会話がキャピキャピ始まってしまった。唖然とする俺にジーンが「大目に見てあげてね」と耳打ちしてくる。


その様子をかったるそうに見ていたクロエがいきなり立ち上がった。

「あーもぅ、うるせぇ! さっさと作戦会議始めるぞ!! 誰かエクトル呼んでこい!」

隣の部屋から、ガチャっと鍵を閉める音が聞こえた。


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