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先憂後楽ブルース
仮初めの婚約者



俺とテオが婚約するという噂は、瞬く間に城中に広まった。俺達がおおっぴらに公言したわけではないが、フランカ様の助けもあり自然に話を広めることができたのだ。それに俺も、噂を聞き付けたレイチェル様に問い詰められたとき否定しなかった。そりゃ噂の信憑性も増して、おおやけの事実になるってものだ。なにせその噂が広まってからの俺達は片時もお互いから離れず、人気のないところでは率先的に二人きりになろうとしていたのだから、何を言われても否定しきれない。だがそれこそが俺達の狙いであり、本当の目的は別のところにあった。






「……だからってさ、ここまで徹底的にひっつく必要はないと思うんだよ」

とあるのどかな昼下がり。美しい花が咲き乱れる庭園のテラスで、俺とテオはかなり密着しながらお茶を飲んでいた。人払いをして護衛のハーシュさんも席を外させたので、この広い庭には俺達だけ。完璧な二人の世界だ。

「馬鹿言え、恋人同士が何を照れる必要があるんだ。それにどうせここには誰もいない」

「そりゃあ、そうだけどさー」

俺のひきつった口から発せられる棒読みの言葉。にやりと笑ったテオはその綺麗な顔をギリギリまで近づけてきた。

「あまりにそっけなくては、信憑性がなくなるだろ。今にも結婚しそうな二人、を演出することが大事だろうが」

「……」

なんだ、テオも一応考えて行動してるのか、と感心したのもつかの間、奴がぐっと身体を寄せてきた。制止させようと開いた口を口で塞がれ、抵抗しようとのけぞるも力ではまったくかなわない俺はされるがままだった。

「お、おいテオ……んっ」

思いっきり暴れて蹴りあげてやろうかと思ったが、『恋人』である以上、過度な反応は不自然だ。誰が見ているかわからないのだから。

そうこうしているうちに俺の身体はそのままの姿勢を保っていられなくなり、テオに引っ張られる形で地面に押し倒された。そのまま人の首筋に吸い付き、浴衣を脱がしてくるテオに、さすがの俺も物申さずにはいられなかった。

「ちょ……お前、ここ野外! ここ野外だから!」

「うるさい」

まさか自分が真っ昼間から男とこんな場所で盛る日が来ようとは。恥ずかしさのあまり真っ赤になった顔から湯気が出そうだ。
ささやかな抵抗を続ける俺の耳元で、まるで愛の囁きのごとく甘い声でこう言った。

「……ここでこうやって過ごすのはもう五日目だぞ。手を繋いだりするだけでは駄目だと、リーヤもわかっているはずだ」

「確かにそーだけどっ」

「だったらお前にも、少しは協力してもらいたいものだ。少なくともこうしていれば俺は隙だらけに見える」

甘い雰囲気とは程遠い会話だが、この声の大きさなら俺以外の誰にも聞こえないだろう。端から見ればラブラブなカップルにしか見えないはずだ。テオだって別に、やりたいからやってるわけじゃない。これも1つの作戦なんだと自分に言い聞かせながら、俺はテオの背中に手を回した。

「そうだ、リーヤ。お前も甘い言葉のひとつでも出かけてくれれば、尚更いいんだけどな」

「やっ……やだよそんなの」

あくまで小声で反抗する俺に小さく笑うと、色気を無駄に振り撒いたまま俺との恋人ごっこを続けていた。雰囲気にのまれそうになる自分の理性を保つためか、俺の頭の片隅はやけに冷静だった。
この作戦がうまくいくことを、こいつとフランカ様は確信している。俺だっていけると思ったからこそこんなことをしているのだ。テオと婚約なんて公式発表はしていなくても日本の、ダヴィットの耳に入るのは時間の問題。そうなれば彼が後先考えない行動をとってしまう可能性は十分にある。他ならぬ、俺なんかのために。
それがわかっていながら俺はこの方法を選んだ。それだけ切羽詰まっていたということに他ならないが、困ったことに俺達の婚約自体ディーブルーランドの方々は概ね賛成らしく、周りから生暖かい目で見られてだいぶ居心地が悪かった。
だが、その一方でなぜかアリソンさんはそれほど喜んでくれなかった。いや、特におかしなところのない普通の反応だったが、あれだけ俺とテオをくっ付けようとしていた男にしては淡白だった気がする。パーティーでもやりかねないテンションで祝ってくる覚悟をしていたのだが、返ってきたのは『おめでとうございます』の一言だけ。肩透かしもいいところだったが、それが逆に俺の疑心を確信に変えた。この男は、テオが強い権力をもってこの国を支配することを恐れているのではないかと。分不相応な考え、というフランカ様の言葉が頭をよぎっていた。






「も……お前…やりすぎだろ、って……!」

だんだんとヒートアップしてくる奴の背中に爪を立てる。こんなことにほんとに意味があるのか、考えれば考えるほどよくわからなくなった。名案だと思ったこの作戦だって、五日たっても何の成果も得られない様では失敗と言ってもいいかもしれない。というかいい加減止めないと、越えてはいけない一線にまでこいつは足を突っ込んできそうだ。

本気で奴にやめさせようと口を開きかけたその時、俺の真上に影が落とされた。テオの頭越しに影の正体を見ようと顔をずらす。するとすぐ間近に顔面に布を巻いた男が迫っていて、何かを俺達めがけて振り下ろそうとしていた。

「……っ」

この時をずっと待っていて、心の準備もしてきたはずなのに、いざ危機が迫ると俺は声一つあげられなかった。恐怖のあまり声が出せなかった訳ではない。何もかもが一瞬すぎて反応することが出来なかったのだ。俺がようやく事態を認識できたのは、すべての決着がついた後だった。





「……おい、話が違うぞ。予想では、また狙撃されるはずじゃなかったか」

「スナイパーの方ならハーシュが捕まえてくれたよ。こっちは……捨て身の最終手段ってとこかなー。まったく、私の可愛い弟に何してくれてんだか」

目の前には見知らぬ男が倒れていて、そいつを踏んづけるようにしてフランカ様が立っていた。男に襲われる寸前、見計らったかのように現れた彼女は、比較的小柄とはいえこの暴漢を一撃でのしてしまったのだ。

「ちょっとリーヤ君、放心してるけど大丈夫? もっと作戦成功を喜んでくれないと。私のお手柄なんだからさ〜」

「……」

はしゃぐフランカ様は完全にのびている暴漢の頭をずっと踏みつけている。完全に意識を失っているらしく何をされてもピクリともしない。

「そいつが……テオを狙ってた犯人なんですか」

「多分その駒、ね。この男が単独でやったことじゃないのは間違いない」

やっと出せた俺の言葉は震えていて心臓の鼓動はまだ速く脈打っている。一方狙われた張本人は特にパニックになることもなく、呆然とする俺の肩に手をまわして立ち上がるように促していた。

「で、これからどうする? 殺し屋としてつき出すのか」

「まあ待ってよテオ。こいつはのびちゃったけどハーシュが捕獲してる方は意識がある。まずは誰の指示でやったことなのか洗いざらい吐いてもらうのが先」

そう言ってフランカ様はその男をなんなく担ぎ上げ、俺達に一緒に来るように目で合図する。どうやら場所を変えて内密に取り調べをするらしい。テオに引っ張られてなんとか立ち上がった俺は、慌てて彼女の後についていった。






話は数日前にさかのぼる。俺はフランカ様から名案と本人が言う、とある作戦の説明を聞いていた。だがその内容はとても二つ返事で了承できるものではなかった。



「なんで俺がテオと婚約しなければならないのか、そこが納得できないんですよ」

「それは何度も言ってるじゃん。テオとリーヤ君が一度結婚したら、もしテオが死んでも誰とも再婚はできないからだって」

「だから、それが何だって言うんですか」

「鈍いなぁ。あのね、アウトサイダーを国に縛り付けておく一番の方法が結婚なんだよ? もしここでリーヤ君がテオと結婚してテオが死んだら、もうリーヤ君を縛る鎖がなくなる。しかもディーブルーランド人以外の人となら結婚できるから、それがまた厄介なんだよね〜。テオが死んで、そのせいでアウトサイダーを失うのは、国のことをきちんと考えている犯人にとってはなるべく避けたいことなんだよ」

「つまりそれって……」

「まず間違いなく、そいつはテオと貴方が婚約する前にテオを消そうとするはず! どうせいつかは始末する気なんだから、相手は必ず動く。そこを押さえるの」

「……」

確かに、彼女のその言葉には説得力があった。この一連の事件の犯人は、アウトサイダーの獲得とテオの抹殺に動いている。それを鑑みると俺とテオが婚約してからではもう手遅れといったっていい。脅してここに留まらせるのにも限界がある。

それから、俺は事情をテオとハーシュさんに話してフランカ様を含めた四人で作戦を練った。このまま黙って待っていても何も解決しない。いつテオがまた襲われるのかずっと警戒しなければならなくなる。だからその期間をぐっと狭め、こちらも準備することができるように、俺達はなるべく早く婚約することにした。本当に婚結婚する気はないから、正式な発表をさけすべて内密に、しかしここの人間には悟られるように準備した。期限は1週間。短く思えるが、それ以上警戒を継続するのはやはりなかなか厳しいらしい。

そのため俺達は犯人に狙われやすく、というよりは俺達が狙いやすくするためにハーシュさんをはじめとした護衛がまったくいない二人きりの状況を作った。もちろんフランカ様とハーシュさんには少し離れたところで隠れて待機してもらっていた。二人ともさすがプロというべきか、とても上手に気配を消してくれた。俺は素人だが、一応それなりの訓練を受けたらしいテオが二人の動きに感心していたから多分そうなのだろう。とりあえず俺は、羞恥と恐怖に耐える毎日を繰り返していた。
そして五日目、ようやく向こうが動いてくれた。人払いをしていたおかげで誰もいない庭を突っ切り、近くの倉庫に捕らえた男を押し込んだ。布を巻いた男は気を失っていたので、フランカ様がテキトーに縛って床に転がした。意識がある方の男はハーシュさんがすでに縛って椅子に座らせていた。

「お待たせ。そいつ、何か話した?」

「まだ何も、黙秘を続けています」

そう日本語で答えた彼は、続けて英語で男に問いかけた。その強い口調は意味がわからない俺までビビらせたが、相手の男は無表情のままだ。

「こいつの顔……見たことがある」

テオが男の顔をまじまじと見ながら考え込むように呟く。俺はまったく見覚えはなかったが(外国人の顔は見分けづらい)、数ある兵士の中で顔を覚えられているのはかなり珍しい。おそらくかなり位の高い兵士なのだろう。

「面識があってもおかしくありません。この男は上級職員です。政務官兼国王補佐の、アリソン様の直属の部下の1人ですから」

……ああやっと、やっとこの時がきた。
俺の疑いを真実に変える時が。犯人の目星はとっくについている。後は証拠だ。
この男にすべてを自白させて、すべてを終わらせる。心の中でそう誓った俺は名も知らぬ男を睨み付けながら、拳を固く握りしめていた。


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あきゅろす。
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