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先憂後楽ブルース
後の祭り



飲み薬としては少々大きめのその薬を見ていると、テオはその赤い球を歯で銜えた。いったい何をする気かと訊ねる前に、彼はそのまま俺に口移しで飲ませてきた。

「んんっ…!」

赤い玉が俺の口の中に入った瞬間、口全体がピリピリとした。思わず吐き出しそうになったが、テオがいまだ口をふさいでいるためそれはできなかった。

「んぅ…っ」

そんなことしなくてもちゃんと飲むから、とテオの身体を押し退けるようとするが、やはり力が入らない。百歩譲っては口移しは許すとしても、まるで濃厚なキスみたいに角度を変えていつまでもするのはやめろ。

さんざん暴れた俺がようやく薬を飲み込むと、テオは満足そうな顔をしてようやく離れてくれた。酸欠気味だった呼吸を整え、少し身体を起こしながらテオを睨み付けた。

「な、にすんだよ。テオのアホ! 窒息するかと思ったじゃんか!」

「ああ、悪かった」

まるで悪いなんて思っていない口調でそんなことを言うテオに、思わずむっとしてしまう。いくら薬を飲ませるためとはいえまたしても男にキスされてしまうなんて、かなりダヴィットに後ろめたい。

「ごめん、今日はもう休む…」

こんな状態じゃまともに話せないので、自分のベッドに戻ろうとして立ち上がる。しかしその瞬間、身体に力が入らずそのままベッドから転げ落ちそうになってしまった。しかし寸前のところでテオに支えられ、そのまま再びベッドに寝かされた。

「ぃっ! な、なに……」

触れられた部分から感触が痛い程伝わってくる。先程まで酔ってはいたが、なんとか自力で歩けた。なのに今はもう頭がボーッとしているだけでなく、身体中が敏感になりさらに熱を持ってきた。

「身体、つらいだろう」

「お、おれ、酒にアレルギーでもあんのかな……」

これはただ酔っているだけではない、というのはさすがの俺でもわかった。だからこそ不安になって訊ねたのだが、テオはなぜか苦しむ俺に向かって大声で笑った。

「はははっ、お前、俺をあまり笑わせるなよ」

「?」

息苦しくて荒い呼吸に上下する胸に手を添えられる。そしてそのまま乗りかかったテオは再び顔を近づけてきた。

「酒に酔っただけでそんな風になるものか。そんな騙されやすさでは、1人じゃ生きてはいけないぞ」

「……っ」

言葉の意味を理解する前に浴衣の衿を掴まれ形があっという間に崩れる。そしてここでようやく俺はテオが俺に何かしたということに気がついた。

「な、なにっ…これ」

首もとに吸い付かれた瞬間、その強い刺激に身体がはねる。自分の身体がおかしくなってしまった様で、わけがわからずパニックになった。

「俺に任せればすぐに楽になれる。力を抜け」

「んなこと…言ったって……」

まず、テオの言葉の意味がわからない。任せておけって、いったい何をするつもりなのか。今のところ俺の浴衣を脱がそうとしている様にしか見えない。

「なに脱がして、んだよ! もういいから、さわんなっ…」

完全に脱がさずに肌に直に触れる手はとても冷たい。それだけ自分の身体が熱いということだ。

「無駄だリーヤ。黙って俺を受け入れろ」

テオの手つきに嫌なものを感じる。この感触には覚えがあった。あの時のことはいまだに忘れられない。

「やだ、やだってばテオ。お願い、そんなこと、したくない」

口では必死に拒絶しつつも、触られるたびに身体が反応してしまう。直接肌を撫でられて嫌悪感は確かにあるのに、ろくな抵抗はできなかった。

「んん、あっ…」

自分のものとは思えない様な高い声を出す俺を見て、愉しそうに笑うテオ。なぜ、彼はこんなことをするのか。やっぱり、俺のことが許せなくて、仕返しするために許してくれたふりをしていたのだろうか。

「はなせっ……頼むから、やめてくれ」

首筋に顔を埋め背中にまで手をのばされる。仕返しとは思えないような優しい手つきに、思わず身を任せてしまいそうになっ。たがいくら楽になりたいからといって、ここで何もかも投げ出してしまうことはできない。

「テオっ、テオ……っ」

怖くて怖くてたまらなかったが、泣き叫ぶ力もなくただ静かに涙を流す。テオはそれに気がついていただろうが、まったくやめてくれる気配はなかった。

きっとドアの外にはハーシュさんがいるだろう。けれど前の様に大声で助けを求めることはできない。力も出せず、声をあげることすらできないこの状況で、いったいどうすればこの状況から逃げられるのか。


もう駄目だ、と諦めかけたその時、以前テオの部屋の前であったことを思い出した。あの方法を使えば、もしかしたら助かるかもしれない。うまくいく保証はないが、今はこれしか思いつかないのだからやってみるしかない。

泣いている姿を見られたくなくて顔を隠していた手を、今度は邪魔されないように口元まで持っていく。そしてテオから顔をそらしたまま、最後の力を振り絞ってテオの下から這い出して、ベッドの下に手をついて細い声で叫んだ。

「アリス、助けて! 誰か呼んでくれ、緊急なんだ!」

「……っ」

俺の言葉をばっちり聞いたテオの動きが止まる。アリスに助けを求めてどうにかなる確信があるわけじゃない。だが緊急を要した時、テオの部屋の鍵をハーシュさんが開けたことがあった。だからもしかすると、今回の場合もどうにかなるかもしれないと考えたのだ。

『要請を受けとりました。条項に乗っ取り、至急そちらに人を向かわせます。しばらくお待ち下さい』

「アウトサイダー様! ご無事ですか!?」

アリスの声が途絶えたと同時に、直ぐ様ハーシュさんが部屋に入ってきた。彼の姿を見て安堵のあまり肩の力が抜ける。
……た、助かった。どうやら俺の思惑は当たっていたらしい。アリスは偉大で万能だ。

「へ、陛下!? 何をなさっておられるのですか!」

半分脱がされた状態の俺を見て、ハーシュさんの顔が真っ青になる。一方テオの方は彼に見られてもまったく動じることなく、余計なことしやがってみたいな顔で俺を見下ろしていた。

「…まったく、やってくれたなリーヤ。お前がそんなにアリスを使いこなせるとは思わなかった。おかげで余計な邪魔が入ったじゃないか」

「陛下っ! そんなことを仰っている場合ですか! 早くアウトサイダー様からお離れ下さいっ」

「なぜ?」

「なぜって…、アウトサイダー様はアリスを使ってまで助けを求めたんですよ! いくら陛下でもこの方ばかりはどうにもできません!」

ハーシュさんとテオのやり取りを見ていると、以前奴に襲われた時のことを思い出した。その時の護衛はアドニスさんで彼はあくまで王の意思に従おうとしていたが、ハーシュさんはそうではなかったらしい。俺にとってはありがたい限りだ。ようやく身の危険から逃れられて、流れてた涙もなんとか止まった。

「ふん、馬鹿馬鹿しい」

しかし依然、冷たい表情のままのテオは何を言われても引くことはなく、むしろそれ以上に強い力で突っぱねようとしてくる。愛情のかけらもない様な目で俺を見下ろしたまま、奴は不満気な顔で口を開いた。

「身体は大人のくせして大袈裟な。弟には好きにさせておいて俺は拒むのか、リーヤ」

「……っ!」

リーザのことを言われた瞬間、頭に血が上り気がつくと自分でも信じられないような力でテオを突き飛ばしていた。といっても彼は少しよろけただけだったが、その一瞬の隙をついて俺は自ら転がり落ちる様にベッドから逃げだした。

「アウトサイダー様!」

相変わらず身体は燃える様に熱いが、これ以上ここにいたくないし、いられない。王を突き飛ばしてしまったことなんて、今の俺にはとるに足らないことだ。


「…無駄だぞリーヤ、今さらいくら逃げても遅い。もう、手遅れだ」

やっとの思いで立ち上がり、出口に向かってもつれかけた足で走る。――手遅れ。そういったテオの言葉にひっかかりつつも、とにかく俺はその場から逃げ出した。


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あきゅろす。
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