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先憂後楽ブルース
閑話休題



その後、結局俺は頑としてアドニスさんと会うことを許可してもらうことはできなかった。アウトサイダーの権利を行使しようかとも思ったが、アウトサイダーの安全を守る場合はその限りではないらしく、いくら頼んでも結局無駄だった。彼と接触できなくてはどうすることもできず、その後アドニスさんは城の牢に入れられることになってしまった。この後裁判が始まるらしく、すぐに処刑、などという酷いことにならなかったが、もちろん安心はできない。とりあえず少しの間余裕が出来ただけだ。

このままではアドニスさんが主犯として刑が執行されるのは間違いない。彼と話せない以上、どうにかして真犯人を見つけない限り、彼が解放されることはないだろう。だが口でいうのは簡単でも実行するのは難しい。現に八方塞がりになった俺は何もできないままだった。



しかしその一方で良い方向に変わったこともある。毎日好き勝手に遊んでいたテオが、あの日以来女遊びもその他の道楽もピタリとやめて、真面目に仕事をする様になったのだ。アドニスさんのことがよほど堪えたのだろう。きっかけは良いものではなかったが、これでもしかするとテオが狙われない様になるかもしれない。そう考えると俺の不安の種も少しは減った。

今まで怠けていたつけがまわって、テオはすぐに政治に直接関わることができず、朝から晩まで勉強していた。今までとはまるで別人だ。あの日から俺達はよく一緒にいるようになり、テオもかなり色々話してくれる様になった。





「リーヤ、お前俺の隣の部屋に越してこい」

「え」

いつもの勉強が終わった後、テオが唐突にそんなことを言い出した。この場合のテオの隣の部屋というのは、隣接した部屋という意味ではなく、テオの部屋の一部ということだ。

「いや、あんなとこにいたら朝お前のこと起こしちゃうよ。気い使ってしょうがないじゃん」

「馬鹿を言うな、お前が起きる時間にはもう起きてる」

「…そうだっけ?」

夜更かししているテオしか覚えがないが、確かに最近の彼は俺が部屋に行く頃にはきちんと仕度をすましている。こういったテオのささいな心境の変化はとても喜ばしい限りだ。

「俺は一緒でもいいけど、テオはいいの? いちいち俺に部屋の中を歩き回られることになると思うんだけど」

「かまわない。悪いがもうとっくに準備をしてある。今日中にはお前の引っ越しを終わらせるつもりだ」

「えっ、そんな急な!」

引っ越しは別に一向にかまわないのだが、ここまで強制的な感じだとは思わなかった。だがこれは今よりもっとテオと仲良くなるチャンスだ。断る理由はない。

「リーヤは寂しいだろうから、一緒に寝てやってもいい」

「それはお前のことだろ。俺が毎日寝る前に歌ってやるよ」

「ははっ、そりゃあいいな」

俺の冗談を軽く笑い飛ばして、ぽんぽんと胡座をかいていたベッドを叩くテオ。ここに座れ、という意味だろうと察して俺も無遠慮にふかふかの大きなベッドに上がる。ぐぐいと彼の綺麗な顔が間近に迫ってきた。

「リーヤ、何か欲しいものはあるか」

「なんだよいきなり……。詫びの件ならもういらないよ」

「そうじゃない。別の…アドニスの事だ。お前のおかげで俺はあいつを信用したままでいられる。今はまだ話すこともできないが、裁判が始まれば必ずアドニスの無実を証明して、あの牢屋から出してやらなければ。……リーヤの言葉がなければ、俺はこんな風に思えなかったかもしれない。だから、感謝してる」

素直なテオの言葉に思わず胸が締め付けられそうになる。俺より年上で体もずっと大きい彼をちょっと可愛く思ってしまった。

「俺の方こそ、テオには感謝してる。全部やらなきゃならないのはテオで、俺なんか口で色々言ってるだけなのに。ちゃんと仕事するテオを見てると、俺も頑張ろうって思うよ」

俺の言葉にテオはちょっと照れ気味に目をそらし、それからすぐにぎゅーっと抱きしめてきた。初期からは考えられないぐらいの懐きっぷりに、驚きつつもかなり嬉しい。

「おい、子供じゃないんだから離れろって」

じゃれてくるテオがおかしくてくすくす笑う俺につられてテオも微笑んでいた。DBにきて以来、俺達が一番繋がった瞬間といってもいい。この時の俺は友人ができたおかげで、すべてがうまくいきそうな気さえしていた。だがこの時の俺はまだ何も、テオのお礼の言葉の意味すらわかってはいなかった。











いくらテオと親しくなれたからといって、もちろんすべてが解決したわけではない。彼のいう通りアドニスさんの解放を一番に考えなければいけないが、俺にはもうひとつ気になることがあった。ラネルであるテオの姉、フランカ様の動向だ。

もしフランカ様がアドニスさんを犯人だと勘違いしていれば、溺愛する弟を殺そうとした輩に何をするかわからない。勘違いしていないならば、もしかすると彼女はすでに犯人の目星がついている可能性もある。どちらにせよ、フランカ様とは一度話しておかなければ。

アリスにフランカ様の居場所を訊ねると私室にいるとのことだったので、俺は彼女の部屋の前でやってきていたが、どうしても中に入れずに立ち尽くしていた。思えば彼女の正体を暴いてから、一度も顔をあわせていない。アリスの事件で色々とうやむやになっていたが、今さらどんな態度で接すればいいのやら。

フランカ様の部屋の前にずっと突っ立っているわけにもいかないので、俺は観念して扉をノックした。

「はーい、ちょっと待っててね〜」

中からフランカの明るい声が聞こえ身体に緊張が走った。平常心を保ったまともな顔を取り繕う前に扉が勢いよく開く。そこにいたフランカ様を見て、俺は仰天した。

「うっわ!!」

「お待たせ〜、どーぞ入って」

「いやいや何やってんですかフランカ様!」

「何って、着替えだけど?」

「だったらちゃんと着替えてから出てきて下さいよ!」

俺の目の前に姿をさらしたフランカ様はあろうことか下着姿だった。慌てて目を手で覆い隠す俺をフランカ様が無理やり引っ張る。

「ちょ、何するんですか」

「そこでぼーっと突っ立ってたって意味ないじゃん。入って入って」

引きずられるようにして部屋に入ると着替え中だったのかドレスを持ったメイド達が唖然とこちらを見ている。まるで女子更衣室に紛れ込んだ男子みたいで居心地は最悪だ。

「一応お姫様なんですからそういうのはやめてください! 下手すりゃ俺が犯罪者ですよ!」

「大丈夫だよ、リーヤ君はアウトサイダーだもん」

「それは関係ないです! だいたい訪ねたのが俺じゃなかったらどうする気だったんですか」

「リーヤ君だってわかってたに決まってるじゃん。私が把握できない相手なんてテオか貴方しかいないんだから」

あ、なるほど。……と納得していいものかわからないが、とりあえずこの人は俺が思っていたよりずっと変人だということがわかった。とりあえず、普通の一国の姫がすることではない。

フランカ様が英語でメイド達に指示すると、彼女らはそそくさと部屋から出ていく。どうやら人払いしてくれたみたいだが、妙な噂がたたないか心配だ。

フランカ様の大きな胸につい目がいってしまうが、彼女の腹筋が綺麗に割れているのにはちゃんと気づいた。細身に見えてしっかり筋肉がついているし、やっぱりこの人には逆らわない方がいい。

頼むから早く服を着てくれ、と思いながら顔を背ける俺の願いが通じたのか通じてないのか、フランカ様はその辺にあった布を身体に巻き付ける。先程よりは見られる様になったが、まだ刺激が強いことには変わりない。

「またリーヤ君が来てくれるなんてびっくりしちゃった。どーぞ、座って」

「し、失礼します」

促されるまま椅子に座ると、その隣に密着して腰をおろすフランカ様。どぎまぎしたが逃げることもできず、そのままの状態で硬直した。

「で、私にいったい何の用?」

その言葉に色々あってぶっ飛んでいた本来の目的を思い出す。ようやくまともに話ができそうになり、俺は意を決して口を開いた。


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あきゅろす。
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