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先憂後楽ブルース
口は災いの元





「テオ…っ!」

やみくもに飛び込むのは危険だとわかってはいたが、そんなこと気にしていられない。テオが危ないかもしれないのだ。

だが無我夢中で部屋に入った俺が見たものは、一人で部屋のベッドの横で棒立ちになっているテオの姿だった。床に本が散らばってはいたが、彼以外そこには誰もおらず侵入者がいた形跡もない。



「……テオ?」

「……ああ、悪い。何でもないんだ」

俺の存在に気がついたテオは顔を背け、のろのろとベッドに腰を下ろす。どうやら今の音は彼が自分でやったらしい。それにしても、なんて生気のない声なんだ。

「この本、テオが投げたのか? お前、大丈夫かよ」

「別に平気だ。ちょっと1人にしてくれ」

「でも…」

「1人にしろと言ってるだろう! これは命令だ」

突然、怒鳴りだしたテオに命令だとキツイ口調で言われ、ハーシュさんが一礼して部屋から出ていく。だが彼の悲惨な変貌ぶりに俺は動くことができなかった。

「……出ていけと言ったはずだが」

「…俺は、お前の命令に従う義務はない。大事な話があるんだ。少しだけでいいから、黙って聞いてくれないか」

「……」

テオは無言だったが俺はそれを了承と捉えた。テオはアドニスさんのことでかなり精神的にまいっている。このまま1人にしてはいけない。

「アドニスさんが、お前を誘拐しようとしたって話を聞いた。テオはそれで塞ぎ込んでるんだろ?」

「…あまり俺を苛つかせるな。お前に何がわかるっていうんだ。父と俺を狙ったアドニスは、腹心の部下だった。誰よりも信頼できる男だ」

「テオ、お父さんのことも聞いたの?」

「……ああ、だが父の件は、仕方なかったと無理やり割りきることはできても、まさか俺まで殺そうとするなんて……」

やっぱりテオは根本的な勘違いをしている。その間違いは訂正しなければ。

「待ってくれテオ、アドニスさんはお前を殺そうとしたわけじゃない。守ろうとしたんだよ」

「……どういうことだ?」

俺は自分の考えと、なぜそう思ったという経緯をテオに話した。もちろんフランカ様がラネルだということは伏せてだが。




「……確かにお前の言うことには一理ある。俺だってそう信じたい」

「だったら…」

「だが俺は尋問の様子を細かく報告してもらっている。アドニスは、俺を殺そうとしたことを全面的に認めたらしい」

「なっ…嘘だろ!?」

告げられた衝撃的事実に愕然とする。やっぱり俺の考えは間違いで、すべての黒幕はアドニスさんだったのか? いや待て、そう決めつけるのはまだ早い。何か別の可能性がないか考えるんだ。

「……その尋問の内容を報告してくれてるのって、誰なんだ?」

「? アリソンだが、何か関係があるのか」

アリソン・ワイク。その名を聞いてピンときた。彼が何かしらの方法でアドニスさんに嘘の自白させている可能性は高い。これで突破口が見つかりそうだ。

「とにかく、まずはアドニスさん本人と話してみなきゃ。彼に会いに行こう、テオ」

「馬鹿を言うな。仮に俺が会いたいと言ったって絶対に許可は出ない。何があるかわからないからな。お前の話だって証拠はないんだ。アドニスが自白したというのなら、もう誰に何を言ったって無駄だろう」

「でも、自白はアドニスさんが犯人だっていう決定的な証拠にはならないよ。お前がそれを決めつけて泣くのは早いって言ってんの」

「……泣いてなどいない。勝手なことを言うな」

いまだ落ち込んだままのテオにさらに強い口調で言い聞かせる。アリソンさんが黒幕かもしれないなんて安易なことは言えないが、アドニスさんが犯人じゃないということはどうにかして証明したい。

「テオが会えないって言うなら、俺がアドニスさんと話してくるよ。で、彼の無実を証明する」

「そうしたいのなら勝手にしろ。俺は関わりたくない」

彼はむっとした表情で俺を睨み付け、すぐに顔を伏せてしまう。これは駄目だ、やっぱりまだ彼を1人にできない。

「なあ、テオ。こんな時に…っていうかこんな時だからこそ言うけど、王様としての仕事、ちゃんしようよ。前よりはマシだけど、まだ遊びまくってるだろ。それが原因で狙われたのかもしれないし」

というか、ほぼ間違いなく狙われてるのはそれが原因だと思う。テオがきちんと義務を果たせば、彼を王位から引きずり下ろそうという者もいなくなるかもしれない。
ここまでくればさすがのテオも仕事する気になるだろうと思ったが、あろうことか彼はすぐに首を横に振った。

「…俺には無理だ」

「何でだよ! 今は自信が持てないかもしれないけど、そんなのやってみないと何も始まらない。努力するのとしないのじゃ全然…」

「違う、そんな理由で逃げてるわけじゃない」

「だったらどうして! 王が呪われているって話なら、今だって命狙われてんだから一緒だろ。いくら歴代の王様が暗殺されてるからって……」

「違う、呪われているっていうのは、そういうことじゃない」

「…?」

テオにのばした手が目の前で払われる。彼は俺の想像とまったく違う表情をしていた。

「……俺の父が、最初からあんな暴君だったと思っているのなら間違いだ。母は子供に興味がなく姉とは引き離されて育ったが、父は違った。俺達子供には分け隔てなく優しかったが、祖父が殺され王位が譲られてから、少しずつ父は変わっていったんだ」

突然、父親の話になり疑問だったが、それ以上にテオが父親のことが好きだったことに驚きつつもどこかで納得する。そういえばフランカ様やミシェル様が前王のことを話す時もとても悲しそうにしていた。あれは暴君に対する慨嘆ではなく、父が亡くなってしまったことを純粋に悲しんでいたのか。

「大国の王という重圧は想像以上のものだった。父上は強迫観念にとらわれて、もう誰も信じられなくなっていたんだ。それでもあの変貌ぶりはとても恐ろしかった。王になった父はもうすっかり別人になっていたよ」

「……つまりテオは、自分もそうなるんじゃないかって思ってるってこと? そんなまさか」

「父だけじゃない、祖父もそうだった。だからDBの王は呪われているなんて言われるんだ。皆、王位を継承した途端に人が変わってしまう。俺も政治に関わればきっとそうなる」

力なく項垂れるテオに今度はかける言葉がなかった。テオはすっかり弱った表情で話を続ける。

「……アドニスは父の護衛で、俺とも長い付き合いだ。両親が亡くなってからは誰よりも側にいて、父の代わりをしてくれてた。だが今のお前の話が事実でも間違いでも、アドニスが俺の護衛に戻ることはないだろう。あいつがいなくなったら、俺はもう本当に1人だ。俺を止めてくれる人間はもういない」

「1人って…そんな、テオにはフランカ様もハーシュさんもいるだろ」

確かにテオには両親はいないかもしれないが、彼を溺愛する姉も心配してくれる護衛だっている。1人だなんて悲観的すぎる言い方だろう。

「ハーシュは仕事として俺を護衛しているだけだ。あの姉だって、大切なもののためなら俺など簡単に切り捨てられる」

大切な物、というテオの言葉に首を捻る。彼のいうフランカ様の大切な物が何かはわからないが、そんな否定的に考えてばかりじゃ駄目だ。

「そんなの…全部テオの思い込みだろ。フランカ様達だけじゃない、ミシェル様だってテオのこと自分の息子みたいに思ってるって、そう言って心配してた。それに俺だって、お前を助けたいって思ってる」

初対面こそ最悪な印象だったが、今では俺は彼が好きだ。いいところがたくさんあるのだって知ってる。大変な目に遭って塞ぎ込むのも無理はないが、どうにかして立ち直ってもらいたい。

テオに伸ばした手を彼の肩におく。今度は振り払われなかった。

「俺はお前の側にいて、お前を助ける。絶対に裏切ったりしない。……だから、お願いだから、1人だなんて言うなよ」

家庭に居場所がないと思い込んでいた昔の自分とテオが重なった。放っておいたらどうにかなってしまいそうな気がして、思わずテオの肩を抱く。なんだか俺の方が泣きそうだ。

てっきり嫌がるものと思っていたが、テオは目を瞑ったまま大人しくしていた。むしろ俺に身を任せている様でもある。

「…テオ?」

「……もう少し、そのままでいい」

その言葉は震えていて、もしかしたら泣いているのかもしれないと思ったが顔は見ない様にした。彼の言う通り、俺はそのまましばらく身を任せてくるテオの身体を優しく抱き締めていた。


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あきゅろす。
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