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先憂後楽ブルース
危険と隣り合わせ





「はぁ…っ、はぁ…。くそっ…」


テオドールが暗殺されかかった、という噂が使用人達の間で流れている。そんな話をジアから聞いた俺は、直ぐ様テオのところへ走っていった。道中アリスに訊ねるとテオは無事で今自分の部屋にいるとのことだったが、俺のよくない予想が当たってしまっただけにいてもたってもいられなかった。

ようやく到着したテオの部屋の前にはハーシュさんが立っていて、俺はすぐさま彼に声をかけた。彼の険しい表情は、事態の深刻さを物語っていた。


「…ハーシュさん!」

「…これはアウトサイダー様! なぜこちらに……」

「テオがまた狙われたという話を聞きました。彼は大丈夫なんですか?」

「…は、はい。身体には傷一つついておりません。未然に防ぐことができましたので」

「そう、ですか…」

アリスから聞いて無事だとは知っていたが、ハーシュさんの口から聞けてようやく安心できた。俺のアリスは最早ただの機械に戻っているが、なかなか信用しづらくなっている。

「テオに会えますか? 部屋にいるんですよね?」

「確かにおられますが…、今は入らない方がよろしいかと。ずっと1人にしてくれの一点張りで」

「1人にって、なぜです? そんなに危険な目にあったんですか?」

テオがそんなにもダメージを受けていたなんて思わなかった。未然に防いだということは犯人は捕まったのだろうが、狙われたばかりのテオを一人にしてもいいのか。

「いいえ、そうではありません。今回犯人とされている男が、問題なのです」

犯人とされている、という妙な言い方が気になる。しかしそれでテオがダメージを受けているとなると理由は1つしかない。

「もしかして、テオの知ってる人だったんてすか」

「……はい。捕まったのは、護衛のアドニスです」

「……っ!? まさか、何かの間違いでしょう!?」

ハーシュさんからアドニスさんの名前が出て、俺は思わず叫んでしまった。アドニスさんはいつも無表情で冷たく見えるが、間違いなくテオドールの護衛だ。彼も口にはしなかったが頼りにしていた。よりにもよってそのアドニスさんがテオを殺そうとしたなんて。

「まだ確定したわけではありません。しかし彼が昨夜、陛下を独断で連れ出そうとしたことは確かです」

「連れ出すっていったいどこに…そもそもなぜそんなことを?」

「詳しいことはわかりません。彼は陛下を睡眠薬で眠らせ密かにどこかへ運ぼうとしたのです。この城は夜でも見張りの兵が殆どいませんから、道を選べば見つかる可能性が少ない。しかしそれをたまたまアリソン様が見つけられて…」

「アリソンさんが?」

「はい、彼はその場でアドニスを捕らえ、今も城の尋問室で話を聞いています。アドニスは元々アリソン様の推薦で、陛下の護衛をしておりましたので」

「でもなぜ連れ出す必要があったんですか。命を奪うことが目的なら、誘拐なんて…」

「それも含めて尋問中です。しかし彼は何も話そうとしません。……ただ、1つだけ彼が自白したことがあります」

「? なんですか?」

「…前々から、上の方では噂になっていたんです。彼がラネルなのではないかと」

「えっ…は!?」

突飛なことを言い出すハーシュさんに思わず大声を出してしまう。どうしてそんなことになったのかはわからないが、ラネルはフランカ様なのだからそれはあり得ない。

「いや、というかそもそもラネルって人間じゃないんですよね? どうしてアドニスさんがラネルなんてことに?」

「確かに、彼は自分がラネルだということは否定しています。しかし前王を暗殺したことは認めました」

「えぇ!?」

驚きのあまり声をあげてしまったが、前王を殺めたラネルでない犯人がアドニスさんだった、もしそれが事実だとすればすべての辻褄があう。だがなぜそんな問題を今掘り下げてきたのだろう。まさか自ら自分がやったのだと名乗り出たわけでもあるまいに。

「前王の暗殺は、誰かがやらねばならないことでした。俺には詳しいことは知らされていませんので想像でしかありませんが、きっと暗殺者がアドニスだということは調べればわかることだったのだと思います。前王の護衛だったアドニスにしか、できない所業でもありました。しかしDBはそれを見逃したんです」

「なるほど、それで…」

アドニスさんは前の王の護衛もしていたというなら、ラネルでなくとも犯行は可能だ。むしろ今までなぜそのことに気がつかなかったのか。

「この事件を受けて、おとがめなしだった前王殺害の容疑も追及されているのだろうと思います。どちらにせよ、陛下を狙ったのが本当なら死刑は確実ですから」

「……ハーシュさんは、どう思ってるんですか。本当にアドニスさんがテオを殺そうとしたと、そうお考えですか?」

「まさか! そんなことはありえません」

あまり付き合いの長くない俺よりもハーシュさんの判断の方が信用できる。彼が否定するのなら、きっとそうなのだろう。

「しかしアドニスさんが陛下を夜中に連れ出そうとしたことは事実です。その理由を釈明してもらわないことには、容疑は晴れません」

「……テオは今回のこと、どう思っているんでしょう」

「わかりません。事件が起こってからずっと部屋にこもっておられますので」

ということはつまり、テオはアドニスさんが自分を殺そうとしたと思っている可能性が高い。だがそれが間違いだという証拠などないし、むしろ俺とハーシュさんがそう考えているだけで、塞ぎ込んでいるテオには何を言っても届かないだろう。しばらく1人にしておいた方がいいかもしれない。


一度に色々なことがありすぎて話がややこしくなってきたが、簡単にまとめるとこうなる。ラネルの正体はフランカ様だが、前王を暗殺したのは護衛だったアドニスさん。これはほぼ確定で間違いないだろう。いま問題なのは、彼がなぜテオを夜中に連れ出そうとしたかということ、そしてテオを殺そうと暗躍しているのは誰なのかということだ。

「ちょっとハーシュさんに質問したいんですけど、アドニスさんってどんな人なんですか」

「どんなとは?」

「いや、俺が知る彼はいつも一歩引いているというか、自分から行動するタイプには思えなくて。ハーシュさんから見て、アドニスさんは自分の独断で、前王を暗殺するような人なんですか? いくら前の王の所業が酷かったとはいえ」

「……それは、確かにアウトサイダー様のいう通り、あり得ないとは言い切れませんが、誰がからの命令があったと考える方が自然だと思います。アドニスさんは基本的に主人の命には絶対に従う方ですし、独断でその様な大それたことは…」

「なら仮に彼が誰かから命令されて、それを断ったとしたら。もしかするとアドニスさんは、テオを守ろうとしていたのかも」

「? どういうことです?」

「アドニスさんの立場になって考えてみて下さい。例えばテオに危険が迫っているとあらかじめわかっていたとしたら、どうしますか?」

「それは、とにかく陛下の安全を確保して……って、ああ! そういうことですか」

「はい。あくまで俺の想像ですけど」

アドニスさんはテオドールの暗殺を依頼され、彼に危険が迫っていることを知った。その危険から遠ざけるためにテオを安全な場所へ移そうとしていた時、アリソンさんに見咎められた。細かい穴や他の可能性もあるがこれで一応説明はつく。疑問が解決してアドニスさんの疑いが晴れたことに安堵する俺だったが、ハーシュさんの表情は険しさを増した。

「しかしそれなら、どうして捕まった時点で黒幕の正体を言わないのでしょう」

「何か、言えない理由があるのかもしれません」

「なら、俺達の方からこのことをアリソンさんに報告して…」

この件をアリソンさんに言う? 確かにテオのことを尋問しているのは彼だから、それも当然……って、ちょっと待てよ。

「それは駄目です! 彼に言うのは待ってください」

「どうしてですか?」

確かアドニスさんはアリソンさんの推薦で護衛になったと言っていた。色んな情報を踏まえてみても、今回の黒幕がアリソンさんである可能性は高い。

「まだ俺の想像の段階ですし、なんとか二人きりになった時に訊いてもらえませんか?」

「アドニスさんと二人きりになる機会なんてありませんよ! それに今の話が事実なら陛下はまだ危険な状況に……何です? 今の音」

小声で言い争う俺達の耳に何が割れるような音がかすかに聞こえた。発生したのは間違いなくテオの部屋からだ。

「陛下!? どうなさったんですか!」

「入りましょうハーシュさん!」

俺が開けようとしてもドアはびくともしない。中から鍵がかけられている。

「くそっ、開かない…っ」

「アリス! テオドール陛下の私室の解錠を! 緊急だ!」

ハーシュさんが隣でアリスに叫んでいるが、時間がかかるのかなかなか開いてくれない。こんなことになるならもっと早く部屋に入っていれば良かった。これでテオに何かあったら悔やんでも悔やみきれない。

「テオ!」

かかっていた鍵が解かれ、ようやく扉が開く。彼の名を叫びながら、俺達は部屋へと入っていった。


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あきゅろす。
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