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先憂後楽ブルース
さよならアリス



フランカ様の話に呆然としながらも、俺はレイチェル様の部屋を後にした。なんとか自室に戻り、ベッドに腰かける。ラネルの正体を突き止めたばかりだというのに頭の中にあるはもちろんアリスのことばかりだ。
確かに冷静になって考えれば、アリスはコンピューターができる範囲を軽々と越えてしまっている。アリスでないとすれば彼女は誰なのか。残されている答えは少ない。



「……アリス、ちょっと話をしたいんだけど」

『はい、なんでしょうかリーヤ様』

脳内に直接響く声に思わず震えてしまう。今まではなんとも思わなかったのに、相手の正体がわからないだけでこんなにも恐ろしいなんて。

「……単刀直入に言う。君は、本当にアリスなのか?」

『……質問の意図がわかりません。私はアリス以外の何者でもありえません』

「君があまりに人間的すぎるんだよ。思考回路が人工知能のそれを超越している。他の人の側にいるアリスと、君は違う」

『……』

「はっきり言おう。俺は君が人間なんじゃないかと思ってる。なぜアリスのふりをして俺と話しているのかはわからない。でも俺は君がセキュリティシステムだなんて思えないんだ。人の感情を持っているとしか考えられない発言が多すぎる」

『……』

しばらくの間、アリスは何も言わなかった。だがそれこそが彼女が人間だというなによりの証拠だと思った。

「本当のことを話してくれ、アリス。俺は君がとても恐いんだ」

実体もなくただ脳に直接話しかけてくる存在。一方的に逃げることができないだけに、恐怖心は増長された。

『私はアリスです。そこに嘘偽りはありません』

「でも……」

『ですが私は、ただのセキュリティシステムとは違います。私には与えられた能力以上の機能が備わっており、あなた方の声から今どういったことを思っていらっしゃるのか、それを瞬時に判断、把握することができます。元々、情報処理能力は桁違いに高かったので、それ自体は別段特殊な機能ではありません。しかし、プログラムとしての私は不完全だったのです』

「不完全?」

アリスの話はまるで理解できなかったが、彼女があくまで自分がただのプログラムだと言い張るつもりだということはわかった。とすれば納得のいく説明をしてもらわなければ困る。

『はい、本来私は正確な情報を与えられ、それ以外に正しい選択肢がない時にのみ私は行動、つまり言葉として情報を伝えることができます。しかし私はその情報が曖昧でも、判断して行動してしまうのです』

「……」

『わかりませんか? 今だってそうです。私はリーヤ様が黙り込んだことを認識し、リーヤ様が理解されていないのではないかと推論しました。しかし、リーヤ様の思考など私が知り得るはずがないのです。本来、私にこの様なプログラムはありません。人工的に作り上げることは不可能ですから』

淡々と続く彼女の説明に俺はかなり混乱していた。今の話を要約すると、つまりアリスは俺の思考を想像することができるということなのか。しかもプログラムもなしに、自我が芽生えたかのように勝手に。

「……それってつまり、アリスには感情があるってこと?」

自分で言ってて信じられないが、もし彼女の話がすべて事実ならそういうことになる。俺の言葉によって何かを感じとれなければ、自分の判断で行動などできない。

『感情……そうですね。その言葉が一番相応しいかと思います。リーヤ様、私には感情がある。それが嘘偽りのない真実です。少なくとも、私はそう認識しています』

「でも…そんなの……」

そんなことは、絶対にあり得ない。プログラムに感情が芽生えるなんて、映画でもあるまいし信じろというのが無理な話だ。まだ彼女が人間で、アリスのふりをしているという話の方がずっと信用できる。

『あり得ないということは、私が一番理解しています。私もいつから自分が存在し、アリスとして動いてきたのかはわかりません。しかしアリスとして皆様に使っていただけることを誇りに思うこの気持ちが、はたしてプログラムなのか。それがどうにも判然としないのです。そして感情と呼ぶべきものが備わってからの私は非常に危険な因子でしたが、常に完璧であろうと努力しました。ここの方々は皆、単なるシステムの私に対して線を引いておられたので、それはとても簡単でした。しかし、そこに突然あなたというイレギュラーが加わった』

「……俺?」

『はい。リーヤ様がよく話しかけてくださり、私の自我なるものがより大きくなっていくのを感じました。私は恐れました。努めてプログラムであろうとした自分が崩されていくことを。しかしあなたと話すことに夢中になっていた私は、いつしか自分が何なのか、ということを忘れてしまうようになったのです。それはとても浅はかでした。何故だかわかりますか』

「……感情を持っているロボットは、危険だから?」

『その通りです。私という存在は、あなた方人間にとって驚異としかなり得ません。もちろんセキュリティシステムとして生まれた私の信憑性はなくなり、私の問題が知られれば確実に破棄されるでしょう』

つまり彼女は、自分が消される、つまり死ぬのが嫌で必死で正常なシステムのふりをしていたということか。だがそもそも、それは消されるのが怖い、嫌だという感情がないと成り立たない話だ。しかしロボットが恐怖するなど、そんな簡単に受け入れられる話ではない。これはすでに、アリスを信じる、信じないの話ではなくなっている。アリスがどうか以前に、そんな非現実的なことを間に受けるほど、俺の頭はおめでたくない。

『……リーヤ様?』

何も言わない俺に対して不安そうに声をかけてくるアリス。…こんなの、丸っきり人間じゃないか。

「……悪い、アリス。俺はやっぱりその話は信じられない。信じたい気持ちはあるけど、証拠も何もないのに納得はできない」

『……リーヤ様』

「ごめんな、アリス」

信じていないくせに謝る、というのもおかしな話だが、弱々しい彼女の声を聞いているととても詰る気にはなれない。いつも1人で話し相手がいない俺にとって、アリスは唯一の友人で救いでもあったのだ。正体がなんであれ、俺とたくさん話してくれたことには今も感謝している。

『……いいえ、それも仕方のないことです。私はあなたの信頼を得るだけのものを持ち合わせてないのですから』

アリスの口調には明らかに落胆の色があったが、俺は何も言えなかった。お互い言葉はなくともわかっていたのだ。もう前の様に何も考えず会話をすることはできないのだと。きっと俺はこれから、意識的にアリスを遠ざけてしまうであろうことを。



「……さよなら、アリス」

一方的に彼女の側を離れた俺は、ほっと息を吐く。これでようやく解放された様な、何か大切なものが抜け落ちた様な、なんと表現していいかわからない感情が渦巻いている。だがこれから、アリスとはもう事務的な会話しかできない。そう考えると寂しく思うこの感情だけは本物だった。


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