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先憂後楽ブルース
得体の知れない




「……真実?」

「そ。私は密かに私を匿ってくれていた家族のその後について調べてたの。いつかまた、必ず会いに行こうと思って。でもあの人達はいくら捜してもどこにもいなかった」

「まさか……」

「そのまさかよ。あの男は私の家族を始末していたの! 私が彼らに真実を話していたんじゃないかって危ぶんでね」

フランカ様の形相が見たこともない様な恐ろしく、また悲しみに満ちた物に変わった。傷ができそうな程、拳を強く握り締めている。

「怒りでどうにかなりそうだったけど、子供だった私には何もできなかった。でもその時から必ず復讐してやるって誓ってた。だからそのために身体を鍛えて、アリスのことも調べて、チャンスが来ればいつでも復讐できる様に備えてた。アリスがいるとはいえ私が奴に殺される可能性もあったから、防衛のためにもね」

「それで、フランカ様はその人を……殺したの?」

「そうだよ。母のことは殺してくれて感謝してるって近づいたら、あっさりそれを信じやがった。ま、それはあながち嘘でもないんだけど」

人を殺した。それを一片の罪悪感も見せず言い切ったフランカ様に、人を殺した事実よりも信じられないものを感じる。状況によって誰かを殺めてしまうことは、誰にでもあることだと俺は思う。大切な家族を殺した奴が相手ならば尚更だ。しかしそれに対して何も思わず、ただ無感情に終わったこととして片付けてしまうことだけは、どうしても理解できない。しかもそれを何度も平然と繰り返している。この人はいかれているか、そうでないならばよっぽど感情を隠すのが上手いかだ。

「じゃあ、フランカ様どはうしてラネルとして何人もの人を? その男だけを殺すわけにはいかなかったの?」

「だってこの城にはアイツみたいなクソ野郎がごろごろしてるんだよ? 全員消さなきゃ意味ないじゃん。そんな奴ら、絶対に許せないもん」

「だったらダヴィットは! ダヴィットはどうなんですか」

「ダヴィット?」

「彼は何も罰せられるようなことはしていません。なのになぜ狙ったりしたんですか。それにテオまで」

俺はそのことがどうしても気がかりで仕方なかった。特にダヴィットなどは日本の人間だ。わざわざ婚約者志願をしてまで暗殺しに来る理由がわからない。それにテオにしても溺愛している弟を狙うなんて、同じ弟がいる身としてはまったく理解できない。
だがフランカ様は俺の質問に小さく肩をすくめるだけだった。

「別に殺さなかったんだからいいじゃない。だいたい貴方がなんで助かったと思ってるの?」

「え?」

「私が死なない程度の毒を塗ってやってたからだよ。あれが猛毒だったらリーヤ君死んでたんだから」

だから感謝してねっ、と笑うフランカ様に俺は何も言えなくなる。彼女が言いたいのはつまり最初からテオもダヴィットも殺すつもりはなかったという意味なのか。いや、テオの場合はそれでギリギリ納得できても、やはりダヴィットの件はどうしても腑に落ちない。

「ラネルが抑止力になって悪いことをする人間が減っているんだから、万々歳じゃん。口では言わないけど、皆私に感謝してるはず」

「……」

確かに、俺もそれは嫌という程わかっている。ラネルは皆が望む存在なのだ。俺はそれに対して干渉することはできない。フランカ様もそれがわかっているのか俺に対して口止めしてくることはなかった。

「……最後に1つだけ、質問しても?」

「どーぞ」

「フランカ様の父を、前の王を殺したのは、貴方なんですか」

前王を殺したのはラネルだと言われている。つまりそれは、フランカ様が自分の父親を殺めてしまったということだ。

「もちろん、私がやったんだよ」

「そう…ですか」

「……と、言いたいとこだけど、実はあれは私じゃないんだな」

「えっ」

フランカ様ばばつの悪そうな顔をしてちょっと悲しげに言い切る。しかしそれを聞いた俺は内心かなりほっとしていた。

「……もう少し放置されてたら、私がやっちゃってたかもしれないけどね。父は侵略に取り憑かれたかなり酷い王だったから。結局、ラネルの仕業ってことになったのにも文句ないし」

「フランカ様には、犯人の目星はついてるんですか?」

「わかんないけど、王の暗殺なんて普通の人ができることじゃない。いったいどうやったのやら。父はかなり警戒していたし、手を出すのはかなり難しかったはずなのに」

そう言うフランカ様はやはりどこか悲しげで、なんだかんだ言っても父親を失うことは彼女にとってとても大きなことだったのだろう。それがわかっただけでも彼女の人間らしい所が見えた気がして、俺はほっとしていた。

「フランカ様は、これからもラネルとして生きていくんですか」

「もちろん。私がまともに動けるうちはね」

「もしこれ以上続けるなら、俺がバラすと言ったらどうします?」

本気ではなかったが、いつかフランカ様が捕まってしまう、もしくは返り討ちにあってしまうのではと考えると、本心ではラネルはもうこれ以上続けて欲しくなかった。
しかし恐る恐る訊ねた俺に、フランカ様はにこっと笑いながら俺に拳を突きつけてきた。

「うわっ」

「無駄だよ、リーヤ君。いくらあなたがアウトサイダーでも、私を捕まえるなんて絶対に許さない。もし邪魔するっていうなら、こっちだって考えがあるんだから」

あくまで無邪気に振る舞う彼女の目は本気だった。悪い人間以外は殺さない、という彼女の言葉はそう簡単に信じられそうにない。

「わ、わかってますよ。もちろん何も言うつもりはありません」

「そ? 良かった。リーヤ君はそういうのちゃーんとわきまえてるだろうから、心配なんかしてないけど」

首振り人形の如くこくこくと頷く俺にフランカ様は満足げな笑みを見せる。彼女には一生逆らわない、と俺は心に誓った。

「ごめんね、リーヤ君。そんなに怯えさせるつもりはなかったんだけど。もしかして私のこと嫌いになっちゃった?」

「いや、それは…ないですけど」

「でもイメージは変わっちゃったよね。あーあ、せっかくリーヤ君の前では可愛らしいお姫様で通してたのになぁ」

そんなもので通されていたとは初耳だ。というか最初から最後まで彼女には警戒していたので正直そこまでイメージが悪くなったりはしていない。

「フランカ様の印象はそれほど変わってません。油断ならない人だとずっと思ってましたから」

「えぇ、ほんと?」

「はい。アリスにも気を付けろと言われていましたし」

何気ない一言だったが、フランカ様はかなりお気に召さなかったらしい。頬を膨らましてそっぽを向いてしまう。

「リーヤ君たら、私のことをこそこそ探ったりするなんて酷い! プライベート侵害された気分。やっぱり自分より上の人間は好きになれないかもなぁ」

「別に訊いたりしてません。アリスが自分から忠告してくれたんですよ」

「……」

その瞬間、なぜかフランカ様がピタリと固まった。いったい何事かと顔をしかめる俺に、彼女は探るような目を向けてきた。

「言ってくれたって、アリスの方から貴方に話しかけてきたってこと?」

「え、どうだったかな。それはないと思いますけど、でもフランカ様がどういう人かなんてこっちから訊いたりしてません」

あくまで誤解がない様に強い口調で言い切ると、フランカ様は何やら渋い顔で考えこんでいた。もしかして俺はまた余計なことを言ってしまったんだろうか。

「リーヤ君、あなたいつもアリスとどんな話をしてるの?」

「どんなと言われても……、ラネルについて調べるために色んな情報をおしえてもらったり……あ、その過程でフランカ様の話を聞いたりはしましたけど。でも、まったく意味のない会話もしたりします。普通の友人同士みたいな」

なにせ俺には友達がいないのだ。話し相手欲しさにアリスと意味のない会話をしていたってかまわないだろう。

「あのね、リーヤ君。大事な話だからよく聞いて。アリスはね、人工知能といっても本来検索システムに近い存在なの。彼女が的確な答えを出すためにはそれ以上に的確な指示が必要だし、人の感情を推し量って自ら口を出すなんて絶対にありえない。だってアリスは、ただの人が作ったプログラムなんだから」

「えっ…。でも彼女は…」


アリスは、この未来の世界の技術が集結したものだ。人の様に言葉を操ることができ、彼女が人工知能であることをたまに忘れそうになるくらい人間味がある。……そのはずだった。

「リーヤ君、私も1つだけ質問してもいいかな」

「……はい」

「――あなた、いったい誰と話してるの?」




俺のアリスが、アリスではない。いつも自分の身近にいて頼りきっていた存在が得体の知れないモノかもしれないとわかった時、俺の頭の中は真っ白になっていた。


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あきゅろす。
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