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先憂後楽ブルース
ブラックジョーク



俺の首を圧迫しながら普段通りの笑顔を見せるフランカ様にぞっとする。そのとんでもない力にやはり自分は相手が女だからと甘く考えていたのだと痛感させられた。
俺はこのままここで殺されるのか。そんなの嫌だ! と心の中でどんなに大声で叫んでも意味はない。直面した命の危機に自分は何もできなかった。
だんだんと気が遠くなり、ろくな抵抗ができなくなった時、なぜか急にフランカ様の手の力が嘘みたいに緩んだ。

「ほっ…、げほっ……フランカ、様?」

足りなくなった酸素を思いっきり吸い込み呼吸を整える。助かった、という安堵となぜ俺を解放したのかという疑問がごちゃ混ぜになる中、フランカ様は無邪気な顔を俺に見せた。

「なーんちゃって。びっくりした?」

「…………は?」

今までのシリアスな雰囲気をぶち壊すフランカ様の一言に、若干キレ気味に返す俺。そんなこちらの様子など気にもせず、彼女はのほほんと笑っていた。

「ふふふ、ジョークだよリーヤ君。ね、本気だと思った? びっくりした?」

「な……」

ジョーク、と聞いて一気に肩の力が抜ける。普通ならこんなブラックな冗談怒ってもいいところだが、自分が助かったことへの安心感が圧倒的に勝っていた。

「嘘、やだ、泣かないでリーヤ君っ」

「え……」

泣いてないですよ、と言おうとした矢先、自分の目から温かいものがポロリとこぼれ落ちる。どうやら自分でも気づかないうちに、俺は涙を流していていたらしい。

「ごめんね、ごめんね。やりすぎだったよね。リーヤ君が私を信用してなかったことがショックだったから、ちょっとムカついて、つい。あー、でもそんなの理由にならないよね。私、八こも年上なのに大人げなかったよね」

涙目の俺にまるで子供をあやすように謝るフランカ様。散々ごめんねを繰り返されてようやく落ち着いてきた俺は、ようやく彼女の目をまともに見られるようになった。

「……七個です」

「え?」

「だから、七つしか違いません。俺達」

「……」

だからどうしたと言われてもおかしくない程どうでもいい発言だったが、子供扱いされるのは嫌だった。男のプライドという垣ノ内リーヤにとっては、それほど重視するものでもないはずのものが、なぜは今だけ激しく誇張してくる。けれどそれがバレバレなのが、逆に恥ずかしくてフランカ様の顔が再びまともに見られなくなった。真っ赤な顔を隠すために俯いていると、フランカ様が俺の髪を掻き上げておでこに唇をくってけてきた。

「え、ちょ、なんでちゅーなんかするんですか!?」

「ごめーん。可愛かったから、つい」

俺の頬を両手にはさみながら満足気ににこにこしているフランカ様。ついさっきまで俺の首を締めていた人とはまるで別人だ。つか可愛いって何だ。完全に俺のことなめてるだろ。

「もし私が母性愛に目覚めたら、ちゃんと責任とってね」

「意味わかんないですよ。……正直恐いんで近寄らないでもらえますか」

「なによぅ。私がリーヤ君に何かするわけないじゃん! ラネルは罪のない人間は殺さないって知ってるくせに」

そう言って顔を膨らませるフランカ様はたいそう可愛らしかったが、すでに自分がラネル前提で話している潔さがすごい。何にせよ俺が彼女に訊くことは変わらないわけだが。

「フランカ様、どうしてあなたがこんなことを? いったい何のために…」

「理由は簡単だよ。私はこの城の人間が死ぬほど大っ嫌いなの。ただそれだけ」

「嫌いって、なぜですか?」

フランカ様は一見、ここでの暮らしを満喫している様に見える。自由に暮らし、手に入らないものは何一つない女王様。少し大袈裟だが、それが俺の彼女のイメージだ。

「うーん、仕方ない。ラネルの正体を見破ったご褒美に、ちょっとだけ話してあげる」

そう言ってフランカ様は俺を軽々と抱き起こすと近くの椅子まで引っ張り肩を下へと押してくる。今度は俺も大人しくその場に縮こまりながらちょこんと座った。

「私の母がすでに他界していること、リーヤ君は知ってるかな」

「あ……」

そういえば、日本にいる時ローレンがおしえてくれた。フランカ様の母は旅行中に盗賊に襲われて怪我を負い、誘拐されてしまったフランカ様と再び会うことなく亡くなってしまったと。壮絶すぎるくらいの過去だが、やはりそのことが原因で…?

「その様子だと、どうやら知ってるみたいだね。でも勘違いしないで。私は母親のことなんかどうだっていいの」

「え」

「あの人に母親らしいことされたことなんか一度もないし。そもそも私の母、デボラは盗賊に殺されたわけじゃない。あの人はね、自分の浮気相手に殺されたんだよ」

「う、浮気相手?」

「そ。母は陛下の目を盗んで男遊びに興じてたってわけ。そしてよく男を連れて遊び回ってたんだけど、陛下に怪しまれない様に表向きは私の野外学習ということで城から出てた。んでその途中、盗賊に襲われたんだけど、その浮気相手がパニックになって撃っちゃったんだよね、間違えて母を」

フランカ様はそう言って手で撃つ真似をしてみせる。まったく何とも思っておらず淡々と事実だけを話している、そんな感じだ。

「わざとじゃないんだから仕方ないとしても、王の妃を殺してしまったとすれば、死刑、もしくは一生檻の中で暮らすことは間違いない。位の高い貴族だった彼はそんなことには耐えられなかった。そして唯一の目撃者である、私を殺そうとした」

「フランカ様を!?」

「そう。混乱に乗じて私の口を封じ、盗賊のせいにしようとしたんだよ。バカだよね、ほんとに。別に告げ口なんかしないってのにさぁ」

唐突な展開につい叫んでしまった俺に、しらっとした調子で話を続けるフランカ様。何と言えばいいか言葉が見つからなかった。

「で、私は逃げた。逃げられたのは運が良かったからだけど、状況的にそんなに私を深追いできなかっただろうしね。それにたかだか12の世間知らずのお姫様が生きていられると思わなかったんじゃない。盗賊が出るくらい、治安の良くないところだったし」

「でも確かフランカ様は一年で帰ったんですよね」

「そうだよ。よく知ってるね。さらに運のいいことに、私を拾ってくれたのがとてもいい人達だったの。その気になれば城に助けを求めることができたんだろうけど、私はしなかった。あの男に殺されるかもしれない恐怖と、うんざりだった城の生活のせいで私はもうあそこに戻りたくなかったから」

聞いた話では、フランカ様は盗賊にさらわれていたということだったが、事実は違っていた。このちぐはぐさに嫌な予感がする。

「というわけで、私はその人達に嘘をついて新しい生活を始めた。……あの一年は本当に幸せだったなぁ。畑仕事なんかやったことなかったけど、そんなのあそこでの生活に比べたら率先してやりたいくらいだったよ。一生ここで生活して、この人達と家族になりたい、なれるって信じてた。馬鹿な子だったんだよね、あの頃の私。結局、一年後に迎えが来ちゃったから。城の奴らだってやっぱり死体がない以上、そりゃあ捜すよね。でも私の前に現れたのは、私を殺そうとしたあの男だった」

「え!?」

「大丈夫だよ、殺されたりしなかったから。どうやら奴は浮気がバレることは免れたみたいだったけど、ある程度の責任はとらされたみたいで、私を無事に救出することが名誉回復の条件だったみたい。で、私は奴に脅されたの。そいつらが大事なら、俺のことは死んでも黙ってろってね。そいつらってのは、もちろん私を世話してくれた人達のこと。だから黙ってるしかなかった。城に帰っても、私を出迎えてくれる人はいなかったけどね。その時すでに父は私に興味なかったし、母はあの後しばらく生きてたらしいけど、結局撃たれた傷が原因で死んだみたいだから」

まるで他人事の様に話す自分のことを話す彼女の目は空虚で、遠くを見ているようだった。最悪としかいえない過去も、今はもう何とも思っていない様に見える。

「私はそれから、あの息苦しい生活に戻った。あの事件のことは絶対に忘れなかったけど、しばらくは大人しく姫として普通に暮らしてたんじゃないかな。――少なくとも、私が真実を知るまではね」


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