[携帯モード] [URL送信]

先憂後楽ブルース
油断大敵



俺自身、考えがまとまらず混乱したまま“ある人”の元へと向かっていた。何の証拠もなく、ただの憶測だけで行動してしまっていいとは思えない。だが、これですべての疑問は解決するのだ。ここにくる前に彼から裏付けもとってある。とにかく、すべての状況証拠が犯人を“あの人”だと物語っていた。
だが、犯人の動機がまるで想像つかない。それを知るためにも、こうやってあの人を問い詰めようとしているともいえる。このままじゃもやもやしたものだけがずっと俺の中に残って、おかしくなってしまいそうだったのだ。

覚悟を決めてアリスに居場所を訪ねると、彼女はすぐにおしえてくれた。そこからの俺の行動は早かった。何も考えず一心不乱に目的地に向かう。自分がしようとしていることに自分自身が慄いているが、必死で気づかない様にしていた。


「アリス、場所はこっちであってるんだよな」

『はい』

「わかった。ありがとう」

『リーヤ様』

「なに?」

『気をつけて下さい。あの方は、女性でも油断なりません。危険です』

アリスに物騒な忠告をされ、つい早足になっていた足が止まる。恐怖をずばり言い当てられ、身体が勝手に歩くのをやめてしまった。

『やめるなら、今です。リーヤ様』

「……まるでやめて欲しいみたいな口調だな。アリスらしくない」

『申し訳ありません』

確かに、今ならまだ引き返せる。相手は俺がどうにかできるような人物じゃない。しかしもし俺の推測が正しければ、彼女は俺にとって決して許せないことをしたことになるのだ。

「……」

止まっていた足を、一本ずつ前へ前へと動かす。改めて覚悟を決めた俺にアリスはもう何も言ってはこなかった。










「失礼します。リーヤです。開けてもいいですか?」

目的の部屋のドアをノックし、恐る恐る声をかける。声が震えないように平静を装うのに必死だった。

「いま開けます。お待ち下さい、リーヤ様」

中から声が聞こえて、間もなく扉が開かれる。レイチェル様はいつもと変わらない笑顔で俺を出迎えてくれた。

「リーヤ様が私の部屋を訪ねて下さるなんて、珍しいですね。何かご用ですか」

「はい。いま少しお時間もらってもいいです。フランカ様に話があって」

「え?」

「フランカ様、ここに来てらっしゃいますよね」

「は、はい。でもどうしてお姉様の場所が……あ、さてはリーヤ様、アリスに訊きましたね。お姉様の居場所がわかるのなんて、リーヤ様か陛下ぐらいのものですもの。……って嫌だわ私ったら。すみません、無駄話ばかりしてしまって。どうぞ、お入りください」

いつもの朗らかな笑顔で俺を通してくれるレイチェル様。若干気まずいものを感じながらも、俺は部屋の中へと入った。

「あらやだ、リーヤ君じゃん。いったい何しにきたのー?」

「フランカ様と話がしたくてきました。いまお時間よろしいですか」

「仕方ないなぁ。いいよ、どうぞ座って」

「あの、できれば二人だけで……内密な話なので」

「なあに、リーヤ君たら。私と二人きりになって何するつもり? 恐ーい」

そう言いながらクスクス笑うフランカ様にごくりの唾を飲み込む。今のところ何を言いに来たかバレていなさそうだが、この人の言葉には何か裏があるのではないかとつい勘繰ってしまう。

「では私は退室いたしますね。中庭を散歩でもしてまいりますので、どうぞごゆっくり」

気を回してくれたらしいレイチェル様がそそくさと部屋から出ていく。部屋にはフランカ様と俺の二人きりで、暑くもないのに嫌な汗が背中に流れた。

「で、話って何かな。その様子じゃ、あんまり良いことじゃないみたいだけど」

「……今日は、質問があって来ました。途中、失礼なことも口にするかもしれませんが、出来れば正直に答えていただきたいです」

「いいよー。なんでも訊いてね」

「フランカ様は、俺が刺された時、どこにいましたか」

俺は彼女を注意深く観察していたが、彼女の表情はいっさい変わらなかった。いつもと変わらぬ美しい微笑を向けてくる。

「どこって、窓辺からあなた達をちゃんと見てたよ」

「その時、アリスは側にいましたか」

「……いったい何なのかな、リーヤ君。言いたいことがあるなら、さっさと言えば?」

フランカ様の様子からでは彼女の思考は読めない。けれどここまできたからにはもう後戻りはできないのだ。

「あの時、テオを狙って、俺を刺したのはフランカ様ですか」

「……」

とても恐ろしいことを、はっきりと口にしたにも関わらず、フランカ様の表情はそのままだ。だからこそ、それが余計にとても怖かった。

「なあに、それ。いったいリーヤ君の中でどうしたらそんなことになるのかな。そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうよ?」

「……」

「いいわ。一応、リーヤ君がそう思った理由を説明してみなさいな」

彼女は座るよう促したが、俺は首を横に振って断った。いざというとき何が起こっても対応できるようにだ。まさか彼女が俺に何かするとは思っていなかったが、アリスの忠告が引っ掛かっていた。

「ラネルは、完全犯罪をやってのけました。誰も入れない空間をつくることで。でもラネルが人間である以上、必ず方法があるはずです。けれどあの建物の中にいた人は間違いなく、ずっとアリスの側にいた。とすれば、犯人は全員がアリスのところに集まった後に、アリスから離れてあの部屋に入ったということになります」

「それは確かにそうだね。でも私はいったいどうやって、誰にも気づかれずにあの部屋に入ったっていうの? 唯一の出入口は門番に塞がれていたんだよ。それとも誰も知らない秘密の入り口でもあるのかしら」

「いいえ、貴方はあの扉から入ったんです。門番の前を堂々と通って」

「なにそれ。まさか、私が門番と組んでいたとでも?」

「いいえ、そんな必要はありません。そもそも門番には、貴方を止める理由がないんですよ」

「……」

「あの建物は立ち入り禁止でもなんでもなかった。ましてや貴方はこの国の王の姉。あなたが通りたいといえば、どこにだって入れる。一度入ってしまえば、誰にも気づかれずあの部屋までたどり着くのは簡単だったでしょう。元々この城には警備の兵なんてほとんどいない。そしてあの建物にいた人間は全員、窓辺で俺達に釘付けだったんですから」

フランカ様はそこから、何の反論もしなくなった。ただ黙って笑顔で俺の話を聞いている。

「俺は門番の人に話を訊きましたが、確かに誰も入っていないと仰っていました。でもそれって、俺が犯人を探している前提で話していたからなんですよね。まさか弟を溺愛している姉が犯人だなんて誰も考えつきませんし、そもそもあそこで貴方の名前を出せば犯人は貴方だと言っているようなものです。一介の門番がそんな恐ろしいこと、口が裂けても言えないでしょう。でも、ここにくる前にもう一度尋ねると、ちゃんと答えてくれましたよ。あの時祭典が始まる前、確かにフランカ様があの建物に入ったと。そこで俺は、貴方が犯人だと確信しました。だって、貴方以外にはありえないんですから」

「……」

部屋の中に嫌な沈黙が流れる。相変わらず何も言ってこないフランカ様に俺は話を続けるしかなかった。

「他にも、色々理由はありました。貴方は射撃が趣味だと聞いていましたし、護身のために使われる針刺銃なら姫である貴方は当然持っているはずです。そして王に続く地位を持つ貴方なら、疑われることなくどこにでも簡単に侵入できたでしょう。――俺は確信しています、あなたがラネルだと」

ラネルが登場した時期とやってきたことを考えると、フランカ様がラネルである可能性は高い。今回の事件の犯人とするだけでは彼女はあまりにも手慣れすぎていたし、ラネルの仕業と考えられる日本での事件で、彼女はまさにその場にいた。

だが俺は、確信があってもフランカ様を咎めるつもりはなかった。DBのことに部外者の俺が口を出すのはおかしいし、ラネルは間違いなくこの国に必要とされている。それに彼女がラネルである絶対的な証拠はないのだ。フランカ様のしていることを肯定的には考えられないが、糾弾しようと思える程正義感の強い人間でもない。

けれどたった一つ、俺にはどうしても納得できないことがあった。俺はそれを知るために、彼女と話をつけにきたのだ。

「でも、俺にとってそんなことは二の次なんです。お願いしますフランカ様、正直に答えて下さい。日本でダヴィットを襲ったのはラネルでしょう。貴方はどうして彼を? ダヴィットはDBの人間でもなければ、罰せられるような人でもない。わざわざ日本に来て、あんな危険を冒してまでやることないはずです。何でなんですか、フランカ様。理由によっては、俺は貴方を……ぐっ!」

まったく逃げる間もなく気がつけば間合いを詰められ、物凄いスピードでフランカ様に身体を押し倒された。派手に身体を打ち付けたが、痛がっている余裕はない。彼女の手が、俺の首にかかっていたからだ。


「――お見事! ごめんねリーヤ君。私、貴方を馬鹿にしすぎていたみたい」

「か……はっ…」

「でもさぁ、真実を知った貴方を私が黙って帰すと思った? 想像以上に甘い男だね、リーヤ君」


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!