先憂後楽ブルース
真実の解錠
だがこれはまだ俺の想像の範囲だ。考えをまとめ、情報を集めるためにも俺は内情に詳しそうなテオドールに質問した。
「なぁテオ、ちょっと訊きたいんだけど、ラネルの噂が広まったのっていつぐらいからなんだ?」
食い付くように質問する俺に不思議そうな顔をしながらも、彼は少し考えた後答えてくれた。
「いつとははっきりしないが、ラネルは比較的最近現れた。俺が物心ついた後なのは確かだよ。10年はたっていないだろうと思うけどな」
「……やっぱり。じゃあラネルが最初に現れた時、どうして神の使いなんて話になったわけ? 普通はプロの暗殺者だって考えるのが普通だろ」
「ラネルは、アリスという部外者が絶対に侵入できないシステムを簡単に破ったからだ。プログラムの抜け道をさがすため何度も検証が繰り返されたが、彼女は完璧だった」
「でも登録されてる人間だってたくさんいるはずだ。そいつらがここに入るのは簡単だろ? その中にラネルがいるとは考えなかったのか」
「狙われてるのが下っ端兵士や給仕達ならそうだろうが、殺されたのはいずれも貴族の中でもかなり地位の高い連中だ。権力を持てば持つほど、セキュリティレベルは上がる。ラネルに最初に殺された男は、奴の名が懺悔室に刻まれているとの噂が広まった1週間後、胸をナイフで刺されて絶命した。しかし奴はDBでも5本の指に入る高官だ。不審な人間が近づけばすぐにアリスからの警告が入っただろう。だがアリスはまったく反応しなかったよ」
「……」
これだけ聞くとまるでラネルは亡霊みたいな奴だ。しかし犯人がわかったところでアリスを破る方法がわからなければ意味もない。
「でも胸を刺されたって、ラネルに殺された人は全員毒殺じゃなかったの?」
「最近ではほとんどがそうだけどな、昔はナイフで一刺しもあった。そのナイフにラネルと刻まれていたから、その名前がついたんだ。
「……」
「そして名前を書かれた人間はラネルを恐れ、警備をさらに強化したが結局無駄だった。だからラネルは人間じゃない、そう言われてもおかしくはないだろうな」
「……」
なんというか、俺の意見としてはそもそもラネルが本当に神の使いなら、刺殺や毒殺などまどろっこしい手を使わずに、病気や事故にでもあわせてしまえばいいと思う。しかし、狙われた人間はいずれもこれみよがしに殺されてしまっている。これはどう考えてもおかしい。そして俺がそう思うくらいなのだからDBにだってそう考える人間はたくさんいるはずだ。でもここでは誰もがラネルの存在を認め、神だなんて嘯いている。それはつまり、彼らがラネルを容認したがっているということに他ならない。ラネルが人間でも神でもそんなことは関係ないのだ。ラネルに存在し続けて欲しい大多数のDBの人がラネルを見逃しているだけの話で、本気でその存在を信じている人間がいったいどれだけいるのか。国ぐるみの陰謀というか、とんだ茶番である。
例えばここにいるテオドールはどちらなのか、実際に命を狙われた彼には訊いてみたい気もするがそんな質問は無意味だ。きっと彼からも、ラネルはいるという決まりきった答えしか聞けないのだろうから。
「まあ、ラネルのことはもう気にするなよ。捕まえようったってどうせ無駄な話だからな」
「……ああ、そうだな」
俺の気の抜けた返事はかなりお気に召さなかったらしく、テオドールはむすっとする。心ここにあらずな俺を拗ねた表情で見下ろした。
「この景色を前にして何だ、そのへたれた顔は。せっかく特別に連れてきてやったのに、俺の労力を返せよ」
「ご、ごめん。つい考え事しちゃって」
テオドールに言われて俺はもう一度目の前の景色を眺める。確かにせっかくの貴重な時間なのだから、今はこの絶景を堪能しなければテオに悪い。
「……本当に綺麗なところだよな、ディーブルーランドって。何度見たって飽きないよ」
カメラがあれば何枚でも撮りたいぐらいだ。いや、やはり実際に見なければこの感動は伝わらないだろう。ダヴィットやクロエ達にも体験して欲しいが、確実に不可能なのが残念だ。そうだ、今度来るときは俺のお世話係のジアも連れてこよう。彼は高いところは大丈夫だろうか。
「なあ、テオ。次はここにジアも連れてきていい?」
「……ジア?」
「俺の付き人…になるのかな。いつもお世話してもらってるからさ、お礼がしたいんだ」
「それは駄目だ」
「え」
にべもなく断られ思わずテオをぽかんと見上げてしまう。ちょっとは考えてくれたっていいだろうに、とりつく島もないとは。
「な、何で?」
「ここは王家御用達だと言っただろ。使用人は入ることが許されていない」
「そこはちょっとこう、アウトサイダーの権力を使ってなんとか……」
「その使用人がここに一歩でも足を踏み入れると、アリスの警報システムが作動し大騒ぎになる。確かにお前の行動自由の権利を使えば可能だが、そのためにわざわざその使用人のプログラムを書き替えなければならない。あまり勧められたことではないし、だいたい使用人に礼など不要だ。ボランティアでやっているわけじゃない、それが奴らの仕事なのだから」
「……諦めます、ごめんなさい」
テオの正論にあっさりと引き下がる俺。確かに話を聞く限りでは色々と問題がおきそうで、彼が止めるのももっともだ。
「セキュリティが万全すぎるってのも大変なんだな。でも俺やアドニスさんはあっさり入れたのは何でなんだよ」
アドニスさんの存在感のなさは異常だが、アリスはごまかされないだろう。俺はアウトサイダーだから最初からどこにでも入れる様になっているのだろうが。
「アドニスは俺の護衛だから、もしもの時のために特別に俺と同等のセキュリティレベルを持つようにしている。あとお前は、アウトサイダーだからだ」
「ですよね」
そうだ、ここは本来ならば立ち入り禁止の場所なのだ。特別な人間しか入れない……ってちょっと待てよ。
「そういえば、テオって入れないとことかあるの?」
「この城内で? 基本的にはないな」
「ならテオが入ったら、テオがそこにいるってわかる?」
「俺はこのセキュリティシステムの頂点にいる男だ。わからないだろうな、お前以外には」
「だったら、例えば俺が夜中にジアの部屋にこっそり侵入したりしても、バレないかな」
「……お前、犯罪はやめとけよ」
「そういう意味じゃない! 例え話!」
「冗談だ。カードキーさえ持っていればお前ならどこにだってバレずに侵入できる」
「……ふーん」
引っ込めていたはずの考えがむくむくと俺の頭の中に再び割り込んでくる。しかしそれは簡単に自分の中で事実として認められるものではなかった。
「一応言っておくが、馬鹿な真似はよせよリーヤ」
「だからやらないってば。俺をなんだと思ってるんだよ」
無駄口を叩いてはいても、そこからの俺はどうしたって景色に集中できる状態ではなかった。テオも俺のただならぬ様子に気づいていたが、俺が何も言わないとわかるとしつこく追及してきたりはしなかった。
テオと別れ、自分の部屋に戻ってきた俺はアリスに呼び掛けた。これ以上の詮索などせず、何も知らないままの方がいいのは誰よりも自分がわかっている。でもここまできたら、もはや止められない。
「アリス、ダヴィットとの婚約のために日本に赴いたDBの人の中に、祭典で俺が刺された時アリスの側にいなかった人がいないか、今すぐ調べて欲しいんだ」
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