先憂後楽ブルース
入れない部屋
しばらくたって、ようやく復活した俺は犯人探しをしてみることにした。といってもあまり勝手に出歩けないので、とりあえずは現場検証をするために自分を撃った犯人がいたであろう部屋に行ってみた。
犯行現場ということで、もっと人がいるか封鎖でもされているかと思ったが、アウトサイダーの特権を使って入ってみたものの、やはり時間がたちすぎているせいかその部屋は他の部屋と何も変わらない。なんてことはないただのゲストルームだ。とりあえず、窓から自分がいた場所を眺めた。
「ここから撃ったのか。結構距離あるなぁ…」
俺ならまず無理だ。チャンスは一回。ここから仕留めるにはかなりの腕が必要だろう。
「なあ、アリス。犯人はどうやってここに侵入して、どうやって逃げたんだろうな」
『難しい質問です。私のセンサーに異常はありませんでした』
「DBはこの建物を警戒してなかったの?」
言っちゃなんだが、この場所は狙撃するのに最適な場所だ。暗殺を警戒するならばもって警備を強化できたのではないか。
『もちろんしておりました。このステージを取り囲む建物の中にいる者には全員、祭典が終わるまで私の側にいることが義務づけられていたのです。そして出入口はすべて封鎖し、唯一開放されていた扉には3人もの見張りを配置していました』
「うわ、それはまたすごいな」
話を聞く限りではかなり徹底されていたみたいだか、それでも現に侵入者は出たのだ。ラネルという不思議現象を省くならば、いったいどんな方法があるだろうか。
「でもアリスの側にいなかった人間が、この部屋に潜んでいたってことは考えられないか?」
『それは不可能です。祭典が始まる少し前、全員の位置を確認するためこの城の人間は一旦、私の側に来ることが義務づけられました。そして祭典を建物の中から見物していた人間は、全員が私の側を離れませんでした。その後、門番に唯一の出入口である扉を封鎖させましたので、侵入者が入り込んだとしたら絶対にその後になります。また、登録されていない人間がいれば私は必ず気がつきます。ですから、侵入者が誰にも気づかれずにこの部屋に入ることは、事実上不可能ということになります』
「………マジで?」
それはとてつもなく大問題だ。ラネルという存在を認めるしかなくなってしまう。しかし、事実しか言わない彼女の言葉ならばきっとそうなのだろう。
「いや、何か方法があるはずだ。手っ取り早く、門番を買収するとか。どう?」
『門番は、いずれもここに長く勤めてきた信頼のおける兵士の中から選抜されています。また、普段は見張りのない場所ということで、あの扉の門番は当日のくじ引きで決められました。以上のことから、その確率は低いと考えられます』
「うーん。ということは、本当にラネルでもないと不可能だってことか……」
これはまたややこしいことになってきた。何か方法があるはずなのに、それが俺にはわからない。
「とりあえず、聞き込みをしてみるよ。門番だった3人のうちの1人でいいから、今話を聞けそうな人いない?」
アリスがおしえてくれたのは、俺の部屋から比較的近い場所を巡回中の男だった。アリスいわく、彼の名はロッツといい勤続15年のベテランらしい。
『彼です、リーヤ様。あの茶髪で大柄の男が、ロッツです』
アリスが誘導してくれるので、彼はすぐに見つかった。彼女の存在にもっと早く気がついていれば、テオドールを見つけるのにもあんなに苦労しなかっただろうにとちょっと遠い目をしたくなる。
「ありがとう、アリス。いま彼に話しかけてもいいかな」
『かまいません』
「ただ1つ、問題があるんだけど」
『はい』
「俺、英語話せないんだ」
そう、それが一番の問題なのだ。いままで何度この壁にぶつかってきたことか。
「あの人、日本語話せたりしないかなぁ」
『彼は英語しか話せません』
「…ですよね」
いままで周りにいた人間が日本語ペラペラだったので忘れていたが、ここな異国の地だ。これが当然なのだろう。こんなことなら真面目に勉強すれば良かった。
「あー、どうしよ。片言でなんとか……」
『では私が彼の言語を翻訳し、あなたの言葉を彼に英語で伝えましょうか』
「……え。そんなことできんの」
『私の翻訳モードを使えば可能です。幸い彼は私の側におりますし、リーヤ様は彼よりも地位が高い。リーヤ様からの申請で会話が成立します』
「す、すごいな……」
ありがとうアリス。ありがとうディーブルーランドの科学者達。というかDBが先進国すぎて少し怖いぐらいだ。
「だったら、すぐにでも話を聞くぞ。アリス、よろしく頼む」
『はい』
『はじめまして、アウトサイダー様。貴方に話しかけていただいて私はとても光栄に思います』
人の良さそうなロッツさんは、俺が声をかけると笑顔でそう言ってくれた。正しくは、アリスが俺に翻訳して伝えてくれたのでアリスの声なのだが、その通訳並の翻訳の早さに俺は内心とても感動していた。
『私に訊きたいこととは、いったい何でしょうか』
脳内に響いたアリスの声に俺は口を開く。ロッツさんはあまり俺を怖がっていないようなので話やすい。どうやら最近の愛想のよさが功を奏したようだ。
「貴方は、祭典の日犯人のいた部屋の門番をしていたと聞きます。その時の話をぜひ聞かせて下さい」
少しの間の後、彼は神妙な表情で返事をしてくれる。アリスはすぐに訳してくれた。
『アウトサイダー様の怪我のことは、私も皆も大変心を痛めております。私でお役に立てるのであれば、お答えいたしましょう。アウトサイダー様は犯人を探すおつもりなのですか?』
「一応、そのつもりです。俺はあれを人間の仕業と考えています。ロッツさん、失礼を承知でお訊ねしますが、本当にあの日、誰も門からは出入りしなかったのですか?また、あなた方が見逃してしまったという可能性は?」
ロッツさんは俺の不躾な質問にも嫌な顔1つせず、アリスを通して答えてくれた。
『アウトサイダー様、神に誓って、私達は誰にも侵入を許してはおりません。アリスの側に全員が集まった後、我々はずっと彼女と共にいました。ずっと門の前にいたことをご確認下さい』
彼女に確認するまでもなく、男のいうことは本当なのだろう。この部屋に入る前に通った門も注意深く確認したが、彼らに気づかれずに門を通るのは物理的に不可能だと思う。彼が嘘を言っているようにはとても思えないし、これでは八方塞がりだ。
「わかりました。お仕事中にありがとうございます。また何か思い出したことがありましたら、おしえてくださると嬉しいです」
俺はロッツさんに礼を言い、その場を後にした。完全犯罪ともいえるこの状況をまとめることができず、俺はすっかりまいってしまっていた。
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