[携帯モード] [URL送信]

先憂後楽ブルース
ありがとうとごめんなさい




それからの俺は、しばらく絶対安静を言い渡され、とても暇で暇で仕方なかった。正直ダヴィットに別れを告げるのは自由に動けるようになってからにすれば良かったと後悔した程だ。でもあんな大口叩いた後で電話もできず、毎日鬱になりそうな程の退屈に耐えていた。
1日に1回はレイチェル様がフランカ様を連れだって部屋に訪れてくれていたが、もちろん俺なんかとずっと一緒にいられるわけではない。無論テオドールは見舞いになど来ず、あと来てくれるのはアリソンさんとその秘書のショーティーさんぐらいだった。彼は俺の中では敵だったので、まったく嬉しくはなかったが。

そのためもっぱら俺の話し相手は、いつも近くにいてくれるアリスだった。彼女は人ではなかったが、話すと同じ人間とほぼ変わりない会話をすることができた。DBの科学技術にはもう脱帽だ。

「なぁ、アリス」

『何でしょうか、リーヤ様』

「空って、何で青いんだろうなぁ……」

俺がするのはそんなこと今重要か? と誰もが思わずにはいられないくだらない話ばかりだ。しかしアリスはそれにも嫌な顔一つせず(顔はないが)答えてくれた。

『正しくは、空の色は青だけではありません。リーヤ様の目に青く見えているだけのことなのです。太陽光線には虹と同じ、七っの色があり、それぞれ長さがあります。長さの短い青色が人の目に……』

「ごめんなさい、もういいです」

…とまぁ、この調子だ。もちろんちょっと突っ込んだ話をしたこともあったが、それにはあまり答えてくれない。DBに都合の悪いことは言えないようにプログラムされているのだろう。

「なぁ、アリスは白色と黒色、どっが好き?」

『好きという感情は、私にはありません』

「そっかぁ。俺は黒かなぁ。んじゃ海と山だったら?」

『……私には感情がありませんので、お答えしかねます』

感情がないという割には俺の質問にうんざりしている様子が感じ取れてなかなか面白い。俺はもう彼女がプログラムであるということを考えないようにして話しかけていた。だってその方が断然楽しい。

「俺さ、ラネルっていうか…テオドールを狙った犯人を探ってみようと思うんだ」

『……』

「アリスはどう思う? 本当にラネルってのが神の力を使って、罰を与えてると思う?」

『私には判断しかねます。私は、事実を伝えることしかできませんから』

「……だよなぁ」

わかっている。アリスが俺の求める答えのすべてを知っているわけではないことなど。答えを知りたいというわけではなくアリスと話すことが目的なのだから別にかまわないのだ。
そんなこんなでずっとアリスと話していたとある日、俺の部屋に思わぬ人物が訪れた。


「アウトサイダー様、キーラ・ハーシュでございます! 入らせていただいてもよろしいでしょうか」

ノックの後、ドアの外から聞こえたのはハーシュさんの声だった。テオドールの護衛である彼がここに来るなど思ってもみなかった。王の側を離れても大丈夫なのだろうか。俺は少し驚きつつもどうぞと声をかけた。

「失礼します!」

ハーシュさんはいつものハキハキとした明るい声と共に部屋に入ってくる。そして俺はまたしても驚かされることとなった。しかも先程とは比べ物にならないぐらいに。

「………何でいるんだ?」

「いたら悪いか」

悪くはない。決して悪くはないのだが、まさかテオドール陛下が直々に来るとは思ってもみなかったのだ。彼が俺に会いに来るなど、フランカ様に命令された時以来ではなかろうか。

「リーヤ君、テオ連れてきたよ! 褒めて!」

彼の後ろからぱっと顔を出したのはフランカ様だ。ああ、なるほど。今回もやっぱり彼女に言われてきたのか。

「身体の調子はどうですか、アウトサイダー様」

「良好です。ご心配おかけしてすみません」

ハーシュさんは俺の目の前まで来るとその場で深く頭を下げた。訳がわからずぽかんとしている俺に、彼は言った。

「誠に申し訳ございません! アウトサイダー様から直々に命を受けていたにも関わらず、あなた様を傷つけた侵入者を捕らえることができませんでした。このキーラ・ハーシュ、どのような処分も受ける覚悟でございます!」

「えぇっ、処分!? いやいや、そんなのいいですから!」

そんなものはまったく望んじゃいない。無茶な命令をして悪かったとすら思っているのだ。というか、今思うことでもないのだが彼といい他の人達といい日本語ほんとにうまいな。

「しかし……」

「捕まえられなかったのはハーシュさんの責任ではないです。だいたい怪我したのだって、俺が勝手に飛び出したんですから」

だいたい本当にラネルがやってることなら、捕まえることも防ぐことも不可能だろう。……と、いうことはつまり、ハーシュさんはラネルがやったとは思っていないということなのか?

「もしかしてハーシュさんは、ラネルを信じてないんですか」

「まさか! 信じているに決まっています。ラネルとはぜひ一度、勝負してみたいですね!」

目映いばかりの笑顔を俺に向けながらきっぱりと断言するハーシュさん。この国の死神的な人に対してなぜそんな底抜けに明るくいられるのか。羨ましい性格だ。

「こいつは誰かと闘うことしか頭にないからな。まともな意見を聞くことなんかできないだろう」

「こーら、テオ。そんなこと言って。まず貴方はリーヤ君にお礼を言いなさい」

「断る。こいつだって自分の責任だと言っていたじゃないか」

「もー、テオったら生意気ー」

「ここに来たんだから、もうそれで勘弁してくれ」

まったく怒ってはいない口調と表情でテオドールの頭を撫でくりまわすフランカ様。ちっとも嬉しそうではない彼の様子を見るに、やはり姉が苦手らしい。

「リーヤ君、そんなこと言ってテオったら、貴方のことずっと気にしてたんだよ〜」

「おい、勝手なことを言うな。少しも気にはしていなかっただろう。なあ、ハーシュ」

「まあ、確かにまったく気にはされていませんでしたが」

正直すぎるハーシュさんに首を竦めるフランカ様。というか少しは気にしろよ。

「しかし陛下はリーヤ様のために主要会議に参加されていたのですよ。立派にご自分の意見も言われていて」

「えっ、本当に!?」

衝撃的事実に、信じられない! とテオドールに視線を向けると凄い勢いでそらされた。フランカ様が言ってもラネルに命を狙われててもやる気がなかった彼が、まさか俺のために動いてくれたなんて。

「そうそう、テオはそのための準備をするのに忙しくて今までリーヤ君のお見舞いに来れなかったんだよねー?」

「別に何もなくとも来る気はなかった」

「またまた〜、強がっちゃって」

「事実だ。無駄なことはしない。俺が行ってリーヤの容態がよくなるわけじゃないんだからな」

機嫌が悪そうに姉の言葉を否定しまくるテオドールだったが、俺のために会議に参加した云々のことはいっさい否定しなかった。これはもうテオドールが俺への詫びとしてしてくれたと解釈してかまわないだろう。

「テオ」

「…なんだ、リーヤ」

きっと彼は俺の真意などとっくにわかっていたのだろう。あれはDBの未来を案じての言葉でもテオドールの身を心配しての頼みでも何でもない。俺は自分の存在意義を示すために彼を利用しようとしていたのだ。それを何もかも踏まえたうえで、テオドールは俺に従ってくれた。これ以上のお礼はない。

「言っておくが、別にお前のためにしたことなんかじゃない」

「わかってる。俺だって身を呈してお前を庇った訳じゃない。まさか自分に当たるなんて思ってもなかったんだ」

でも、と俺は話を続けた。言わずにはいられなかった。

「ありがとう、テオ」

俺のお礼の言葉にテオドールは嫌そうに顔をしかめ、そっぽを向いてしまう。それとは対照的に俺はテオドールを見つめながらずっとにこにこしていた。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!