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先憂後楽ブルース
刻まれた名前




「ラネル…のことですか」

それならばもちろん知りたい。殺されかけたかもしれない相手だ。それにテオドールを暗殺しようとしている存在でもある。彼を殺されたりしたら俺だって非常に困るのだ。もしテオドールが無事だというならば、その根拠だって知りたい。

「この城の敷地内にはね、聖堂があるんだよ。その名もフリシブラン聖堂」

「聖堂……」

「そう。そこには私達が信仰する神がいるの。まあ全員が信仰してるわけじゃないけど、ほとんどの国民、特に上流階級の人間ほど神に縋っている。私も含めて、ね」

「フランカ様も?」

「そうだよ。悪い?」

悪くはないが、フランカ様はそういうものをまるで信じなさそうだったので驚いた。アウトサイダーのこともまるで信用していないようだったし、俺の中の彼女のイメージは、自分が一番で従うのは己の意思のみ、という感じだったのだ。

「聖堂には罪を犯した者が悔い改める場所、懺悔室がある。そこには、絶対に1人でしか入れない。神に罪を告白する場所だからね。で、ここからが本題。その懺悔室には秘密の部屋があって、そこにの壁には夥しい数の名前が刻まれているの」

「名前…? どうしてですか」

「恨みの名前。ラネルに裁いて欲しい人間の名前を私達が刻むからだよ。そこに名前を書かれた人間は、ラネルからの制裁を受けるってわけ」

「ええっ!?」

びっくりしすぎて変な声が出た。ということはつまり、ラネルは自ら裁く人間を決めているわけではなく、依頼を受けている形になっているというわけか。

「でもそれじゃあ、ターゲットにすぐバレてしまうんじゃないですか」

「まあね。でもラネルは名前が書かれた人を必ず裁くわけじゃない。その人間が改心すれば、命だけは見逃してくれる時もある。つまり償う猶予を与えてくれてるってわけ」

「…じゃあ、ラネルに狙われながらも暗殺されなかった人もたくさんいるってことですか」

「もちろん。怪我ですんだ人、無傷の人。たくさんいるよ。私怨で名前を書いても無駄ってわけ。ラネルはすべてを見てくださっているからね」

「今回のテオドール陛下の場合は……」

「さあ、どうかな。結果的にテオは死んでいないのだから、あの子の罪は許されたということでいいと思うけど。これからどう動くかはテオ次第。再びラネルに狙われる可能性は十分にあるんだしね」

素っ気ない口調だったが、フランカ様の目は確かに不安に揺れていた。確かテオドールは彼女にとって、たった1人の肉親で何よりも大切な存在なはずだ。心配していないはずがない。

「大丈夫です、フランカ様。そんなことさせません。俺が必ず、テオドール陛下にきちんと仕事してもらえるようにしますから。もう二度と、ラネルに狙われないように」

何の確証も根拠もない言葉ではあったが、それが俺の決意だった。フランカ様にもそれは伝わったようで、いつにない優しい笑みを見せてくれた。

「ありがとう、期待してるよ。リーヤ君」

「……っ」

絶世の美女の無防備な笑顔にちょっとどぎまぎしていると、外からノックの音が聞こえた。どうやら医者の到着らしい。ドアを開けようとするフランカ様の背中に慌てて声をかけた。

「すみません、フランカ様」

「んー? なあにー?」

「あの、フランカ様からかしていただいた携帯、使ってもいいですか? すぐにでも連絡したい人がいるんです」

「? ……ああ、そういうこと。いいよ、どんどん使って」

俺が連絡をとりたい相手は、もちろんあの人だ。DBが俺のことを公表していようとなかろうと、3日も連絡がない俺を彼らはきっと心配しているだろう。もう身体もだいぶ動かせるようになってきたし、診察が終わればすぐにでも電話をしよう。俺はぞろぞろと入ってきた白衣の男達に囲まれながら、ずっとそのことばかり考えていた。








何人もの医者に質問攻めにされ血液をとられ、身様々な検査を受けさせられたりして散々だった俺だが、特にこれといった後遺症もなく順調に回復していった。アリソンさんには国を代表して平謝りされ、俺は土下座をやめてもらうのに必死だった。そして点滴もはずれ身体が完全に自由に動くようになって、ようやくフランカ様が携帯をわたしてくれた。

「病み上がりなんだし話は手短に。あなたの無事は向こうももう知っているだろうから」

「…あ、ありがとう」

それだけ言うとフランカ様はさっさと部屋から出ていってしまった。どうやら俺に気を使ってくれているらしい。
久しぶりに話せるとあってちょっとドキドキしてながらいつもの番号にかけると、ダヴィットはまるで待ち構えていたようにすぐ電話にでてくれた。

『……リーヤか!? 連絡ずっと待っていたんだぞ!』

「うおっ」

いきなり電話口の向こうで叫ばれ携帯を少し耳から離す。状況を考えれば無理もないがかなり心臓に悪い。

「悪かったよ、ダヴィット。今まで連絡とれなくて。今日ようやく電話使わせてもらえて」

『……ほんとに、リーヤなんだな。体調はどうだ』

ダヴィットの気の抜けたような安心した声を聞いて、申し訳ない気持ちになる。もし逆の立場だったら俺はもう気が気じゃなかっただろう。

「心配かけてごめんな。もう平気だよ。どこも悪くない」

『なら良かった。お前が回復したのは知っていたが、刺されたと知った時はもう生きている心地がしなかったぞ。お前、あの王をかばったそうだな』

「そんなことまで筒抜けなのかよ……」

『DBはある程度のことはきちんと公表する。他国から漏れて広がるのはさすがに嫌なのだろう。だがお前、無理をしすぎだ。何かあったらどうする』

「大丈夫、大丈夫。ラネルが狙ってるのは俺じゃないしさ」

『ラネル?』

あれ、もしかして日本にはラネルというものが浸透していないのか。まあ確かに神の使いが貴族達を襲っているなど、DBにとっては知られたくないことだろうが。

『その名なら聞いたことがあるぞ。世界一だと言われているDBのセキュリティをも掻い潜る、一流の殺し屋じゃないのか』

「あ、日本じゃそういう認識なんだ」

『? 違うぞ。私がラネルを知っているのは王子という立場だからだ。日本じゃ知名度はないに等しい』

「そういう意味じゃ……いや、なんでもない」

これ以上この話を続けても無意味だ。限られた時間の中で俺は話さなければならないことがある。

『とにかく、お前が無事で本当に良かった。皆も心配していた。リーザも、部屋でずっと塞ぎ込んでいたからな』

「ああ、そうだ。ダヴィット、リーザに代われる?」

『…どう、だろうな。とりあえず今は近くにいないが、呼んでくるか』

「……いや、俺は元気にしてると伝えてくれ。お前に会いたい気持ちは変わらないから、俺と話す気になったら、いつでも言えってな」

『わかった、必ず伝えよう』

今回のことでリーザがますます俺から距離をとるなんてことがないといいのだが。これから話す内容が内容なだけにそれはとても困る。

「それからな、ダヴィット。ちょっと言いにくいけど、俺は…毎日お前に電話するのはやめようと思う」

『……なぜだ』

案の定、めちゃくちゃ機嫌が悪そうなダヴィットの声が聞こえてくる。予想していた反応だけに、俺は宥めるような口調で話を続けた。

「俺、こっちでやりたいことができたって言ったろ。しばらくはそれにかかりっきりになりそうだし、何より毎日電話してたらお前に甘えてしまう」

『私はそれで構わないが』

「俺が嫌なんだよ。こっちでは、お前に頼らずやっていきたい。何もずっと連絡しないって言ってるわけじゃないんだ。定期的には、ちゃんとかけるからさ」

『……』

わかってくれ、ダヴィット。俺だってお前と毎日話したい。でもそれじゃあ、いつまでたっても俺は成長できないんだ。

『……お前がそこまで言うのなら仕方ない。了解した』

「あ、ありがとうダヴィット!」

俺の気持ちを汲み取ってくれたらしいダヴィットは、渋々といった様子ながらもなんとか納得してくれた。

『ただし、何かあった時はすぐに私に連絡しろよ。お前の身を案じているのは私だけではない。そのことをしっかりの肝に命じておけ』

「わかってる。俺、頑張るから。こっちでのゴタゴタを解決して、必ず、日本に帰るからな」

俺には見えないが、向こうでダヴィットが小さく頷くのを感じた。今は、1人で寂しい、などと甘えている場合ではない。与えられた自分の役目、そしてそれ以上のことを成し遂げてみせると俺は自分自身に誓っていた。


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