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先憂後楽ブルース
覚醒と情報










「……っ」

俺が意識を取り戻した時、目の前にあったのはとても美しい透き通るような青い瞳だった。至近距離で食い入るように見つめられ、思わず目を見開き硬直してしまう。


「あ、気がついた」

「ほんとですかお姉様!」

2つの顔が無遠慮に俺に近づいてくる。フランカ様とレイチェル様だ。俺は顔を背けたかったが、身体を思うように動かすことができない。

「駄目だよ、リーヤ君。まだ安静にしてなきゃ。君は3日も眠ったままだったんだから」

「み、っか……」

道理で身体が重いと思った。3日どころが、まるで何十年かぶりに目を覚ましたみたいだ。少しずつだが、自分に何が起こったのか思い出してきた。

「……俺、撃たれたんですね」

「そ。厳密に言うと刺されたんだけどね。針刺銃っていう見た目は普通の拳銃なんだけど、銃口から毒針が出てくるやつ。普通は麻酔銃として使われてるけど、針に毒を塗れば立派な凶器ってわけ」

「そんなものが…あるんですか」

「すごく小型のやつで、入手しやすいの。貴族のご令嬢なんかが護身用で持つぐらいだから。でも毒がね、種類の特定にかなり時間がかかって大変だったんだよ」

ということは、俺が助かったのは運が良かったということなのか。それはもちろん嬉しいが、少し腑に落ちないことがある。

「でもでも、リーヤ様がご無事で本当に良かったです! お医者様がもう大丈夫だとは言って下さったんですけど、なかなかお目覚めにならないので、とても心配していました…!」

そういいながら涙ぐむレイチェル様にどうしていいかわからず、とりあえず起き上がろうとしたがうまくいかない。今の俺は腕一本持ち上げるのも満足にはできなかった。

「レイチェルは心配しすぎなんだよ。リーヤ君が死ぬわけないじゃない」

「そ、そういうお姉様だって、ずっとリーヤ様のお側にいらっしゃったじゃないですか。私、知ってるんですからね」

「あらレイチェルったら、妹の分際で余計なことを言うのはこのお口かしら」

「しゅ、しゅみまふぇん」

口をタコのようにされるレイチェル様に自然と笑みがこぼれる。といってもまともに笑うことなどできずわずかに口角をあげただけだったが、二人はそんな俺に気がついたらしく照れくさそうに顔を見合わせていた。

「すみません、フランカ様。つまり俺は、毒針に刺されたってことですよね」

「だからそう言ってるじゃん。あんな無茶して、ほんとに危なかったんだからね」

「でも、だったら俺はどうして助かったんでしょう」

毒、しかも暗殺に使われるのであれば猛毒に違いない。最後にかすかに聞こえたテオドールの言葉は、俺はもう助からないというものだった気がする。

「だから、医者が毒の種類を特定して、それで解毒剤を用意することができたの。さっき言ったばっかじゃない」

「それほどの猶予が、あったということですか? でも、普通なら……」

「ったくもう、何をぐだくだ言っているのかしら。助かったのだからそれでよし! いいこと、リーヤ君。あなたのことは、神が助けて下さったの」

「か、神……?」

突拍子もないことを言い出すフランカ様に唖然としていると、レイチェル様が遠慮がちに口を挟んだ。

「えっとですね、あの毒針はリーヤ様、というよりテオドール陛下を狙ったものだったんです。リーヤ様が標的ではなかったのですから、リーヤ様が助かるのは当然、というわけです」

「……?」

「リーヤ君は、誰がテオを狙ったかわかってないから、私達の言葉の意味もわからないんじゃないかな」

「えっ、犯人捕まったんですか!?」

それならそうと早く言ってくれ。ということはつまり、犯人が持っていた解毒剤でも使って俺は助けられたということか。

「捕まってないよ。というか捕まるなんてありえない」

「へ」

「犯人…という言い方は適切ではないけど。テオに裁きを下したのはラネルだから。リーヤ君だって知ってるよね?」

「ラネル……」

その名はもちろん知っている。ラネルがテオドールを狙っていて、それを彼が恐れていたことも。しかし、そんな簡単に決めつけてしまって良いのだろうか。ラネルが犯人だという証拠はないし、そもそもその考え方では犯人は幽霊だと言っているようなものだ。

「どうしてラネルだって、わかるんですか。確証はないんじゃ…」

俺の疑問にフランカ様は深く深くため息をついた。もう話すのも面倒だとでも言わんばかりに。

「もう、何度言ったらわかるのかな。この城にはアリスがいるからセキュリティは完璧なの。無法者がそんな簡単に侵入はできない。ましてや、あの日はいつも以上に警戒してたんだよ。ラネルでもなきゃ絶対に不可能。リーヤ君は部外者だからわかんないんだろうけど」

「……」

確かにDBの人間でない俺にはまるで理解ができない。しかし、だからといってフランカ様達の話をすんなり受け入れることはできない。人間業じゃないからといって、ラネルとかいうそんな非科学的な存在を信じろというのが無理な話だ。だいたい本当にここの人達はそんな話を信じているのか。

「とにかく、そんな話いまはいいわ。レイチェル、お医者様を呼んできてちょうだい」

「は、はい!」

レイチェル様はフランカ様の指示に従いぱたぱたと部屋を出ていってしまう。部屋には俺と険しい表情をしたフランカ様が残された。

「リーヤ君」

「は、はい」

「ありがとうね、テオを助けてくれて」

「……いえ」

何を言われるのかと内心ヒヤヒヤしたが、彼女が口にしたのは意外にもお礼の言葉だった。フランカ様は動けない俺の手に自らの手を重ねると、誰もが魅了させられる微笑見せてくれた。

「ラネルだか何だか知らないけど、そんなものに可愛い弟が傷つけられるなんて我慢ならないもの。確かにあの子は間違っていたかもしれない。でも、だからといって改心する余地も与えられずに殺されるなんて、とっても理不尽じゃない?」

「……テオドール陛下は、大丈夫なんですか」

「え? ああ、あの子ならピンピンしてるよ。見舞いに来いって言ってるんだけど……。なかなか素直になれない子だから、許してあげてちょうだい」

「……いや、そういう意味じゃなく。ラネルがこのまま諦めるとは思えなくて。陛下はまだ狙われているんじゃないかと」

「……?」

本気で意味がわからないという顔をしたフランカ様が顔を傾ける。そう難しいことを言ったつもりはないのだが。

「……ああ! そういうこと。それなら大丈夫。ラネルは一度狙った相手はもう……少なくとも、当分は襲わないから」

「どうして、ですか」

ヤバい。長時間話すのがつかれてきたし、まともな思考回路が働かなくなっている。しかしこんな機会でもなければフランカ様に質問などできない気がした。

「ラネルは神の使いだって言ったじゃない。ラネルが標的を殺せなかったってことは、失敗したんじゃない。チャンスを与えられたってことなんだよ」

「?」

「リーヤ君はラネルのことが、まだわかってないんだね。テオは前から暗殺のことを警戒してた。どうして、あの子は自分がラネルに殺されるって、わかったんだと思う?」

「それは…誰かがそういう情報を掴んだからじゃ」

「ぶっぶー」

フランカ様はにこにこしながら、つんと俺の鼻をつつく。何が楽しいかわからないがちょっとだけイラっとさせられた。

「じゃあ医者が来るまでの間、リーヤ君にラネルのこと、ちょこっとだけおしえてあげる」


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あきゅろす。
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