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先憂後楽ブルース
暗殺




テオドールと共に庭園に作られたステージに上がった瞬間、集まった人の多さにぎょっとした。誰もがきらびやかな衣装を見に纏い、誰もが権力ある人間なのだとわかる。その全員が俺を見ているのだ。自分に向けられた視線の多さにくらくらしてしまう。俺達が現れた時の大歓声といったら、自分はどこのアイドルだと突っ込みをいれたいくらいだ。そして同時にこれだけの人間がアウトサイダーに期待しているのかと気が遠くなったりもした。

進行役のアリソンさんに誘導され、やけに豪華な椅子にテオドールと並んで座る。その後もアリソンさんは笑顔ですらすらと話を進めていくが、もちろん英語なので内容はわからない。


「今から、俺があのマイクの前に立って話す。その後すぐに続けてお前が話せ。もちろん日本語でかまわない」

「…わかった。ありがと」

「お前…」

「なに?」

俺の顔をまじまじと見て何やら考えているテオドール。まさかもう何かやらかしてしまったのかと冷や汗をかいていたが、彼の口から出たのは予想外の言葉だった。

「いや、以外と落ち着いていると思ってな」

「えっ、そう見える!?」

極度の緊張と不安でどうにかなりそうだった俺からすれば、テオドールの目はちょっとおかしいとしか思えない。そんなに自分はポーカーフェイスが上手かっただろうか。

「いや俺、頭ん中ぐっちゃぐちゃで今にもどうにかなりそうなんだけど」

「見て呉れだけでも冷静に見えれば上々だ。あまり自信のなさそうなアウトサイダーなど不安になるだけだからな」

「はぁ…」

「まあ、俺の手本をよく見ておけ」

テオドールはそう言って立ち上がると、ステージのど真ん中に用意されたマイクの前に立つ。その瞬間、観衆達の凄まじい歓声が沸き起こった。しかしテオドールが話を始めた途端、騒がしかった人々がいっせいに黙り込み熱心に王の話を聞いている。テオドールもこんなもの面倒だとかいって投げ出しそうなくせに、いたって真面目に話しているように見えた。言葉の意味はあまりわからないが、人々の反応を見る限りきっと素晴らしい内容なのだろう。誰もがテオドールを畏敬を込めた眼差しで見上げている。普段の駄目王様っぷりからは信じられない姿だ。怠慢な王、とは違う一面も彼は持っているらしい。しかしどちらが本当の彼の姿なのか、俺にはわからない。もしかするとテオドールが仕事をしていないというのは貴族達の中でもあまり知られていない事実なのだろうか。それともそんなことは関係なくなるぐらい、テオドールの美しさ、カリスマ性が凄まじいということなのか。ともかく、女性だけでなく男までもが、どこかうっとりとした表情でテオドールを見上げていることは間違いない。

テオドールの後ろ姿を今までとは違う目で見ていた時、俺はとあることに気がついた。

この俺達のステージは城の中央の庭園にあるからして、当然周囲は建物に囲まれている。各部屋の小さなバルコニーから話を聞いている貴族もいるぐらいだ。だが俺達の真ん前にある建物の5階にある窓は少し開いているだけで、人の姿はない。しかし一瞬だけ何かが動いたような、人の気配がした。

「……?」

普段ならば中に誰かいるのだろうですませる話だが、今はこんな状況だ。誰もが窓やバルコニーから顔を出し、美しい王と珍しいアウトサイダーを見ようとしている。それなのに、あの部屋にいる人間は何をしているのか。
しばらくたてば出てくるかと思いながらも、俺はその部屋の窓から目が離せなくなった。窓にはカーテンがかかっており中はよく見えない。しかし、先程確かに人の気配がした。

「……アリス。ちょっと聞いてもいいか?」

『はい。なんでしょうかリーヤ様』

「俺達の前の建物の五階、ちょうど俺の真ん前の部屋にいるのが誰かわかる? あの窓が少し開いてる部屋」

『第7の客間として使われている部屋ですね。あそこに泊まっている客人はおりません。そして今は、誰の姿もございません』

「まさか。だって今人影を見たんだよ」

『ならば私の側を離れているのでしょう。私から離れている方はたくさんいらっしゃいますから』

「……あんなところで、何をしてるんだろう」

『不適切な質問です。申し訳ありませんが、私に知るすべはありません』

「……」

それほど気にすることでもないのかもしれないが、俺はその部屋がどうしても気になってしまい目が離せなかった。それこそ今までの緊張を忘れる程、開いた窓の隙間に視線が釘付けになる。そしてそのまま一分はたったかという頃、またしても隙間から何か動くものが見えた。それが太陽に反射してキラリと光った瞬間、俺は反射的に立ち上がっていた。

ダヴィットが襲撃された時の状況、テオドールが暗殺されるという噂、そして不自然に開いた窓の隙間からこちらに向けられた光る物体。護衛を後ろに控えさせ、舞台の真ん中に立つテオドール。それらを繋げた瞬間、俺は動かずにはいられなかった。

「テオ!」

「……?」

いきなり俺に名前を呼ばれたテオドールが不思議そうにこちらを振り替える。全速力で走った俺はテオドールの腕をひっつかみ、そのまま抱き込むように後ろに引いた。

「……っ」

その瞬間、バシュという鈍い音がして腕に鋭い痛みが走った。まさか自分に当たるとは思わず衝撃に顔をしかめる俺は、テオドールと共にその場に倒れ込んだ。

「おい、どうした!?」

腕を押さえる俺の身体をテオドールがいつになく焦った様子で支える。すぐさま後方に控えていたハーシュさんとアドニスさんが駆け寄ってくるが、庭園にいた人々は何が起こったかもわからず騒然としていた。

「おい、お前これ…」

「大変だ! アウトサイダー様が撃たれたぞ!」

腕から血を流す俺を見て周囲の人間は顔面蒼白になり、悲鳴をあげた。人々は逃げ惑い騒然となった中、テオドールは二人の護衛に俺ごと死角となる場所に引きずられていった。

「大丈夫か!? しっかりしろ!」

「平気だ。かすっただけだから」

ほんとにかすった程度でたいしたことはなかったので、テオドールの慌てた様子が少しおかしかった。そして同時に彼が撃たれなかったことに心底安堵していた。

「お前は怪我、ないの?」

「ああ。無傷だ」

「なら良かった。走った甲斐があったよ」

ステージ裏にいる俺達の耳にアリソンさんがマイクを使って警備の兵達に指示をする声が聞こえた。しかし、アリソンさんも兵達もパニックになった人々を落ち着かせるのに精一杯で、犯人を捕らえるどころではない。

「アドニスさん、ハーシュさん。犯人は向かいの建物の5階、少し窓の開いた部屋にいます。早く捕まえて下さい!」

「いや、しかし、アウトサイダー様が怪我をされた今、この場を離れるわけには……」

ハーシュさんは一瞬驚いた後、困惑した様子で悔しそうに歯噛みする。俺はテオドールの腕から離れ無理矢理立ち上がると、ハーシュさんに詰め寄った。

「俺なら平気です! 俺のせいで行けないのであれば俺自身が捕まえに行きます! どいて下さい!」

「……っ」

ハーシュさんは息を飲み、アドニスさんと目を会わせる。周りに集まってきた兵達が持っていた槍のような武器を取り、すっと構え頷いた。

「わかりました。このキーラ・ハーシュ、必ず侵入者を捕らえてみせます! アドニスさん、陛下とアウトサイダー様を頼めますか」

「ああ」

その場で一礼したハーシュさんが、人混みの中を走り去っていく。その後ろ姿を見届けていた俺の視界がいきなり霞んだ。

「……っ」

「おい、アウトサイダー?」

立ち眩みがしてその場に立っていられなくなった俺の身体をテオドールとアドニスさんが支える。唐突な身体の不調に自分でも訳がわからず混乱していた。

「何で……俺…」

「アウトサイダー様、失礼いたします」

アドニスさんが俺の手をどけ、血の流れ出す二の腕を確認する。傷口を見たアドニスさんは目を見開き息を飲んだ。

「この傷は…、針刺銃によるものです」

「なに!?」

「し、し…じゅう?」

聞きなれない言葉に意識を朦朧とさせながらも反応する。俺を抱くテオドールの力が強くなったのを感じた。

「針刺銃、つまり毒針です。アウトサイダー様、動いてはいけません」

「ど、毒……」

「おいアドニスっ、もし本当に針刺銃ならもう間に合わない。こいつは死んでしまうぞ! 誰か、早く医者を!」

周りの様子を把握できたのはここまで。だんだんと遠ざかっていくテオドールの声。俺は苦しみからにげるように、ぷっつりと意識を手放した。


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