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先憂後楽ブルース
不適切な質問



その次の日、俺は本当にアリソンさんからアウトサイダーのための式典があることを知らされ、すっかりまいってしまった。彼によると特に気負うことはなく、ただ大勢の人の前に出て手を振ってくれたらそれでいいとのことだったが、そんなロイヤルファミリーみたいなこと俺にはできない。軽い挨拶だけしていただけたらそれで……などと言われれば、もう必死でスピーチ内容を考えるというものだ。


「本日は私のような者のために、このような素晴らしい場を設けていただき……ってなんか堅いな。素晴らしいパーティーをありがとうみんな! ……駄目だアホっぽい」

英語など話せない俺は日本語で話すしかないが、あまり馬鹿丸出しの挨拶をするわけにもいかない。通訳の人が何かいい感じに訳してくれないだろうか。

「どうしよう、このままじゃ……」

「アウトサイダー様?」

俺が1人ぶつぶつと呟きながら突っ伏していると、お世話係りのジアが心配そうに顔を除き込んできた。彼との関係は今では良好といってもいいだろう。彼はここでコミュニケーションの取れる数少ない存在で、俺は暇さえあればジアと話すようにしていた。

「聞いてくれよ、ジア。俺大勢の人の前でスピーチしなきゃならないんだよ〜」

「speech?」

「そう! 知らない人ばっかの前でさぁ、何話せっていうんだよ。そんなありがたい話なんかないよ」

ベッドに身を投げ出しゴロゴロと転がりながら嘆く俺。ジアはそんな俺をしばらく唖然と見ていたが、やがて俺の横にゆっくりと腰を下ろした。

「アウトサイダー様、大丈夫、ですか?」

「大丈夫じゃない〜。もう消えてなくなりたい」

「……」

膝を抱えて丸まりながら自分の境遇を恨む。これも仕事、義務なのだと言われてしまえばそれまでだが、むしろお披露目などして逆にアウトサイダーの評判が悪くなったりしないか心配だ。

「リーヤ、様」

「……ん?」

二人きりの時はなるべく名前で呼んで欲しいなどと、付き合いたてのカップルみたいなことをジアには頼んでいたが、なかなか実行してくれなかった彼が俺の名を呼んでくれた。そのことに地味に感動していると、ジアは優しい目をして俺に微笑みかけてくれた。

「大丈夫、リーヤ様、できます。だから、元気出して」

「ジア…!」

優しい励ましの言葉に感極まってしまった俺は彼に飛び付く。わあ! と叫んだジアはよろけてそのままベッドに倒れ込んでしまった。

「ジアー! 俺がんばる! ありがと!」

「わわ、わ」

ジアに抱きついた俺はもう一生放さないとばかりにぎゅうぎゅうに抱き締めた。年上であろうことはわかっているのだが、どうも片言のためか幼く感じてしまう、

「リーヤ、様」

「んー?」

「は、はなして、ください」

「ええー」

「リーヤ様、わたし、妻、います」

「……ん?」

「リーヤ様、とても魅力的。でも困る。妻、裏切れない、です」

「おいおいおいちょっと待て! 俺そんな気ないぞ!」

「?」

慌ててジアから距離をとり、自分は無害ですと両手をあげてアピールをする。ベッドに押し倒して抱きついていた俺に説得力はないかもしれないが、断じてそんな気はないのだ。

「いいかジア、よく聞いてくれ。俺はジアに、そんな気はまったく持っていない! だから何もしない!」

「……ない?」

「そう、ない。俺好きな人いるし。だいたい俺はそんな危険人物じゃない」

まさかそんな誤解をされるとは思っていなかった。必死にジェスチャーしながら伝えるとなんとかわかってくれたらしいジアは、あからさまにほっとした顔をして俺に頭をさげた。

「かんちがい、ごめんなさい」

「いやいや、いいけどさ。そんな手が早いと思われてたのがショックだよ……」

ジアにとって俺はどんな存在になのかがすごく気になる。気に入った奴はすぐに手込めにするような酷い野郎とかじゃないだろうな。

「でもそっか、ジアには奥さんがいるのかー。見てみたいなぁ」

「でも、会えません」

「会えない? どうして?」

「……」

ジアは俺の質問に塞ぎ込んだ表情で黙ってしまう。もしかして余計なことを訊いてしまったのだろうか。

「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいよ」

「……ごめんなさい」

結局、その後ジアは悲しそうに笑うだけで彼の奥さんにいったい何があったのかはわからずじまいだった。奴隷の処遇については何も知らないが、彼の様子から察するに酷いものなのだろう。ミシェル様に諭されて一度は諦めたが、やはりエトアールという名の奴隷制度のことは、気にかかって仕方なかった。













「……こんにちは、アリス」

『こんにちは、リーヤ様』

ジアがいなくなった後、俺は1人人工知能のアリスに初めて自ら話しかけた。本当に答えてくれるか少々不安だったが、声をかけるとあの心地のよい声で普通に返事をしてくれた。

「エトアールについて聞かせてくれないか」

『エトアールの何を知りたいのですか』

「何でもかまわないよ」

『わかりました。エトアールとは、ディーブルーランドで働く、植民地となった国の労働者を指します。彼らには我が国から仕事が振り分けられ、現在約1万人のエトアールがディーブルーランドに存在します』

「奴隷とは違うの?」

『違います。彼らには衣食住が我々から提供され、怪我、病気にかかった場合、治療を受けることもできます』

「うーん…」

やはりアリスはDBの人工知能なだけあって、DBの不利になるような言い方はしない。確かに待遇もそれほど悪いものではないのかもしれない。彼女の話がすべて本当ならば、だが。

「国がエトアール達に仕事を与えるんだろ? 拒否権はあるのか?」

『……拒否権はありません。彼らは敗戦国の人間で、尚且つ我々に反抗を示した者達ですから』

「だったら、エトアールはその労働に見合った賃金を与えられていると、アリスは思う?」

『平均的な我が国の人間、組織などに収められる金銭から算定すると妥当とはいえません。しかし彼らは負けた側の人間です』

「だから、仕方ないってこと?」

『はい』

「そっかぁ…」

やはり機械とはいえど、高性能な彼女は嘘はつかないらしい。恐らくDBに都合のいいことばかり言わせていると話す内容に矛盾が出てきて、完璧なシステムとはいえなくなるからだろう。ということは、彼女の言葉にはある程度の信憑性があると考えて良い。

「アリスは、エトアールが自由になるにはどうすればいいと思う?」

『不適切な質問です。お答えできません』

「……そうきたか」

エトアールについては、彼女からは有力な話を聞けそうにない。というか実際、問題なく彼らを解放する方法がないのだろう。先進国が奴隷を抱えているということを問題視しているのは、きっとここでは少数派なのだから。

「ありがとう、アリス。また訊きたいことができたら呼んでもいいかな」

『もちろんです。いつでもお呼び下さい、リーヤ様』

「助かるよ。疲れたから今日はもう寝る。おやすみ、アリス……ってこれは別れの挨拶とは違うよな?」

『はい。私は今もあなたの側に』

「じゃあ、おやすみ」

『おやすみなさい、リーヤ様』

まるで人間のように会話のできるアリスに感心しつつ、俺は枕を抱えて目を閉じる。俺の名前を呼んでくれるところが好きだなぁと、機械相手に柄にもなくそんなことを考えていた。


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