先憂後楽ブルース
恐れているものは
やっと落ち着いてきた俺は、ずっとテオドールにすがりついていた自分が恥ずかしくなって、奴と距離をとるため無言でベッドのはじっこまで寄っていった。
「やっと泣き止んだか。女みたいにピーピーうるさい奴だ」
「ほっとけ!」
テオドールの腹の立つ物言いに、思わず奴を睨み付ける。奴はそれを鼻で笑ってあしらうと、その場で胡座をかいた。
「……というかお前、本当に経験なかったんだな」
「だから最初からそう言ってんじゃん。人の話聞けよ」
しかし俺本人もまさかあんなに拒絶反応が出るとは思っていなかった。もちろん、初めてだからという理由で取り乱したのではないのだが。
「でも、あんなに恐がっていたのは初めてだからではないだろう。襲われた経験でもあるみたいな反応だったぞ」
「…!」
テオドールは怖いくらいに察しがいい。痛いところをつかれた。人の一番ついて欲しくないところを狙ってくる。
「相手は誰だ? まさかあの王子に無理矢理犯されそうになったのか」
「そんなわけないだろ!」
「ならば誰だ。アウトサイダーに手を出す勇気のある奴などそうそういないだろうに」
「………」
「弟か」
「なっ…!」
もしかしてこいつは本当に人の心が読めるのではないだろうか。肯定しているも同然な俺の驚愕の表情にテオドールは薄く笑う。
「これは驚いた。図星か」
「何で…」
「何でも何も、お前が自分で言ったんだろう。弟にもう会えないと」
確かに、無意識のうちにそんなことを言ったかもしれない。でもまさかそれでバレてしまうなんて。こいつ、思ったより頭がいいんじゃないのか。
「お前の弟も確かアウトサイダーだったな。そして王子の瓜二つの外見をしていて、最近までまったく同じ格好をしていたそうじゃないか」
「どうしてそんなことまで知ってるんだよ」
「周りがおしえてくるんだ。俺は別にどうでもいいんだがな」
本当に興味がなさそうな口調でそう言うと、テオドールはそのままベッドに横になった。
「しかし弟に襲われるなんざ、お前も退屈しない人生だ。俺は毎日つまらなくて死にそうだというのに」
「何だよそれ。こっちは真剣に悩んでんだからな」
「悩む? 何を悩むというんだ」
「そりゃ悩むだろ! これから弟にどうやって接すりゃいいんだよ。どんなに平静を装ったって、このままじゃ俺が拒絶してることがバレる」
「別にいいじゃないか。拒絶してやれば」
「は、あ?」
テオドールの突き放すような発言に思わず絶句してしまう。他人からしてみれば確かにそんなものかもしれないが、俺には死活問題なのだ。俺は弟が好きで、それなのに弟を許すことができない。いや、自分では許しているつもりでも、身体が拒絶してしまう。
「俺は嫌なんだよ。弟を避けたりするのも、弟に避けられるのも」
「そんなものはお前の勝手な都合だ。いくら弟とはいえ、相手がお前を兄としてみていない以上、元の関係には戻れない。弟はお前を求め、お前を弟を拒否した。体裁だけ取り繕おうとしても、それは変えようのない事実だ。兄として弟には相応の罰を与えてしかるべきだと思うがな」
「ば、罰…?」
「拒絶など生ぬるいことをせず、殴ってやればいい。そうすればお前のトラウマも鬱憤もはれるだろうよ」
「……」
もちろんテオドールの話をすんなりと受け入れることなどできなかったが、俺が真剣に悩んでいたことを軽い口調で一笑に付され拍子抜けしてしまった。罰、というと聞こえは悪いが、リーザを一発殴るぐらいの権利は確かに俺にもあるだろう。すでにダヴィットが代理でやってしまったみたいだが。
「お前が何を恐れているのかはわからないが、経験者が語っているのだから間違いない」
「えっ、殴ったことあるのか?」
「阿呆。殴られる方に決まっているだろう」
「殴っ…!? 王様相手に!?」
「貴族の女は一様にプライドが高くて敵わん。自分が一番じゃないと気がすまないのさ。もう二度と、手は出さないと決めている」
真剣な眼差しで断言するテオドールに、殴られたのが1、2回などではないことを理解する。ということは、いつもテオドールの相手をしている美女達は、本当に遊ぶだけの割りきった関係の人たちってことなのか。
「貴族とかに関わらず、誰でも好きな人にとって自分が一番でないと嫌なんだと思うけどな。お前もさっさと相手決めればちょっとは落ち着いて、仕事をする気にもなるかもしれないし。さっさと誰か捕まえて結婚すれば?」
「……どうしてお前は俺にそこまで公務をさせたがる」
「お前こそどうしてそこまで嫌がるんだよ。遊んでばっかじゃ逆に退屈だろ。ちょっとは仕事しろって」
「……」
そう言った時のテオドールの表情は複雑そうで、なぜか俺から顔を背けてしまう。その時、彼のすぐ横にあるデカい枕の下に何か光る物が見え、俺はほとんど無意識にそれを引っ張りだしていた。
「悪いが、俺はそういった面倒なことはごめんなんだ。女と遊んでいれば退屈などしないしな」
「……にしては、毎日楽しんで生きているわけじゃないみたいだけど?」
ようやくこちらを見たテオドールに俺は枕の下から取り出した物をちらつかせる。俺の手に短剣が握られているのを見て、テオドールは目を見開いた。
「お前それ…っ」
「こんなものを枕の下に仕込むのが、王族の常識なのか? 俺にはお前の方が、何かを怖がっているようにしか見えない」
「……」
枕元にこんな物騒なものを仕込むなんて、おちおち眠っていられないだろうに。しかもこの誰もが口を揃えて安全だという城の中で、何か事情があるとしか思えない。俺の探るような目付きに、テオドールはようやく重い口を開いた。
「……どうやら、俺はラネルの標的になっているらしい」
「ラネルって確か…」
ラネルは、正当に裁くことのできない貴族に対して法の代わりに罰を与える断罪者だ。そういえばレイチェル様の母、ミシェル様がテオドールがラネルに殺されるかもしれないと口にしていたが、まさかそれが現実になっているなんて。
「だったら、生活を改めればいい話だろ。仕事しろ仕事」
「それはできない」
「どうして?」
「したくないからだ。政なんてくだらない」
「おーいおいおい……」
命を危険に晒してでも仕事をしないなんて、お前は究極のニートか。しかも何かよっぽどの理由があるのかと思いきや、ただ単にしたくないときたもんだ。もはや呆れて言葉も出ない。
「仕事はしたくないが、殺されるのはごめんだ。なんとかラネルの手から逃れる方法を考えているが、あまりいい策が浮かばない」
「義務を怠って権利を行使することはできないんだぞ。お前が税金を使って好き勝手やれるのは、国のトップとしての責務を果たしてからだろ」
「……。お前意外と真面目なことも言うんだな」
「あんたは俺を何だと思ってるんだよ。さっきからずっと真面目だっつうの」
それに今の言葉は、俺の現状にに当てはまることだ。だからこそ、俺は目の前のこの男に仕事をさせようと躍起になっているのだから。
「ならばお前も責務を果たせ。もうすぐ、アウトサイダーのお披露目会がある。そこでせいぜい貴族達の晒し者になるんだな」
「え、ちょっと待って何それ。聞いてないんだけど」
お披露目って一体何なんだ。まさか大勢の人の前で何か話したりするんじゃないだろうな。
「それってあんたも出るの?」
「まあな」
仕事は放棄するくせにそういうのには出るのか。だが俺にとってこいつはいた方がいいのか、いない方がいいのかいまいち判断がつかない。
「もうすぐアリソンあたりから話が来るだろう。お前を盲信している奴等もたくさんいるからな。せいぜい期待を裏切らないようにしろよ」
「……」
テオドールの楽しそうな声とは対照的に気持ちはどんどん沈んでいく。俺はDBで生活を始めて以来の最大のピンチに陥っていた。
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