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先憂後楽ブルース
アリスと一緒




『こんにちは、リーヤ様』

「うっわ!」

突然頭の中に響いた女性の声に、俺はその場で飛び上がった。しかし辺りを見回しても声の主はどこにもいない。

「な、なに今の! いま誰かしゃべりましたよね!?」

「いいえ、私達には聞こえていません。アリスはリーヤ様に話しかけたのですから」

「……!?」

「言ったじゃない。アリスはここのセキュリティシステムだって。城内にいる限り、私達は否応なしにアリスの支配下に置かれてるんだよ」

「じゃあ、今の声は」

「発信源はリーヤ君の足元、っていったら正しいかな。アリスの声は問いかけた本人にしか聞こえないようになってるから。ただし足が地面についてないと、アリスとは話せないけど」

「す、すげー……!」

それってすごく未来っぽい! と柄にもなくはしゃいでしまった。こっちの世界に来てすぐ体験した感動の数々を今さらながらに思い出す。

「アリスって、話しかけたら何でも答えてくれるの? どんな質問でも?」

「基本的なことはね。ただ皆が使ってるのは、場内にいる誰かの居場所を特定するためだけだよ。といっても誰の場所でもわかるわけじゃないけれど」

「どういうこと?」

「私達は使用人から貴族、王族の中でもとっても細かく階級分けされてるの。自分より立場の上の人間の居場所はわからない。メイドは私の場所はわからないし、私は弟とリーヤ君の場所はわからないってこと」

「えっ、俺?」

その階級分けに自分も加えられているとは思わなかった俺はきょとんとするばかり。というかまさかフランカ様以上の立場があったとは。

「誰の居場所もわかるのは、最高ランクのテオドールとリーヤ君だけ。次が私。その後にレイチェル達が入るって感じかな。こうして階級があがるごとにわかる人数が増えるってわけ」

「へぇ…、でもそれじゃ下になれば下になるほどプライバシーがなくなるってことですよね」

「それは確かに。でもアリスから逃れる方法もあるんだよ。アリスにさよならって言ってみて」

「え」

「ほら、はやく。good byでもさようならでもいいから、言ってみてよ」

「さ、さようならアリス?」

『さようなら、リーヤ様』

「うっわ」

アリスに話しかけられるのは二度目なのに初めてのように驚いてしまった。いったい何が起こるのかと周りをきょろきょろ警戒したが特に変化はない。

「これでリーヤ君はアリスの目の届かない場所にいることになる。誰にも居場所を知られずにすむよ。またアリスと繋がるにはさっきみたいに挨拶すれば大丈夫」

「す、すごいな…。でも、ということはもしかして俺は今までずっとアリスと一緒にいて、居場所が特定し放題だったってことですか?」

「そうだよ。でもリーヤ君のことがわかるのはテオだけだけどね」

ああ、だからテオドールは俺がどこにいるのかわかったのか、とダヴィットと電話中に邪魔された時のことを思い出す。そんなアリスとかいう便利なものがあるなら早くおしえてくれたら良かったのに。そしたらあんなに必死になってテオドールを探す必要もなかった。

「ただし、気を付けなきゃいけないことがあってね、三時間以内にアリスのもとに戻らなきゃこの城にいないってことになって、アリスを管轄してる部署に連絡がいくんだよ。それがリーヤ君だったりテオだったりしたら、軍が動くかもね」

「ええ!?」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと三時間たつ前には警告がでるから。耳鳴りみたいな音が響くから、強制的にアリスを呼ぶしかなくなるよ。それができないってことは緊急事態ってこと。他にも登録のない人間、つまり侵入者がいるとすぐにアリスにわかるようになっているってわけ」

「ああ、なるほど…、だからあんなにみんな無防備なのね……」

護衛はテオドールにしかついていないし、フランカ様もレイチェル様もこの城の警備に絶対的自信があるみたいだった。だが、そうならそうとほんとに早く言って欲しかった。

「でも、アリスの存在は国外の人間には秘密なの」

「えっ、何でですか?」

「真似されたくないから。簡単に盗める技術でもないんだけどね。ほんとはこちら側としてはリーヤ君にも内緒にしたかったんだけど、バレたからにはここにずっといてもらうしかないかな〜」

「うぇえっ」

「冗談ですよ、リーヤ様。もう、お姉様ったら」

レイチェル様はそう言って朗らかに笑っていたがフランカ様は全然冗談の顔をしていない。それともまたそうやって俺をからかって遊んでいるだけなのか。

「というわけだからリーヤ君、アリスのことはダヴィットとか他の日本人に話しちゃ駄目だよ。わかった? あなたとってもおしゃべりそうだから、フランカさん心配だなぁ」

「だ、大丈夫です。任せて下さい」

しゃべったらとんでもないことになる。そう確信した俺は素早く頷く。フランカ様には逆らってはいけない、そのことを改めて実感させられた。











そしてその日の夜、俺はまたしてもテオドールの部屋に来ていた。この時間にはいないことが多かったのだが、入り口にアドニスさんが立っていてテオドールが中にいることがわかったので、とりあえず入ってみようという気になったのだ。

「こんばんは、アドニスさん。中に入ってもいいですか?」

「……」

「ありがとうございます」

アドニスさんはかなりの間の後、俺に一礼をしてドアを静かに開けてくれた。けれど中に入ろうとした瞬間、彼は俺の腕を掴んで歩みを止めた。

「アドニスさん…?」

「……」

「あの、入っちゃ駄目なんですか?」

恐る恐る訊ねると彼はゆっくりと手を離し、黙って俺を見つめていた。それ以上何かを言う様子もないしドアも開けてくれたので、許可はしてくれたのだろうと踏んで俺は再び歩みを進める。まったく考えが読めない人だが、最後の視線は何かを訴えようとしていたようで妙に気になった。

薄暗くだだっ広い部屋を奥へと進むと、テオドールがベッドに横たわっていた。まだ就寝時間には早すぎると思うのだが、もしかしてもう寝てしまったのだろうか。だとすれば起こすのはさすがに悪い気がする。

こっそりテオドールの顔を除き込むと彼はやはり目を閉じて眠っていた。だからアドニスさんは一瞬、俺が入るのを止めたのだろうか。仕方ない、やはり明日出直そう。

「……やっぱり、綺麗な顔してるよなぁ……」

黙って目を閉じていればまるで作り物みたいなフランカ様の面影を残した美しい顔だ。ダヴィットの顔は素直に羨ましいと思ったが、目の前の男の面は完璧すぎて見るたび気が滅入りそうだ。

「……人の顔を褒めるのは結構だが、勝手に入ってくるとはどういう了見だ」

「うわっ」

突然テオドールの目が開き、声をかけられた俺は驚きのあまり後ずさる。まさか、ずっと起きていたのか。

「寝たふりなんかするなよなぁ。マジでビビったんじゃんか」

「お前のせいで起こされたんだ。まったく、人の気も知らないで」

「?」

起こしてしまったのは申し訳ないが、俺は物音一つたてずに近づいたつもりだった。意外と神経質なのだろうか。

「俺、テオドールに頼みがあって来たんだ。今度の主要会議に出てくれないかと思って」

「は?」

「そこに出席することが政治に関わる第一歩だって聞いたんだ。とにかく、最初はいてくれるだけでもいいから出席してくれよ。なんなら、俺も出るからさ」

「……お前、さっきから何を言ってるんだ」

「だから、この前説明しただろ。お前が王様としての仕事をしてくれるまで諦めないって」

「……」

テオドールは深く深くため息をつくと、気だるそうに起き上がる。そして腰に当てていた俺の手首を乱暴に掴み、ベッドに引き倒した。

「え、何…っ」

「そんなことより、もっと楽しいことがあるだろう」

訳もわからずテオドールを見上げる俺に奴は不敵な笑みを見せる。綺麗だとかそんなことを思うより先に、自分の本能が危険を察知していた。

「まさかこんな脱がせやすい服を着て男の寝室に侵入しておいて、何もないなんて思ってないよな?」

「へ」

テオドールの思わぬ発言に固まる俺。この後何が起こるかわかっていれば、俺はこの時点で死ぬ気で逃げ出していたことだろう。


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