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先憂後楽ブルース
平和な未来?


くしゃくしゃの前髪の隙間から見えるエクトルの瞳は灰色で、そこだけが日本人とかけ離れていた。

その濃い灰色のせいで彼の目は虚ろに見えたのかもしれない。だが今その瞳はキラキラと輝き、俺を見ている。

「東京タワーって言ったんだけど…」

俺が答えるとエクトルは立ち上がり、ゆっくりこちらへ近づいてきた。俺は思わず後ずさる。

「名前、なんだっけ」

突然そう訊かれ、俺は訳が分からないまま口を開いた。

「…リーヤ」

答えたと同時に、エクトルが俺の両手を包み込むように握りしめる。

「なっ…何!?」

「リーヤ」

「え?」

エクトルは嬉しそうに俺の両手を首あたりまで持ってきて、さらに体を近づけた。


「リーヤは、アレが『東京タワー』だって、わかるの?」





……はい?




「そりゃあ、まぁ」

俺が答えながら苦笑いすると、エクトルは興奮気味にやっと俺の手を離す。

「それはすごい! あぁリーヤ、こっちに座って。俺と話をしよう!」

エクトルは机に立て掛けていた折りたたみ式の小さなイスを渡してくれた。

「…ありがとう」

さっきまでとまるで扱いが違う。一体どういうことだ。

「まさかこんな近くに同志がいたなんて」

「同志?」

うん、とエクトルが無邪気に頷く。


「俺も、21世紀が大好きなんだ」




………………は?




イスに座り口を開けたままの俺に、エクトルは東京タワーの写真を渡した。

「俺、ちょっと前に21世紀万博に行ったんだよ! それはその時買ったもので、『東京タワー』の生の写真なんだ!」

エクトルは何かに取り付かれたようにペラペラしゃべっている。俺にはまだ、意味がよくわからない。
無反応な俺が気に入らなかったのか、エクトルは眉をひそめた。

「これ、すっごく貴重なんだよ?『東京タワー』は、もう何百年も前に取り壊されてるし…」

その言葉に、俺はここに来た時のことを思い出した。

「でも俺、今日東京タワー見たけど」

「え!? ……それ、もしかしてレッド・タワーのこと言ってないか?」

「レッド・タワー?」

「周りが木に囲まれた、赤い塔」

「あー…うん」



そういやみかんの木に囲まれてたっけ。

「あれは『東京タワー』じゃないって。形はちょっと似てるけど。あの塔は『レッド・タワー』。王族の城だよ」


ふーん、王族の城ねぇー、へぇー………って


城!?
王族の!?



かなりツッコみたかったがエクトルにこの話を続ける気はなかったようで、彼は自分の机を乱暴にさぐっていた。部屋がさらに汚くなる。

「あったあった…、これこれ」

そう言ってエクトルが俺に見せたのは額縁に入った千円札、五千円札、一万円札。

「これが21世紀のお金、ってやつ! まだこうやって形がちゃんとあったんだ」

エクトルはその額縁をうっとりと眺めていた。



そうか、やっとわかった。

21世紀にもいたよなー、やたら昭和のテレビとかポスターとか、集めてるヤツ。……まぁダチにはいなかったけど、レトロブームなんてのもあったし。
それの25世紀版ってわけだ。


「もしタイムマシンが発明されたら、俺は絶対21世紀に行くよ。リーヤもそうだよな?」

「もちろん」

そんなものがあるなら絶対俺が一番に乗ってやる。俺にはその権利があるはずだ。なんたって、21世紀から来たんだから。

「エクトルは、21世紀のどこが好き?」

なんとなく、興味をそそられて訊いてみた。
だって俺には25世紀も21世紀も、あんまり変わらないように見えたからだ。
バイクは空を飛ぶけれど、掃除は自分でやるし、食事は自分で作る。正直、想像していた未来とは全然違っていた。



「21世紀は…」



エクトルの表情がなぜか暗くなる。この部屋の空気が、だんだん冷たくなっていく。予想もしなかったことに、俺はうろたえた。




「21世紀は、とても平和だったんだ……」


「え?」



どういう意味だ?



「あの時代は、武力のあるヤツがのさばっていたわけじゃない。…意味のない争いを、繰り返していたわけじゃない」



エクトルの悲しみに揺れる灰色の瞳。
涙こそ溢れていなかったけれど、見ているこっちはとてもつらい。



どうして、そんなを顔する?
この未来のどこに、争いがあるっていうんだ。






「俺は、あの平和な世界を、生きてみたいんだよ」






なぁ、おしえてくれ、エクトル。



この未来は、平和じゃないのか?


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