先憂後楽ブルース
ストーカー宣言
次の日からも俺はテオドールを説得しようと動ける範囲内で城内をあちこち駆けずりまわったが、やはり広すぎる城の中から彼を見つけるのは至難の技だった。王様に命令されてここにいるはずなのに、本人にまったく会えないとはどういうことだ。ここ最近はフランカ様やレイチェル様とも会えず、暇を持て余していた俺の唯一の楽しみはダヴィットと話すことだ。人の携帯電話なので四六時中通話するわけにもいかないが、結構遠慮なしに1日3回はかけている。
その日も、庭園の誰もいないテラスで電話を耳に押し付け、俺はダヴィットとの会話を楽しんでいた。
『そちらの様子はどうだ。DBで嫌な目にあっていないか』
ダヴィットは何回電話しても毎回これを訊ねてくる。どれだけ心配性なんだと思わないでもなかったが、気遣ってくれるのは嬉しかった。
「こっちは大丈夫だよ。ダヴィットこそ、俺を迎えに来ようとなんてしてないだろうな」
『今のところはまだ、計画しかしていない』
「計画すんな!」
さらりと暴露するダヴィットにヒヤヒヤさせられる。声がまさに真剣そのものでこいつなら本当にやらかしてしまいそうで怖い。
「王様は俺に興味ないし、今すぐにアウトサイダーが悪用される心配はないと思う。むしろダヴィットの方が怖いよ」
『そうは言っても、私はお前に早く会いたいし触りたいんだ。お前は違うのか?』
「こ、こっぱずかしいこと言うなよなぁ」
ダヴィットには羞恥という感情がないのだろうか。俺は彼の一言一言に恥ずかしすぎて耐えられないというのに。
『安心しろ。とりあえずまだ、お前を迎えにいきたいと考えている、という段階だ。今はな』
「……俺はダヴィットが血迷う前に帰れるよう努力するよ」
『無理はするなよ』
「わかってるって! とりあえず今はいったん切るからな。また夜に電話する」
『ああ。夜までお前の声が聞けないなんて寂しいが、我慢しよう。愛してるぞ、リーヤ』
「はいはい」
『おい、ここは俺も愛してると私に返すところだろう。お前は寂しくないのか』
……最近色々あって忘れていたが、ダヴィットって実はちょっとかなりウザい。俺が好意を示してからさらに酷くなっている気がする。
『リーヤ』
「……言わなくてもわかってるだろ。俺だってお前が好きだし、ずっと、一緒にいたいよ」
『うむ、保存した』
その満足げな言葉を最後にダヴィットとの通話は切れてしまう。つか『保存した』って何だよ。言わないとへそ曲げて面倒くさいことになるから言ってるだけだっつーの!
「はぁ……柄じゃないこと言わせんなよなぁ。自分がキモいっての」
「確かに今のお前達は砂を吐く程甘かったぞ。テレフォンセックスでも始めたらどうしようかと思った」
「そんなのやるわけないだろ! 何を馬鹿なこ、と…」
ちょっと待て。俺、いま誰としゃべってるんだ。
「うぇええ! 何!? 何で!?」
「やかましい。わめくな」
俺の真後ろに立っていたのは、俺がずっと探していても見つからなかったあの職務怠慢男、テオドール陛下だった。寡黙すぎて存在感のない護衛、アドニスも一緒にいる。あんなに会いたくても会えなかったのに、最悪のタイミングで現れてくれる。そして相変わらず日本語はペラペラ。
「ああもう、いるならいるって言ってくれよ。マジでびっくりした」
「電話中に話しかけるなんて、そんなマナー違反はできない。俺は常識的な男だからな」
王族って奴はどうしてこうも偉そうで鼻持ちならない奴ばかりなのだろうか。俺は王を敬うことも忘れてつっけんどんに話続けた。
「言っとくけど、俺は別にいつもあんな感じじゃないんだからな。普通だから、普通」
「あんな感じとは?」
「だから、その、いちゃいちゃしてるというか…あー」
駄目だ、この話はもうよそう。この男に見られたということも忘れよう。
「だがアウトサイダー、俺に聞かれるのが恥ずかしいなど今さらだろう」
「?」
「お前達の会話など盗聴されているに決まってる。会話はすべてDBに筒抜けだ」
「ええ!?」
「知らなかったのか? この城から日本へ電波を飛ばしていて気づかれないはずがない。お前がアウトサイダーでなければ強制的に止められていたはずだ」
「う、う、嘘だろ…」
ということはつまり、俺とダヴィットのあんな会話やこんな言葉も記録され聞かれていたということなのか。ダヴィットが好きで好きで仕方ないと言わされた時も、ダヴィットに会いたくてもう死にそうと言わされた時も、全部DBの連中に聞かれていたということか!?
「…………消えたい。ここから今すぐに」
「どうせ今さらだと思うがな」
涼しい顔をしてそんなことを呟くテオドールを睨み付ける。盗聴のことをおしえてくれたこいつに感謝するべきなのか恨むべきなのか、今一つ判然としない。
「というか、あんたは何でここに?」
「お前が俺に会いたがっているとアネが言うものだから、わざわざ出向いてやったんだ。感謝しろ」
「えっ、じゃあ俺に会いに来てくれたわけ」
「仕方なくな」
フランカ様がそんなことを言ってくれていたとは、またしても彼女に感謝だ。物言いこそ他人を馬鹿にした感じだが、関われば関わるほどフランカ様は普通にいい人だった。テオドールもテオドールで、わざわざ俺に会いに来てくれるなんて超意外だ。(実は彼はフランカ様の言うことには逆らえず命令されて嫌々来ていたのだが、この時の俺はそんなこと知るよしもなかった。)
「じゃあ、どうして俺がここにいるってわかったんだ」
「アリスに聞いた」
「アリスって誰だよ」
「アリスは、常に私の側にいる女だ。おそらく一生な」
「? あんたの恋人か何かか?そいつが何で俺の場所知ってるんだよ」
「お前は知らなくていいことだ」
なにやら意味深な言い方をして口元に微笑を浮かべるテオドール。今の表情は少しだけフランカ様に似ていた。
「恋人がいるなら、さっさとその人と結婚して身を固めろよ。じゃなきゃ無理やり俺と結婚させられるかもしれないんだぞ」
「お前と結婚? それは傑作だな」
冗談でもなんでもないというのに、最高のジョークを聞いたみたいにけらけらと笑う陛下。そんな奴を見ていると俺はだんだん不安になってきた。
「念のために訊くけど、あんた、俺と結婚する気は甚だないんだよな?」
「結婚か。お前が泣いて懇願するなら考えてやってもいい」
「しねーよ」
こいつの言葉はどこからどこまで本気なのかわからない。とりあえず四六時中ひっついているアリスという恋人とやらがいるのなら血迷うこともないだろうが。
「はっきり言って、俺は結婚相手なんか誰でもいいんだ。アネ以上に美しい顔面の女はいないし、中身はもっとどうだっていい。どうせどれも大差ないんだからな」
「……あっそ。あんたも十分シスコンってわけね」
シスコン、というとテオドールは心底嫌そうな顔をして俺を睨み付けた。そして俺の顎を乱暴に掴むと無理やり顔を上げさせた。
「お前、さっきから俺のことをあんたとか、王様に対する礼儀がなってないんじゃないのか。改めろ」
「仕方ないだろ。俺のこと散々馬鹿にしやがって、敬えって方が無理な話なんだよ」
「馬鹿に? いつの話だ」
こいつ、前回俺にしたこと忘れたのか。いや、もう忘れたなら忘れたでいいや。一生思い出してもらわない方がいい。
「ていうか、あんたの部屋ってどこにあるの。いつも寝てるとこ」
「俺の部屋なら、前にお前を連れ込んだ娯楽室の隣だが。なんだ、夜這いでもする気か」
「誰がするかアホ」
つか前回のことちゃんと覚えてんじゃねえか。あれは俺の男のプライドを酷く傷つけたんだぞ。
むっとした俺は今までの恨み辛みを込めて、奴を睨み付けながら声高らかに宣言してやった。
「俺には大切な野望があるんだ。あんたを立派な王様にするって野望がな。覚悟しろよ。俺のいうこと、ちゃんと聞いてくれるまで毎日部屋におしかけて付きまとってやるからな!」
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