先憂後楽ブルース
telephone
「だったら、とりあえずオペレーターに繋いでみたら?」
「オペレーター?」
フランカ様は俺から携帯を取り上げるとボタンを押して、再び俺に返した。耳にあてると呼び出し音が聞こえてくる。
「今から繋がる人に国と名前を言ったら、世界中どこにでも繋げてくれるよ」
「おお、そりゃすごい」
俺がそう言うと同時に、すぐさま電話の向こうから無機質な女の人の声が聞こえてきた。
『こちら、オペレーターです。ご自身の出身、お名前と接続して欲しい方のご住所、氏名をお願いします』
「あの…アウトサイダーの垣ノ内リーヤといいます。日本のレッドタワーに住むダヴィット・ジェフ・オリオールをよろしくお願いします」
『承りました。しばらくお待ち下さい』
結構すごい奴からすごい奴への通話だが、相手は特に気にすることもなく冷静に対応してくる。もしかすると本当に機械なのかもしれない。
『お待たせいたしました。ただいまおかけ中の番号はセキュリティレベルが基準値を超えた接続不可番号となっております。直通での通話はお繋ぎいたしかねますので、日本大使館情報操作室にお繋ぎいたします』
「えっ、あ、はい」
内心どこだそれと思ったが、やめてくださいと言うわけにもいかず、ただ繋がるのを大人しく待つ俺。しばらくして、今度は人間らしい男の人の声がした。
『お待たせいたしました、アウトサイダー様。日本大使館、情報操作室通信部門のカルロと申します。お初にお目にかかります』
「は、初めまして。垣ノ内リーヤと申します」
『ダヴィット殿下にお繋ぎするにあたり、ただ今あなた様の声紋を解析しております。まことに申し訳ありませんが、しばらくそのままでお待ち下さい』
「あ、はい」
どうやら俺は知らないうちに声紋とやらを日本側にとられていたらしい。確かに垣ノ内リーヤだと名乗ったところで誰でもダヴィットと話せるわけではないだろう。
『大変お待たせいたしました。照合の結果、あなた様が正真正銘のアウトサイダー様であることが証明されました。数々のご無礼をお許し下さい。ただいまダヴィット殿下にお取りつぎいたします』
「は、はい! ありがとうございます!」
ダヴィットと話せるならいくらでも待ちます! と俺は浮き足だった返事をした。もうすぐダヴィットの声が聞ける、と思ったら逸る心を抑えきれそうになかった。
「…………」
……まだかな。
あまりに遅いダヴィットにそわそわする俺を、フランカ様は訝しそうに見ていた。そして放置されているのではと不安になった頃、ようやく受話器の向こうに動きがあった。
『……リーヤか?』
「ダヴィット! 俺だよ!」
『お前、どうして…』
「フランカ様に電話をかしてもらったんだ。ダヴィット久しぶり」
実質的にはそれほど久しぶりでもないのだが、もうかなり長い間会っていないような気がする。声を聞くだけで懐かしい気持ちが込み上げてきた。
「電話越しだけど、話せて嬉しいよ」
『私もだ。お前から連絡がきたと聞いた時はびっくりしたぞ』
「いや、俺もまさか電話できるとは思わなかった」
『毎日かけてこい。無理なら私から連絡する』
「うん! それで、ダヴィットの方は大丈夫なのか?」
『DBのお姫様方が帰られたからな。とりあえず危機は去ったと言ってもいいだろう。リーザの身代わりもやめてもらった』
リーザ、ときいて俺の中の何かが疼いた。大好きだった弟の名前は、今では聞くたびに色々なことを考えてしまうようになってしまった。
「……リーザどうしてる? ちゃんとまだそっちにいる?」
『ああ、お前が帰るまではいるだろうな。大丈夫だ、アウトサイダーとして丁重にもてなしている。かなり塞ぎ込んでいたが、私が慰めてやったらだいぶ落ち着いた』
「慰めた!? ダヴィットが?」
そんな光景まったく想像できないのだが。しかし二人が仲良くなったのならばこれほど喜ばしいこともない。弟にダヴィットのことを認めてもらうのが一番の解決策なのだから。
『なに、少し殴り飛ばしてやっただけだ。礼には及ばん』
「はあ!? 何してんだよ人の弟に!」
『言っておくが先に手を出してきたのは向こうだぞ』
「い、一体何があったんだ……」
まさかあの弟がダヴィットと殴りあいの喧嘩? しかも弟から手を出して、なんて嫌な予感しかしない。
『言うまでもなく、リーザは私がお前と付き合っていることが気にくわないのだ。それを止めるために何でもしそうな勢いだったので、釘をさしてやっただけのこと』
ははっとダヴィットは軽い調子で笑っているが、もしかすると物凄いことを弟にされたのてはないか。だとすれば兄として申し訳ないことこの上ないのだが、こんな場所にいては弟に真偽の程も確かめられない。
『とりあえず、リーヤには早く私達を見分けられるようになって欲しいものだな。そうすれば少しは私の心労も減る』
「……?」
『それはともかくとして、お前の方はどうなんだ。声を聞く限りでは元気そうだが』
「まぁ、とりあえずはね。こっちの王様は俺にまったく興味ないし」
あいつが実権を握ったら俺なんてすぐ帰れそうなぐらい無関心だ。それはまあ、こっちにとっては好都合なわけだが。
「後は、レイチェル様達しか話し相手がいなくて寂しいぐらいかな。みんな英語だし」
『なんだ、そんなもの。今日から毎日私と話せばいい』
「……」
受話器の向こうから聞こえる優しい声に、俺は思わず泣いてしまいそうになった。そしてそれと同時に、自分でも気づかないうちにここまで弱っていたのかと驚いた。
「……俺、ダヴィットに会いたい」
『私もだ、リーヤ』
「リーザに会いたい。クロエにもジーンにも、みんなに会いたい」
『……そこは恋人の名前だけ言っておくべきだぞ、リーヤ』
「こ、恋人」
『ああ、婚約者の間違いだったな。すまない』
「……っ」
電話越しにもダヴィットが笑ったことがわかり、俺はどうにもいたたまれなくなる。両思いになった途端離ればなれになったものだから、接し方がよくわからない。
「…ていうか、俺の弟のこともそうだけど、ローレンは大丈夫なのか」
『……あいつは、ある意味ではリーザより塞ぎ込んでいた。帰ってきてすぐに父上とかなり長いこと話をしていたが、今では自分のしたことを深く反省している様だ』
「ダヴィットと話した?」
『……それは、まだだ』
「話さなきや駄目だって。ローレンに言いたいこととか、聞きたいことあるんじゃないの」
『わかってはいるんだが、なかなか……』
「俺も、帰ったらちゃんと弟と話すよ。あいつが顔あわせたくないって言っても、無理矢理にでも引っ張りだす」
『……わかった、私もリーザに認めてもらえるよう努力する。だからリーヤ、早く帰ってこい』
「……」
『そこにいるのはお前の意思ではないはずだ。国のことや私のことは気にせず、お前はただ帰りたいと言えばいい。私は、お前に会いたい』
ダヴィットの誘惑に、ホームシックになっていた俺はもう少しで負けてしまいそうだった。だが自分の今の立場を思い出し、邪念を振り払った。
「俺も、ダヴィットがいないと駄目だ。というか1人じゃ何もできない。それは嫌って程わかってる。でも俺は、こっちでやらなきゃいけないことができたんだ。そこからどうしても逃げたくない」
『やらなければならないこと?』
「それが終わったら、必ず帰るよ。だからダヴィット、俺を迎えに来たりしたら絶対に駄目だ。約束して欲しい」
『できない。今だって我慢の限界なんだぞ』
「そんなの俺だって同じ……」
そう口にした瞬間、にやにやと笑うフランカ様と目があってしまう。からかわれてる、と思ったら顔が真っ赤になった。
『リーヤ?』
「と、とにかく、また連絡するから。今はいったん切るよ」
これ以上フランカ様の前でダヴィットと話すのはいたたまれないものがある。またフランカ様に頼めば電話をかけさせてもらえるだろうし、醜態をさらさないうちに切ってしまおう。
『ならば今度からは今から言う番号にかけろ。私に直接繋がる』
「わかった」
俺はダヴィットから聞いた番号を記憶にとどめ、またすぐにかけるからとろくに話せぬまま切ってしまった。そんな俺を見てフランカ様は愉快そうに笑いだした。
「そんなに早くさよならして良かったの? リーヤ君。もっと話していても良かったのに」
「……ま、また電話かして欲しいです」
そしてその時はフランカ様抜きでダヴィットと話したい。いや、ダヴィットだけじゃなくリーザや他の人とも、たくさん話したいことがある。
「いいよ。もうそれ、かしといてあげる」
「え!? いや、それはさすがに……」
「いいのいいの、私他に持ってるから。それにその端末はいらない人用のだし。あ、誰かからかかってきても出ちゃ駄目だよ。私も基本出ないようにしてるから」
「……ありがとうございます」
気にしないで、と微笑むフランカ様に今までの彼女のイメージが変わっていく。いらない人用の携帯を持っているのは彼女らしいが、それを俺のために貸してくれるなんて。優しいフランカ様の善意に、俺は心の底から感謝していた。
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