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先憂後楽ブルース
見落とし、見逃し





「フランカ様、まったく気付きませんで」

アリソンさんはすぐさま表情を引っ込めると、軽やかな動作でフランカ様に頭を下げた。彼同様、俺も彼女に声をかけられるまでまったく気づかなかった。

「ふふ、アリソンとリーヤ君。珍しい組み合わせね。二人で何をしていたの?」

「私の方から彼に話しかけていたのですよ。アウトサイダーと話せる機会などなかなかありませんから」

「へぇ、そうなんだ。でも」

フランカ様の腕が俺の首に絡まり身体を密着させられる。いきなりのスキンシップに俺は心臓が止まるかと思った。

「あんまり、アウトサイダーを一人占めしちゃダメなんだよアリソン。“コレ”はあなたのモノじゃないんだから。でしょう?」

彼女の香水の甘い香りと体温に、俺はどうしていいかわからずカッチカチに固まってしまう。

「仰るとおり。ここはレディーファーストということで、フランカ様に譲りましょう。では」

アリソンさんは俺達に向かって素早く一礼をすると足音もなく去っていく。彼が出ていってようやくフランカ様が俺を解放してくれた。

「ふぅ。アリソンったら、本当にアウトサイダー大好き人間なんだから。男って怖いわー。野蛮だわー」

「フランカ様、なぜここに……」

「んー? リーヤ君が退屈しているかなと思って、散歩のついでに寄ってみたんだ。そしたらリーヤ君、アリソンにいじめられてるんだもん。ほんと、油断も隙もないよねー」

フランカ様にそういうつもりがあったかどうかはわからないが、結果的に彼女が来て俺は助かった。あれ以上彼と話していたら余計なことを口走ってしまいそうだった。

「……アリソンさんは、俺とテオドールを婚約させるつもりなんでしょうか」

もしそうだとすれば、俺は何としてでも阻止しなければならない。婚約なんかしてしまえば日本にも自分のいた世界にも帰れなくなる。

「そうだね……もしかするとアリソンは、かなり分不相応なことを考えているのかもしれない」

「え?」

「あの男には気を付けた方がいいよ、リーヤ君」

真顔で意味深なことをいうフランカ様に俺の顔がひきつる。俺とテオドールを結婚させる以上に最悪なことがあるというのか。

「どういう意味ですか」

「さあね。私も深くは考えてない」

クスクスと笑いながらふらふらと歩いていってしまうフランカ様。やはり今ひとつ何を考えているのかわからない人だ。

「ま、待って下さい。俺、フランカ様に訊きたいことがあるんです」

「あら、なあに」

「テオドール陛下が今どこにいらっしゃるか、フランカ様は知っていますか」

「テオ? なぜ?」

「彼に、話さなければならないことがあるんです」

「ええ、何? 何? やだ、まさかダヴィットからテオに乗り換える気? きゃー、リーヤ君たら浮気者」

「違います! 乗り換えるなんてとんでもない! 俺はダヴィットが……」

「ダヴィットが?」

「その……すき…ですから……」

「ひゅ〜!」

「茶化さないで下さい!」

慣れないことを言ってしまい俺の顔は自分でもわかるくらい真っ赤だ。フランカ様はその上品な顔に不似合いなくらい悪そうな笑みを浮かべている。俺で遊んで楽しんでいる証拠だ。

「うふふ、冗談よ冗談。レイチェルから聞いてるもの。リーヤ君、テオを改心させて王としての自覚を持たせようとしてるんだよねー」

「……知ってるんなら、からかわないで下さいよ」

「ごめん、ごめん。でも、テオの説得は無理だと思うな」

「なぜですか?」

「私も説得したことあるけど、まったく駄目だったから。やる気ないんだよ、あの子。まあそういう子供っぽいところもカワイイんだけど」

そこから弟のカワイイところを延々と話続けるブラコン爆発のフランカ様。しかし、実の姉が説得しても駄目だなんて、赤の他人の俺には100年かかっても不可能ではないのか。今さらだがなんだか安請け合いしすぎてしまった気がする。

「リーヤ君も、テオと一緒にいたらそのうちダヴィットなんかどうでもよくなるくらい惚れちゃうよ。そして結局そのまま結婚、とか?」

「あり得ません。だいたい、俺がどうのというよりテオドール陛下の方が俺と結婚なんてごめんでしょう。あいつ……陛下は女遊びが激しくていらっしゃるみたいですから」

「うーん確かに、それはリーヤ君の言うとおり。でも忘れてない? DBは一夫多妻制なんだよ。子供を産めないリーヤ君が正妻になるなら、テオは堂々と他の色んな女に手を出せる。そういう意味でのメリットあるから、リーヤ君と仮面夫婦になるのにそれほど異存はないと思うな」

「……………マジで?」

「マジで」

微笑むフランカ様の言葉に絶句する俺。結婚とかマジやべぇとか思ってはいたものの、そんなのテオドールの方がお断りだろうから大丈夫と高を括っていたのだ。もし向こうが了承なんかしたら俺はそれを拒否できるのだろうか。いや、拒否はできるがその場合日本はどうなる。なんだかだんだんと俺がここに来たことは間違いだったような気がしてきた。

「ど、ど、どうしよう……もしそんなことになったら」

「あくまでそういう可能性もあるって話だから、そう構えなくてもいいんだけどね」

「ああああ、俺はどうすりゃいいんだよぉお…!」

「だからー可能性の話だってば。リーヤ君聞いてるー?」

まだ来てもいない未来への不安に泣きそうになる俺。もしこのままずっとここに閉じ込められて、家族にもみんなにも会えなくなったらと思うとぞっとする。

「……みんなに会いたい。リーザとダヴィットに、会いたい」

今何よりも心配なのがその二人だ。リーザは自暴自棄にならないか心配だし、ダヴィットは今も命を狙われているのだろうか。そして何よりあの二人を一緒にしておくのが不安でもある。

「そんなに寂しいんなら、電話でもしたら?」

「えっ」

「だから、電話。私の端末、貸してあげるから」

「……それ、そんな、そんなことしていいんですか?」

「いいんじゃなーい? というか、リーヤ君アウトサイダーだから、止められる人いないし」

「あ……そうか」

今の今までまったく考えも及ばなかったが、俺は行動自由の権利をもったアウトサイダーなのだ。つまり“彼”との取引で何も指示されてない以上、電話はし放題。むしろなぜ今まで気がつかなかったのかと自分の馬鹿さに呆れてしまう。

「はい、どうぞ」

「わあ、ありがとうございます」

「これ、ここね。このボタンで番号押せば繋がるから」

フランカ様が差し出した携帯電話のようなものを頭を下げながら恭しく受けとる。そしてダヴィットの声を少しでも早く聞くために急いで電話をかけようとして……手を止めた。

「? どうしたの、リーヤ君」

「…………俺、番号わかんない」

「あ」


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