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先憂後楽ブルース
セルフエフィカシー



そうと決まれば、まずはテオドール陛下ともっと親しくならなければならない。そして陛下を説得して、なんとか真面目に仕事をしてもらうようにする。俺にはかなり不可能に近い使命かもしれないが、やれるだけのことはやってみるしかない。

「ありがとうございます、ミシェル様。ミシェル様と話せて本当に良かったです」

自分がしてきた間違いをようやく自覚できた俺は、ミシェル様に頭を下げ礼を言った。いま俺がやっていることが間違っているとわかっただけでも、とりあえず進歩といえるだろう。

「リーヤ様にそう言っていただけるなんて嬉しいです。これからも、レイチェルと仲良くしてやってくださいね」

「はい。それに給仕の人達にも、もっと友好的に接するようにします。特にジアとは…」

「ジア?」

「リーヤ様の世話係りのエトアールのことです」

きょとんとするミシェル様にレイチェル様が説明する。しかしエトアールとはいったい何なのだろう。先程フランカ様もジアのことをそんな風に言っていた気がするが。

「リーヤ様、エトアールというのは我がディーブルーランドの奴隷のことです」

「えっ、奴隷!?」

レイチェル様から聞かされた慣れない言葉に俺は驚愕する。奴隷などという非人道的なことは遥か昔、もしくは遠い世界のことばかりだと思っていた。

「ど、奴隷がいるの? この国に?」

「はい。許しがたいことではありますが、先進国では珍しいことではありません。エトアールというのは、奴隷という言葉を体よくを言い換えたものなのです」

「……」

ジアが奴隷だったなんて、まったくそんなこと気づかなかった。姿形も俺よりもずっと身奇麗にしていたし、彼に奴隷といった雰囲気も印象もまったくない。

「DBは、あなたに何かあった時、責任をとりたくなかったのです。確かジアという男は生まれついての奴隷ではなく、植民地となった国から強制的にここへ連れてこられた元は一般人。リーヤ様の世話係りに命じられた彼は、最早エトアールではなくもう少し上の階級が与えられていますが、リーヤ様がいなくなればまた元のエトアールに逆戻りでしょう」

「……俺に何かあった時の責任?」

ミシェル様の言葉に引っ掛かりを覚え、俺は首を傾げる。彼女の言葉をそのまま飲み込むなら、ジアは責任をとらされれために俺の世話係りを任されているということだ。

「リーヤ様に何かあれば、まず付き人の責任が問われますから。あなたに怪我をさせたなんてことになれば首を切られる可能性もあります」

「く、首!?」

俺に怪我させたぐらいで、首!? そんな残酷な事実、できることなら知りたくなかった。

「それに、リーヤ様に嫌われでもすればおしまいですからね。誰もアウトサイダーには付きたがりません。その結果、エトアールから教養のある人間を引っ張ってくることに」

「そ、そうだったんですか……」

改めて自分という存在の厄介さに気がつき絶句する。つまり今現在の俺は幸運をもたらす存在などではなく、ただの疫病神ということだ。

「でも、奴隷だなんて。そんな制度すぐに廃止にするべきです」

もしかすると、俺のアウトサイダーという立場でなんとかできるかもしれない。いや、俺がしなくてはならないことは、まさにそれなのではないだろうか。

「いいえ、リーヤ様。残念ですがそれは不可能です」

「えっ?」

ミシェル様にあっさりと否定され、思わずまごついてしまう。彼女は神妙な顔をして俺を諭すかのように話し始めた。

「奴隷制度を廃止などという発想が出てくるのはリーヤ様がそういう教育をうけていたからで、我が国では奴隷、すなわちエトアールが存在することが普通のことだと思っている人が大多数です。その人達全員の思想を覆すのは、いくらアウトサイダーのリーヤ様でも……諦めていただくしかありません」

「でも、それじゃいつまでたっても変わらないのでは? 少しずつでも…」

「長い年月をかければそれも可能かもしれませんが、少なくともリーヤ様がここにいられる間だけはまず不可能でしょう。リーヤ様がここに骨を埋める決意をされているのであればまた別ですが。それに、今のリーヤ様の立場から考えると、あまり派手に動かない方がよろしいかと思います」

「……」

ミシェル様の言葉に俺は何一つ言い返すことができない。彼女の言うことは正論で、俺のはただの空想だ。現実味がまるでない。俺が奴隷制度廃止を宣言すれば、DBはそれに従うしかないのかもしれないが、皺寄せがくるのは俺以外の人間だ。それではただの自己満足の我が儘になってしまう。

「……確かに、ミシェル様のいう通りですね。すみません、余所者が考えなしなことを言ってしまって」

「いいえ、いいえリーヤ様。リーヤ様の仰っていることは間違いではありません。エトアールのことを真剣に考えてくださる方は本当に少ないんです。DBの人間の多くは自分の国のことしか注視しません。他国の情勢にも目を向けなければ、間違いには気づきにくい。リーヤ様のように彼らを気遣ってくださる方はそれだけで貴重なのです」

ミシェル様は俺にそう言ってくれたが、俺だって日本の教育がなければ奴隷なんていて当たり前という考え方をしていたかもしれない。いや、ほぼ間違いなくエトアールの存在に疑問など持たなかっただろう。今だって、俺が常識だと思っていることが、別の誰かから見ると非常識になることがたくさんあるのだろうから。

「レイチェルには、できるだけ広い視野を持っての教育をしてきたつもりですが、そもそも高等貴族の教育過程に道徳観を教えるプロセスなどありません。周囲に理解してもらうにはなかなか難しいでしょう」

でも、とミシェル様は話を続けた。

「テオドール陛下を懐柔できれば、それも可能かもしれませんね。リーヤ様がお一人で頑張るよりも、陛下一人を説得する方が効率的ですもの」

「……」

きょとんとする俺を見てにっこりと笑うミシェル様。自身を喪失していた俺の心を慰めるような、慈愛に満ちた笑顔だった。この瞬間、俺はようやく自分のなすべきことを見つけられたような気がした。










貴重な話をしてくださったミシェル様とレイチェル様に別れを告げ、俺は昼食の時間を見計らって自分の部屋へと戻った。いつもは部屋に戻らない俺を、ジアと料理長、そして数人の使用人が迎えてくれた。俺が姿を現したことに料理長達は驚いていたが、ジアだけは表情を変えなかった。

テーブルにつく俺の前に料理が並べられ、料理長が説明をしてくれる。改めて思うまでもなく、とても美味しそうだ。今まで食べなかったのがもったいないくらいに。

「アウトサイダー様、一口でもかまいません。どうか召し上がって下さい」

料理長が俺に深く深く頭を下げる。そんな態度をとらないでくれとやめさせたかったが、こんなことをさせているのは他ならぬ俺自身だ。何を言うよりも先に料理を口にした方がいいだろう。ふと、ジアがどんな顔をしているか気になって、彼の方に視線を送る。俺と目があった瞬間、彼の表情が強ばった。

「……ジア」

俺が名を呼ぶと彼は目を見開き、半歩後退する。そのただならぬ様子を見て、俺はようやく気がついた。

ジアは俺のことを怖がっていて、俺の機嫌を損ねることを恐れているのだ。別に愛想が悪いわけでも冷たいわけでもない。今まで彼の顔を真っ正面から見ることがなかったから気がつかなかったが、わかってしまえば簡単なことだ。それなのに俺ときたらあんな態度をとって、自分がジアの立場なら俺はとんでもない暴君に見えていただろう。

「……っ」

突然俺に腕を掴まれた彼は身体を強張らせたままこちらを凝視してくる。だが掴んだはいいものの何を言えばいいのか、何を言いたいのかもわからない。仕方なく、俺は黙って頭を下げた。

「……本当に、今まですみませんでした。これからは、残さず全部食べます。迷惑かけてしまって、ごめんなさい」

頭を下げる俺に料理長は暫くの間放心した後、しどろもどろになりながら恐縮し続ける。ジアは無言のまま、探るような目で俺を凝視し続けていた。昨日まで我が儘千万だった男が急に人が変わったように謝ってきたのだ。誰でも驚くだろうし、何か裏があるのかと勘ぐってしまう。……裏ならまぁ、ないとはいえないが。


今まで自分がしてきたことはもう取り消せない。これからの行動で、俺というアウトサイダーの名誉挽回を図るしかないのだ。俺は掴んでいたジアの腕を放し、「いただきます」と手をあわせて、出された料理に口をつけた。


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