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先憂後楽ブルース
アウトサイダーの奮闘




「ウィリアム、ブルース……」

もちろんそんな名前を聞くのは初めてだったが、どことなく他人という感じがしなかった。自分と同じアウトサイダーだからなのか、その男のことを知りたいという思いが強くなってくる。

「彼はリーヤ様と同じ異種誕アウトサイダーでしたが、元の世界では有名な学者だったようで当時のアウトサイダーにしては比較的優遇されていたようです。彼は国の管理のもと医者として働いていました。当時、治療法が確立されていない原因不明の病が世界的に流行っており、医者不足だったのも理由の1つだったようですが……」

「原因不明の病?」

「はい。初期症状はまるっきり風邪と同じなのですが、後に高熱、発疹、最悪の場合は死に至る恐ろしい病です。後につけられた正式な病名は青化発熱病。そしてこのウイルスに効く特効薬を開発し、治療法を提唱したのが彼、ウィリアム・ブルースでした」

「青化発熱病って……!」

その名前にはすぐにピンときた。俺がここに来た理由の1つでもある。以前、現代日本でも流行っていた病で、ここの皆の協力のもと治療法などの資料を俺が日本に持ち帰ることができたため、俺の世界ではすぐに沈静化することに成功した。まさかそれがアウトサイダーの手によるものだったなんて思いもしなかった。

「ブルース様は日頃からアウトサイダーの待遇について憂いていらっしゃったようです。自分が民を救えばきっと周りのアウトサイダーの見る目も変わる。そう信じ続けた結果、見事彼の思惑通りに事が進みました。それを境にアウトサイダーは不吉の象徴から幸福の兆しへと変化していったのです」

「……」

無論、彼の活躍だけではアウトサイダーがここまで崇められるようになどならなかっただろう。きっと、ウィリアム・ブルースに倣ってその後のアウトサイダー達も努力を続けていたのだ。次に来るアウトサイダーが、つらい思いをしないように。この破格の待遇は、先人のアウトサイダー達の努力の恩賞だ。

「……リーヤ様?」

突然、俯いたまま何も言わなくなった俺に心配そうな表情で声をかけてくるレイチェル様。ミシェル様も話を止めて怪訝な顔をしていたが、そのことを気にしている余裕はない。
俺はショックを受けていたのだ。自分がここにきてしてきた……否、やろうとしたことに対して。


ジアを含めたディーブルーランドの人達に随分な態度をとってしまった。ひとえに俺が嫌われたい、日本に帰りたいがためにだ。アウトサイダーがここまで来るのにどんなに努力したか知りもせず、アウトサイダーの評判を落としていたなんて。できることなら過去に戻ってDBへ来た初日からやりなおしたい。無論そんなことは不可能だし、俺がしてきたことがなかったことになどならないだろう。信頼を回復するのだけで難しいはずだ。

「ミシェル様」

「はい、リーヤ様」

「俺は……俺は何かやりたいです。この国のためになることを。俺には、何の力も知識もありませんが、それでもこのままここでただ生活させてもらうわけにはいかない」

アウトサイダーは綺麗な部屋に住み、毎日美味しいものを食べられる不自由のない暮らしを保証されている。だがもちろんそれも“ただ”ではないのだ。アウトサイダーは国に尽くし、国民に幸福をもたらす“義務”がある。実際に言葉通り実行できるかどうかはさておき、実行するための最大限の努力はしなければならない。責務を果たさなければ特別待遇をしてもらう資格はない。

……思えば、きっと俺の弟にはそれがちゃんとわかっていたのだろう。だからあんなにもダヴィットの身代わりであろうとしたのだ。いくら理不尽にこの世界に連れてこられたといっても、何もせずに生活を保証してもらおうなどとは思えなかった。兄としてはますます恥ずかしい限りだ。弟が当たり前にできたことを、今になって理解するなんて。


「ではリーヤ様、あなたに1つ頼みがあります」

ほぼ懇願ともいえる俺の申し出に、ミシェル様は真剣な顔つきで答えてくれた。どうやら本気で俺にして欲しいことがあるらしい。

「ここにいる間でかまいません。テオドール陛下を支えてやってくださいませんか」

「……え?」

「お願い致します、リーヤ様。あの子を助けてあげてください」

こんな何もできない子供に向かって頭を下げるミシェル様を俺はただ凝視するしかない。テオドール陛下を支えるっていったって、あいつは享楽に耽って自由に生きる王様だ。俺の助けなんか必要としてないだろうに。いや、それよりもミシェル様がなぜこんなにも必死なのかがわからない。まるでテオドール陛下に命の危険が迫っているみたいだ。

「一応お聞きしますが、ミシェル様はテオドール陛下とは血が繋がってないんですよね?」

「はい、ですが陛下はあの人の……夫の忘れ形見ですから」

夫、というのはもしかしなくともDBを侵略国家にしたという悪名高き前王のことだろうか。確か、散々他国を侵略した挙げ句、国内の人間に暗殺されたとのことだったか。

「あの人は間違いを犯しました。ああいうことになってしまったのも、仕方のないことだと思います。けれど私はこれから先ずっと、夫のことを嫌いにはなれないでしょう。テオドール陛下やフランカ様のことも、勝手ながら我が子同然に思っております」

俺の微妙な表情を察したのかミシェル様が穏やかに説明してくれる。確かに、この人は恨みとかそういった感情に程遠い気がする。

「……それに、このままではあの子はラネルに殺されてしまうかもしれない」

「ラネル?」

ラネルといえばDBの貴族を罰する暗殺者、だったか。先程の話にも出ていたが、ラネルっていったい何者なんだ。

「あの子って、テオドール陛下のことですか。彼がラネルに狙われるなんてどうしてわかるんです?」

「身勝手な貴族達をラネルは絶対に許しません。それが例え王族でも。現に私の夫もラネルの手にかかりました」

「ほ、本当に? どうしてラネルの仕業だとわかったんです?」

「城内で王を暗殺するなんて、ラネル以外の人間には不可能ですから」

「……」

ラネルの話を聞いた時から思っていたことだが、DBの人達は城の守りに自信がありすぎではないだろうか。ここには使用人も数多くいるのだから彼らに混じって誰かが城に進入するのもけして不可能ではないだろう。これまでの暗殺事件はすべてラネルがやったことになっているが、それぞれ犯人が違う可能性は高いと思う。あくまでラネルのことを何も知らない俺の素人意見としては、だが。
そしてまたミシェル様がさしてラネルを恨んでいないように見えるのが不思議だ。ラネルは本当に神からの使いなどと考えられていて、殺されるのも仕方ないということなのだろうか。

「……とにかく、ミシェル様は今の遊び暮らしているテオドール陛下に、きちんと責務をこなして欲しいんですよね」

「はい」

「でも、あいつ……あの陛下が俺のいうことを素直にきくとは思えないんですが」

先程のこともあり陛下をついアイツ呼ばわりしてしまう俺。しかし奴だってラネルの存在を知ってるだろうに、殺されるとか思わないのだろうか。

「リーヤ様はテオドール陛下と同等の立場にいらっしゃる。リーヤ様をおいて他に陛下に意見できる者などおりませんわ」

「まぁ、それは確かにそうかもしれませんが」

それにしたって俺があの王様を説得できるようになるとは思えない。俺に言われても近所のガキが何か喚いてるなぁ、ぐらいのものだろう。

「だいたい、しっかりと政をされていたって心配なのに。……あの玉座は、呪われているんだから」

「え?」

一人言のようなミシェル様の呟きは声が小さくて聞き取りづらかった。呪われている、と言っていた気がするがミシェル様の険しい表情を見ていると深く突っ込みづらい。

「もちろんリーヤ様がお嫌でしたら、無理強いはいたしません。毎日遊んで暮らしているあの子が悪いんですから」

「……」

物怖じする俺に気づいたのか、先程の表情とは打って変わって俺を安心させるような笑みを見せるミシェル様。やるやらない以前にできるのかが怪しいが、せっかくこうやって俺に役目を与えてくれているのだ。これを断る理由はない。俺は立ち上がりミシェル様に頭を下げた。

「いえ、ぜひやらせてください。俺にできるかどうかわかりませんが、できることはやってみたいと思います」


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あきゅろす。
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