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先憂後楽ブルース
運命を変えた男



レイチェル様と共に彼女の母に会いに行くこととなった俺は、城のはじっこにある別棟までやってきていた。ちなみにレイチェル様の母君も日本語が堪能らしい。というより、母親の影響でレイチェル様は日本語を勉強することにしたのだとか。

フランカ様は用事があるからと俺達と一緒には来なかったが、もしかしたら親のことでレイチェル様の母親に気をつかっているのかもしれない。フランカ様の母親はレイチェル様の母親から前王の正妻の座を奪ったと言われている。彼女としては顔をあわせづらいのかな、とちょっと邪推してみる俺。


「つきました、リーヤ様。ここが母の部屋です」

どうやらレイチェル様の母親はこの離れのような場所で暮らしているらしい。立派な建物だが、なぜこんな渡り廊下一本でしかいけないような場所に部屋があるのだろう。

俺が色んなことに気をとられているうちに扉をノックして英語で声をかけるレイチェル様。あまり待たずにパタパタと足音が聞こえて、扉がすっと開いた。中から顔を出したのは俺よりも少し上に見える若い女の人で、英語でレイチェル様に挨拶をする。そして俺の姿を見ると彼女はとても驚き、英語でなにやら騒いでいた。

「リーヤ様、彼女は侍女のジルベータ。私のお母様の身の回りの世話をしてくださっています」

メイドの格好をしたジルベータさんはレイチェル様から英語で説明を受け、一瞬きょとんとしてからまじまじと俺を見つめる。そして再び頭を垂れ流暢な日本語で挨拶をした。

「大変、失礼致しました。アウトサイダー様。お会いできて光栄でございます」

「あっ、日本語話せたんですね。アウトサイダーのリーヤ・垣ノ内と申します。こちらこそよろしくお願いします」

俺は彼女に負けじと深々頭を下げた。できれば彼女が上げてくれるまでずっと下げ続けるつもりだったが、彼女は俺が動くまで微動だにしなかったため仕方なく俺の方から頭を上げる。

「男性の友人、しかもアウトサイダー様が来られたと知ったら、ミシェル様はきっと喜ばれますわ。お二人共、こちらへどうぞ」

ジルベータさんに促され、俺とレイチェル様は部屋の奥へと進んでいく。ちらっと中の様子を観察すると、この部屋にはキッチンなどが取り付けてあり、ここだけで暮らせそうな雰囲気があった。

奥にあったドアをノックしてジルベータさんは声をかけてからそっと扉をあける。中から優しげな声が聞こえて、俺はレイチェル様の後に続いて部屋に入っていった。

「レイチェル」

「お母様!」

レイチェル様はベッドから腰をあげてにっこり微笑む優しげな女性に駆け寄り、その小さな身体にそっと抱きついた。赤毛とその穏やかな顔立ちと口調はまさしくレイチェル様の母親といった感じだ。

「今日も会いに来てくれて嬉しいわ。貴方を抱き締められるこの瞬間を、何より楽しみにしているのよ」

「私もです、お母様」

仲が良すぎる親子に圧倒されつつも俺は微笑ましい気持ちで二人を見ていた。病弱と聞いていたがレイチェル様の母は俺が想像していたよりもずっと元気そうで溌剌とした方だ。

「レイチェル、そちらの殿方は誰? 貴方が日本語を話しているということは、日本人なのかしら」

レイチェル様の母上が俺を興味津々に見つめてくる。やや緊張しながらも俺は彼女の側まで寄っていって挨拶をした。

「はじめまして、ミシェル様。アウトサイダーのリーヤ・垣ノ内といいます。レイチェル様とは友人として仲良くさせていただいております」

「……まあ、貴方があの。レイチェルから話は聞いています。写真で見るよりずっと格好のいい方ね。気がつかなかったわ」

写真で見たという彼女の言葉に、俺に対して興味を持ってくれていたのかと少し驚かされたが、アウトサイダーに詳しいらしいミシェル様なら当たり前だろうし、それ以上に格好いいと言われたことに俺は舞い上がってしまっていた。可愛らしいという褒め言葉なら今まで男女問わずいただいているが、格好いいだなんて。お世辞でも嬉しい。俺はすぐにミシェル様のことを好きになった。

「大方、娘が無理を言って連れてきたのでしょう。わざわざこんなところにまで来ていただいて。しかし私、これまで本物のアウトサイダーに会ったことがございませんので、すごく嬉しく思います。どうぞ、何もないところですが寛いでいってください」

ミシェル様に促され俺はジルベータさんがベッド際に用意してくれた椅子にレイチェル様と共に腰をおろす。ジルベータさんは軽く一礼すると、部屋から出ていってしまった。

「アウトサイダーに会えたことはもちろんだけど、レイチェルが男性を連れてきたことが嬉しいわ。この子ったら、いくつになっても男が苦手でどうしようかと思っていたんです」

「お、お母様。やめてください」

「いいじゃないのレイチェル。貴方が誰を好きになろうと私は応援するわ。ああでも、確かリーヤ様は日本に婚約者がいらっしゃるんですよね? なぜまたDBに?」

「いやそれが、やむにやまれぬ事情といいますか……」

彼女相手にどこまで話していいかわからず言葉を濁す俺。だがミシェル様はそんな俺の様子から察してくれたらしく、難しい表情で俺に同情するような視線を向けてきた。

「どうやらDBは、アウトサイダーを手に入れるために色々したようね。リーヤ様、貴方は日本に戻りたいですか?」

「え、えっと……」

それはもちろん、戻りたいに決まっている。だがそれをいま軽々しく口にしていいものなのだろうか。俺には行動自由の権利がある。つまり帰ろうと思えばすぐに帰れるわけで。でもだからといって…いや、だからこそ俺には望みを簡単に口にするわけにはいかないのではないだろうか。

「すみません、ですぎた質問でした。言い方を変えましょう。リーヤ様、貴方は日本にいる婚約者を愛していますか?」

「へ」

「どうなんですか? きっぱり答えてくださいな。本当のことを」

「そりゃもちろん、愛してるに決まって……」

そこまで言ってしまってから自分がかなり恥ずかしいことを口にしようとしていたか気づき、顔を赤らめながら押し黙る。それを見ていたミシェル様がにっこりと微笑んだ。

「どうやら私、レイチェルと同じように貴方が気に入ったようです。リーヤ様がここにいる間、できることは協力いたしましょう。そしてどうか、これからもレイチェルと仲良くしてやってください」

「えっ、あ、はい! こちらこそよろしくお願いします」

ご丁寧にまたしても頭を下げるミシェル様にすっかり恐縮してしまう俺。俺の何を気に入ってくださったのかはわからないが、彼女にたくさん訊きたいことがあった身としては助けてもらえそうでほっとした。

「……ミシェル様、いきなりですが俺は貴方にいくつか訊ねたいことがあるんです」

「私に?」

「はい。アウトサイダーのことについてです。ミシェル様がたいへんお詳しいと、レイチェル様から聞いたものですから」

アウトサイダーのことを知れば、俺が日本に帰る方法見つかるかもしれない。嫌われるように仕向けるなんてまどろっこしい真似はできたらやめたい。だいたいにして、俺は当事者のくせにアウトサイダーのことを知らなさすぎる。

「アウトサイダーの何についてお知りになりたいのですか」

「できれば、全般的に」

「……わかりました。ではまずアウトサイダーの歴史から。昔、アウトサイダーの扱いがかなり不当なものだったのはご存知でしょうか」

「剥製にされた、とかいう話は聞きましたが」

来たばかりの頃はそれにかなりビビっていたっけ。今でもその言葉を聞くだけでドキドキしてしまうが。

「いいえ、それはアウトサイダーの価値が認められてからの話です。“アウトサイダー”という名前からもわかる通り、彼らは最初、“部外者”、“余所者”というレッテルを貼られていました。災厄をもたらす存在、それがアウトサイダーだったのです」

「な……」

ミシェル様の話に俺は驚愕する。昔、扱いが悪かったことは知っていたがそこまで酷い待遇だったとは。いま必要以上にちやほやされているだけに簡単には信じられない。

「どうして、そんなことになったんですか? アウトサイダーがこの世界の人達に何かしたとでも?」

「いいえ。ただ、昔はいま以上に迷信深かった。アウトサイダーの存在は過去からの客人として大昔から知られていました。アウトサイダーの現れた年に地震や津波などの天災に見舞われると、それをすべてアウトサイダーのせいにしてしまったのです。そのせいで彼らはこの世界に現れたが最後、迫害され続けていました。祟られてしまうかもしれないという理由で暴力を受けたり殺されたりということはなかったそうですが、ほぼ軟禁状態で死ぬまで自由は奪われたのです」

「……」

言葉を失う俺を気遣うように彼女は俺の膝に手をのせる。そして俺を安心させるためなのかにっこりと微笑んだ。

「しかし、そんな理不尽な扱いをよしとせず、不当な待遇の彼らの立場を変えようとした男がいました。彼はウィリアム・ブルース。……アウトサイダーの運命を変えた男の名です」


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