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先憂後楽ブルース
エクトルと東京タワー


小市民、垣ノ内リーヤは果たして引きこもる少年の心を溶かし、見事学校に通わせることが出来るのか!


…って違う違う。



雑な字で「入るな」と書かれた紙が貼ってある部屋、すなわちエクトルの部屋の前に俺はシチュー片手に突っ立っていた。中からは物音ひとつしない。


…まぁ、シチュー渡して帰ればいいだけだよな。


コンコンッ


俺は深呼吸して恐る恐るドアをノックした。


………………………。


反応がない。もしかしてまだ寝てるのか?


このまま帰ってしまいたいが、シチュー持ったまま戻ってきた俺を見て、ゼゼが何て言うか。念のためさらに強くノックした。

「もーしもし、引きこもり中すみませ…じゃなくて…」

傷に塩塗ってどうする俺。

「ご飯だぞー、ゼゼが作ってくれたんだぞー、いないのかー?」

さらに強くドアを叩く。やっぱりいないのだろうかと思った時、唐突にドアが開き、思わずシチューを落としそうになった。

「…うるさいんだけど」

出て来た男は俺を見て一言そう呟く。

だったらさっさと出てこいよという言葉を飲み込んで、俺は出来るだけ愛想良く笑いシチューを見せた。

「これ、昼飯なんだ」

「いらない」

そう言い捨てドアを閉めようとするエクトル。俺は慌ててドアに足を挟んだ。

「何してるんだよ!」

エクトルはそう叫んで俺の足があるのにためらいもなくドアを閉めようとしてくる。
痛いっ、痛いって!

「しっ、しょーがねーだろっ。ゼゼに何が何でも渡してこいって、言われてんだからっ」

俺はシチューがこぼれないように気をつけながら強引に体を半分ほど滑り込ませた。

全力でドアを開けようとするが、向こうも全力でドアを閉めようとしてくる。両者一歩も引かない地味な攻防戦。だがエクトルは突然ドアから手を離し、あきらめたようにため息をついた。

「…ったく、しつこいな…わかったよ、シチューそこに置いといて」

エクトルは部屋の真ん中あたりにあるちゃぶ台のような机を指差す。俺は恐々彼の部屋に足を踏み入れた。

「お邪魔しまーす…」

エクトルの部屋はリビング以上にごちゃごちゃしていた。
山積みになった書類が大半で、それはベッドにまで広がっている。隅の方には小さい冷蔵庫らしきものがあり、壁には工具のようなものが吊されていた。部屋自体はけして狭くなどないのだが、モノが溢れかえり足の踏み場もない。

エクトルは机の上に置いてあるやたらデカいパソコンをじっと見たままだ。俺なんか興味もないってカンジ。

俺も俺でシチュー置いたらさっさと出ていこうと思っていたが、昨日のことを思い出し一言礼を言うことにした。

「…あのさ、昨日はありがとう」

「何が」

エクトルはパソコンのキーボードをカタカタと信じられない速さで打っている。もちろん俺は眼中にない。なんかだんだん腹立たしくなってきた。

「昨日、俺がここにいること、賛成してくれただろ?」

そのおかげで俺はここにいられるんだ。それを忘れちゃいけない。

「あぁ…あれ。別にアンタのためじゃないから」

たとえコイツがどんなに腹立たしくても、だ。

「じゃあ、どうして?」

俺は好奇心から訊いてみた。

さて、どうしてでしょう。なんて言いだしたら殴りとばしてやろうと思っていたが、エクトルはあっさり普通に答えた。

「だってアンタを同居させたら、兄ちゃんが困るだろ」

一瞬エクトルが笑った、というよりにやけた気がした。

兄ちゃんって、クロエのことだよな。


…ははぁ、そういうことか。


「クロエが嫌いなの?」

俺の質問にジーンがふん、と鼻を鳴らす。

「大嫌いだね」



…はーん、なるほど。

クロエはジーンに反抗したくて俺の同居に反対し、エクトルはクロエに反抗したくて俺の同居に賛成したってわけか。仲悪いなーコイツら。

「まぁ確かに…ジーンの弟とは思えないくらい、不親切ではあるけど」

ジーンはいい人なのになーと思っていると、エクトルは今度こそ確実に笑った。いや、にやけた。

「もしかして、アンタもジーンはいい人ーとか思っちゃってる?」

今ちょうど考えていたことを言われ俺はビクッとした。

「…どういう意味?」

エクトルはまだ俺を見ない。


「ジーンは、外面がいいから」


何気ない言い方だったが、なんとなく嫌な感じがした。
多分エクトルがジーンを名前で呼んだからだ。いくら嫌いでもクロエのことは、兄ちゃんって呼んだのに。
…まぁ血のつながりがないんだから、当然といえば当然なのかもしれないけど。

でも、仲悪いのに何で3人で暮らしてるんだろ。つうか親はどうしたんだ? 単純計算でこの3兄弟の親は4人、いるはずなのに。

エクトルに尋ねようとして、俺は言葉を飲み込んだ。



……全員そろって亡くなった、とかじゃないよな……?



うわー訊けない!


エクトルはといえば俺を完全無視という方法で、出ていけと無言でうったえていた。


しょうがない、ここはおとなしく退散しよう。


俺がドアに足を向けようとした時、エクトルの目の前に貼られていた少し大きめの写真に目がいった。


「……東京タワーだ…」


気づいたら無意識にそう呟いていた。

これを言うのはこの時代にきて2度目だ。
写真に写っているのは確かに東京タワー。…でも多分違うんだろなぁ。

ここはもう、東京とは呼ばれていないみたいだから。



だが、



「…今、何て?」



エクトルはこの部屋に入って初めて、俺を、俺だけを見ていた。


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