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先憂後楽ブルース
物騒なお茶会





そういうわけで、俺はフランカ様とレイチェル様と共に彼女らが用意してくれたお茶を共に飲むことになった。テラスで紅茶と焼き菓子を楽しむ二人の姿はまさに貴族といった感じだったが、レイチェル様が優しく接してくれるおかげで俺はあまり緊張せずに済んだ。フランカ様は相変わらず俺にはあまり興味ないらしく、レイチェル様の方ばかり見ている。


「そういえば、リーヤ君のところのエトアールは元気?」

「へっ」

しばらくたって、やっとフランカ様は俺に話しかけてくれたが、質問の意味がわからず答えることはできなかった。エトアールって、いったい誰だ?

「ほら、あなたのところのお世話係」

「ああ、ジアか。彼、エトアールって名字なんですか?」

「やだ、何それリーヤ君たら。おかしなこと言わないで。彼に名字なんかあるわけないじゃない」

「え?」

「お姉様! そんな言い方は……リーヤ様、気になさらないでくださいね」

「はぁ…」

フランカ様を窘めるかのように話を中断させるレイチェル様。腑に落ちないという顔をする俺に、彼女は『後で説明いたします』と耳打ちしてくれた。

「ところでリーヤ様、DBの生活にはもう慣れましたか?」

「えっ……」

さらっと話題を変えてくるレイチェル様に思わず言葉を濁す。慣れる努力をしていないばかりか嫌われるようなことしかしてない俺には罪悪感しかなかった。

「ええ、ここの人達はとても良くしてくれます。でもやっぱり言葉の壁が……俺が英語を話せたら良かったんですけど」

「あら、でもそれなら…」

「レイチェル」

今度はなぜかフランカ様が会話に割り込んでくる。そしてティーポットを片手ににっこり笑った。

「メイドに言って、お茶を取りかえてもらいなさい。すっかり冷めてしまっているから」

「えっ、はい。わかりました」

レイチェル様は一瞬戸惑ったものの、すぐに立ち上がりティーポットを手に近くにいたメイドの元へ向かう。今淹れたばかりのお茶が冷めてるわけがないと思うのだが、もしかして今のは故意だったのか。

「にしても、フランカ様達は日本語がとてもお上手ですよね。いつから勉強されてるんですか」

「生まれた時からよ。今も続けてるけど。私達は幼い頃から最低3ヵ国、話せるように教育されてるの」

「……すごい英才教育ですね」

「ちなみにお姉様とテオドール陛下は5ヵ国語が堪能なんですよ」

戻ってきたレイチェル様が自分の椅子に座りながら誇らしげにそう話してくれた。5ヵ国語、と聞いて俺は素直に感嘆してしまう。

「そういえばリーヤ君、私の弟にはもう会ったかな」

笑顔のフランカ様に訊ねられ、思わず顔を引きつらせる俺。フランカ様の弟には先程痛い目にあわされたばかりだ。俺はできるだけ平静を装って当たり障りない返事を心がけた。

「テオドール陛下ですか? お会いしましたよ」

「ふふ、すっっごく可愛いかったでしょ?」

「……フランカ様にとてもよく似ておられました」

「そうそう、私に似てすっごく可愛いの」

一種のナルシスト発言にどう返せばいいかためらっている横でレイチェル様はうんうんと頷いている。この辺りが国民性の違いというか、謙遜という言葉を知らないんじゃないかとさえ思えてくる。

「でもテオったら遊んでばっかで、ちーっとも私の相手してくれないんだなこれが。ほんと、つまんないんだから」

「まあまあ、お姉様。テオドール陛下は王なのですから。仕方ありませんよ」

「あら、あの子別に仕事なんかしてないよ。ただ遊んでるだけで」

「えっ、そうなんですか?」

驚く俺にフランカ様は足を組みかえ紅茶に口をつけながら頷いた。確かに出会ってまだ日は浅いが、今までの印象では享楽に耽っているイメージしかない。

「公務は全部、アリソン達に任せっきり。それならさっさと王様やめろって言ってるのに、まったく聞き耳持たないんだから」

「王様ってそんな簡単にやめられるんですか…」

「だってテオの下にはノアがいるもん。まだ小さいから政はできないけど、今のテオと状況は変わらないでしょ」

「ノア…?」

「ノアは私達の末弟なんです。私達の家系は女ばかりで、テオドール陛下とノアしか男児がいません」

レイチェル様の説明になるほどと頷く。つまり男しかDBの王様になれないということか。しかし女系一族ということは、レイチェル様達以外にも姫がいるということになる。……会ってみたいような、会いたくないような。

「テオって、あの通り顔だけはいいから国民の支持はまあまああるんだけどー、やっぱり王であるからにはそれなりの実力が必要なわけ。実際、側近共にはかなり不満持たれてるし、国民を騙せるのもそろそろ限界だからやめた方がいいって言ってあげてるのに、王様って称号がかっこいいからって理由で続けてるのよー。馬鹿でしょ」

「……」

「まあその馬鹿なところがまた可愛いんだけどねー」

馬鹿以前にそれは王としてどうなんだ。王子であるダヴィットもかなりの職権濫用だと思っていたが、仕事してるだけ立派だったということか。

「でも、もしかするとこのままじゃラネルに罰せられるかもね」

「お、お姉様! 縁起でもないことを仰らないでください」

「ラネル?」

またまた聞いたことのない名前に首を傾げる。それと同時に新しいティーポットが目の前に置かれたので、俺は嫌われる作戦も忘れて運んできてくれたメイドさんに頭を下げた。

「ラネルは、権力を振りかざし私利私欲のために国民のお金を使う貴族を罰するための、神の使いと呼ばれている存在なの。DBの貴族たちの間では知らぬ者はいないわ」

「神の使い?」

「そう。でも断罪者ラネルは確かに存在する。現に何人かの貴族達がラネルによって暗殺されてるからね。もちろん、殺されて当然の輩ばかりだけど」

にっこりと笑いながら冷たく言い捨てるフランカ様に少し怖いものを感じる。この国ではラネルという存在が支持されているということなのか。

「でも、ということはその暗殺された人達は誰かに恨まれている可能性が高いってことですよね。ラネルの名を語った人の仕業とは考えられないんですか?」

「それはないよ。城内に侵入者が紛れ込むなんて不可能だもん。守備が徹底しているからね」

そう自信たっぷりに宣言するフランカ様だが、俺は今一つ納得できなかった。城の中が安全である保障などないし、それに何も外部の犯行とは限らない。内部犯なら侵入する必要もないのだから、不可能ではないだろう。
しかし、よくよく考えてみるとこの城内で護衛がついているのは陛下だけで、俺はもちろんのこと目の前のお姫様にもボディーガードはいない。それほどまでに城の中は安全ということなのだろうか。しかしその自信はいったいどこから来ているのやら。

「でもこのままじゃ私、テオが心配で夜も眠れないわぁ。リーヤ君、あの子になんとか言ってあげてよ」

「ど、どうして俺が」

「え。だってリーヤ君、ダヴィット殿下からテオに鞍替えしたんでしょー。だからゆくゆくはテオと婚約するんじゃないの?」

「は!? だ、誰に聞いたんですかそんなデマ!」

「誰にっていうか、単なる噂だけど」

「な……」

なんてことだ。俺の知らないうちに世間ではそういうことになっていたのか。すぐにでも否定したいが、いったい誰に否定すればいいんだこれは。

「だって、アウトサイダーは王族と結婚するものじゃない。というか、違うならどうしてここにいるの?」

「お姉様、アウトサイダーというのは色々と微妙な立場に立たされているのですよ。ようやく最近になってアウトサイダーに関する法律が作られ、待遇もかなり改善されていますが、昔は酷いものでした」

「へぇえ。レイチェル物知りー。可愛いー」

「……レイチェル様、アウトサイダーに詳しいんですか?」

意外とアウトサイダーについての知識が豊富なレイチェル様に驚きつつ訊ねると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。どうやら会話の中心にいるのが苦手らしい。

「私ではなく、私のお母様が詳しいのです。リーヤ様がアウトサイダーとしてこの世界に来られてから、色々話してくださったので」

「お母様?」

レイチェル様の母といえば、確か病気で静養中だったはずだ。そのためフランカ様がレイチェル様の代わりにダヴィットと結婚までしようとした。

「……お母様のお身体の具合はどうですか?」

「良好です。最近はかなり調子がよくて……そうだリーヤ様、よろしければ今から私の母に会ってくださいませんか?」

「えっ、俺が? 今からですか?」

「はい。この後ちょうど母に会いに行くつもりだったんです。リーヤ様が来てくださったら、きっと喜びます」

いきなりの申し出に驚いたものの、もちろん断る理由なんてない。むしろ会ってアウトサイダーの話をたくさん聞きたいぐらいだ。俺は身を乗り出す形でレイチェル様に頭を下げた。

「俺もお話ししてみたいです。ぜひ、お願いします」


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