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先憂後楽ブルース
戯れと再会



俺の手をつかみ半ば無理やり引っ張っていくテオドール陛下。そしてその後ろを無表情で追ってくる寡黙な護衛。端から見るとかなり異様な3人組だ。にしても、もう1人の元気な方の護衛はどうしたのだろう。


「着いたぞ、アウトサイダー。入れ」

テオドール陛下は、とある部屋の前までくると立ち止まりドアを開けた。そこにポイと入れられた俺は、その部屋を見てぽかんとしてしまう。そこは何の変哲もない、キングサイズのベッドが置かれただけの、ただの部屋だったのだ。

「…あの、陛下」

「何だ」

「どう見ても寝室にしか見えないんですが、ここが娯楽室なんですか?」

まっとうな疑問を口にする俺を見下ろし、にやりと笑う陛下。そして羽織っていたローブを脱ぎ捨てたかと思うと、何故か一枚ずつ着ていた服を脱いでいく。

「な、何をしてるんですか!」

「何だアウトサイダー、そんなに慌てて。お前も脱いでいいぞ」

「はあ!?」

「アドニス、開けろ」

唖然とする俺を無視して護衛に命令する陛下。命じられたアドニスさんは無言で奥にあった室内のドアを開ける。その瞬間、俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。

「テオ!」

現れたのは下着みたいなドレスを纏った数人の美女達。彼女らは陛下の名を呼びながら、そのグラマラスな肉体を陛下に押し付けるようにして抱きついた。

「な……」

なんぞこれは、と唖然とする俺を尻目に陛下は美女達とベッドで寛ぎ始める。そしてその中の1人が俺の存在に気付き、こちらに駆け寄ってきた。

「うわっ! ちょ、放してくださいっ」

わらわらと俺に抱きつきベッドまで誘導しようとしてくる彼女達。しかし早口すぎる英語に何を言っているのかは理解できなかった。が、女性に免疫などない俺は胸があたっているだけで、顔が真っ赤になって慌てふためいてしまう。

「良かったな、アウトサイダー。こいつらお前のこと気に入ったみたいだぞ。可愛いってさ。好きな女を選んでいい。今だけ貸してやる。なんなら、夜まで」

「何を言って……っ」

開いた口がふさがらないとはこの事。とんでもないことを言い出す陛下に言い返そうと口を開くも、1人の金髪の女の人が俺の頬に唇を押し付けてきたものだからそれどころではなくなっていた。

「う、わあああ!」

「夜まで待てないっていうなら、このベッドを使え。それとも童貞君には指導が必要か?」

その瞬間、俺はやっと目の前の男に馬鹿にされていることに気がついた。テオドール陛下は俺が女には何もできないだろうとわかっていて、こんなことを言っているのだ。彼がどういうつもりなのかはわからないが、俺を嫌っているというよりは、軽んじているといった方が正しいだろう。アウトサイダーという存在を妄信しているわけではない彼には、こんな男を崇める意味がわからないのだ。
だからといって、俺には奴にこんな風に嘲笑われる謂れはない。本人はちょっとからかってやろう、ぐらいの軽い気持ちだったのかもしれないが、男としてのプライドを傷つけられて黙っているわけにはいかなかった。

「……ふざけるなよ、お前」

今から考えると、一国の王相手に命知らずな口のきき方をしたものだと思う。だが、この時は頭に血が昇っていたのだから仕方ない。

「いきなり何なんだよ! 人を無理やりこんな場所に引っ張ってきて、言うことがそれか! ちょっと顔がいいからって童貞馬鹿にすんな!」

「何だ、ということはやっぱりお前、童貞だったのか。当てずっぽうだったんだが」

しまった、怒りのあまりいらん事実まで教えてしまった。見栄はって経験済みということにすれば良かったか。しかしいったん口にしたことを取り消しはできない。

「俺には男に入れられたいなんて思う感性がまったく理解できないがな。女の味も知らないとは、同性愛者にはつくづく同情する」

陛下は隣にいた美女をごく自然に抱き寄せながら、憤慨している俺を一瞥した。さすが同性愛がごく普通の世界だけあって、その視線に差別的なものは感じられなかったが、不思議で仕方ないといった表情をしている。まあ俺の場合、別に男が好きだから童貞なんじゃなくて、ただ単に女性とそういう機会がなかったからなんですけどね。

「……娯楽、というのがこういうものなら、俺はもう失礼させていただきます」

慇懃無礼な態度で陛下に一礼した俺は、きょとんとする女性達と陛下に背を向けて部屋を出た。これ以上あの男と一緒にいると何か取り返しのつかないことを口走ってしまいそうで恐かったのだ。












テオドール陛下から逃げ出した俺は、その足でなんとか図書室にたどり着くことができた。部屋に帰ろうかとも思ったが、何かしている方が気が紛れていい。俺はまばらにいる人達の視線を感じながら、適当な分厚い画集を手に取り奥の席に座った。本当は小説に手を出したいのだが、英語でかかれているからさっぱりわからない。画集に飽きたら日本語訳された本でも探してみるつもりだ。

俺が本に目を通している間、当然ながら誰も俺に関わってこようとはしてこない。こちらも関わる気などないのだから別に構わないのだが、やはり寂しいものは寂しいのだ。日本にいる時はいつも誰かしらが構ってくれた。改めて自分の境遇がかなり恵まれたものだったと実感する。
ここでは世話係りは目もあわせてくれないし、周りは腫れ物扱いしてくるし、王様にいたっては俺を完全に虚仮にしている。要注意人物であるアリソン・ワイクが俺に一番優しいというのも悲しい話だ。いや、その優しさには裏があるであろうことはわかりきっているのだが。

1人でDBに残った俺は、ふと思う。ここに2年間も1人でいたローレンは、いったいどんな気持ちだったのだろう。ローレンにならすぐに友人ができてもおかしくないだろうが、ここは敵国で、ましてや終戦直後ともなればそう簡単に周囲の人間が信じられるはずもない。俺よりもずっと風当たりは強かったはずだ。ローレンの、兄と父を出し抜いてやりたいという思いは、復讐というよりもむしろ自分の悲しみをわかって欲しかったからこそのものなのかもしれない。

1人物思いに耽る俺に周りの視線が突き刺さる。前回来た時はほとんど誰もいなかったのだが、今回はわずかながらも人がいる。前回はたまたま空いている時間帯だったのだろう。どうせ本に集中できないなら部屋に戻った方がいいかもしれない。そう思った俺が本を戻そうと立ち上がった時、後ろにいた人に思いっきりぶつかってしまった。

「うわっ、すみません」

「いえ、こちらこそ……」

「あ」

そこにいたのは俺もよく知る人物。DBで唯一、好感を持って接することのてきる人だった。


「レイチェル様!」

「あら、その声はもしかして、リーヤ様ですか?」

視界がぼんやりとしか把握できないレイチェル様は、声で俺が誰か判別してしまった。それがまた嬉しくてもう少しで飛び付いてしまいそうだった。

「お久しぶりです、リーヤ様。こちらに来られていることは知っていたのですが、まさかこんな場所でお会いできるとは。こちらの生活には慣れましたか?」

「え、ええ。まあ」

「ちょっとレイチェル! あなた誰と話して……」

友に会えた喜びではしゃぐ俺達の間に女性の声で邪魔が入る。ずかずかとこちらにやってきたのは誰もが羨む美女、フランカ様だった。

「……あらあら。誰かと思ったら、そのとぼけたような顔はリーヤ君じゃない」

「お久しぶりです、フランカ様」

「久しぶりー」

フランカ様はレイチェル様を抱き締めながら俺にひらひらと手を振る。久々だからなのかフランカの美しい顔を直視することができない。

「リーヤ様、これから何かご予定はありますか?」

「いえ、特には……」

「でしたら、ご一緒にお茶でもいかがです? お姉様と私と」

「ええー、せっかくの二人きりのティータイムなのに、レイチェルったらこんな男呼んじゃうの?」

「いいじゃありませんか。お姉様だって、リーヤ様はお好きでしょう?」

「好きだけどー、オモチャは2つもいらないの」

オモチャ、というのは俺とレイチェル様のことなのだろうか。本人を前にしてオモチャ扱いとは。しかしレイチェル様はまったく気にさわった様子もなく朗らかに微笑んでいた。

「リーヤ様、お姉様のことは気になさらないで。ぜひ、ご一緒していただけいませんか?」

「よ、喜んで!」

暇をもて余していた俺はレイチェル様の提案に飛び付いた。DBにきて3日、やっとまともに会話ができる相手ができたのだ。それを思うと例え絶世の美女の前でもほっとした。


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あきゅろす。
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