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先憂後楽ブルース
彼奴の為にできること




「……お前達、もういいか?」

遠慮がちなテオドール陛下の声で、俺とダヴィットはようやく我にかえった。すっかり二人の世界に入っていた俺は周りのギャラリーの存在に気付き、いたたまれなくなった。

「挨拶が遅れて申し訳ありません、テオドール陛下」

羞恥で悶絶する俺とは違い、ダヴィットの立ち直りは早かった。すぐさまテオドール陛下に向かって深々と頭を下げ、その場に膝をつく。

「日本国の第一王子、ダヴィット・ジェフ・オリオールと申します。この度は突然の……」

「いい、いい。そんな堅っ苦しいもの。聞くのも面倒だ。お前のことなら知ってる。ここに何しに来たのかもな」

テオドール陛下はわずらわしそうにダヴィットを見ると、今度は俺に視線を移した。そして動揺する俺を見て、にっこりと笑う。

「だが残念ながら、アウトサイダーは日本に戻らない。彼はもはやディーブルーランドのものだ。そうだろ? リーヤ・垣ノ内」

「……」

ダヴィットが問いかけるように俺の目を覗き込む。俺はそれから逃げるように視線を反らし、口を開いた。

「……ダヴィット、俺はここにいなきゃならない。せっかく迎えに来てくれたのに、ごめん」

「何を言ってるリーヤ、お前は必ず連れて帰る」

「いいや、それは駄目だダヴィット。俺はここに残らなきゃならない。お前はローレンを連れて、早く日本に帰るんだ」

「なに?」

「ローレンは日本に帰ることになった。テオドール陛下がお許しくださったんだ。もうDBにいる必要はない」

「しかし、ローレンはお前のことを……」

ダヴィットは言い終わる前に口を閉ざし、何かを考え込むような仕草をする。どうしても誤解して欲しくなくて、俺はダヴィットの手をぐっと握った。

「ローレンは、ダヴィットを助けたくてやったことだ」

「……」

「ダヴィット、ローレンのこと……」

「リーヤ」

俺の言葉をダヴィットが遮る。そして俺の額に自分の額をあてた。

「すまない。すべては私のせいだ。私のせいで、ローレンにもお前にも苦しい思いをさせた。あやつとは、これから話し合わなければならない」

その真剣な表情を見て、ダヴィットは何もかもわかっているんだなと思った。ローレンはもうDBにいなくとも良いのだから、話し合う時間はこれからたくさんある。きっと二人の関係は好転していくはずだ。

「だが、私はお前を置いていけない。約束したからな」

「約束?」

「お前の弟、リーザとだ。リーザはお前がいなくなったのは自分のせいだと思っている。自分が行けばリーヤは帰ってこないからと、DBには来なかった」

「……」

ダヴィットの話からリーザが今どんな心持ちでいるのか容易に察せられた。あんな別れ方をしてしまって心配でたまらない。俺達にこそ話し合いが必要だ。


「……リーザに会いたい」

「会わせてやるとも。私と一緒に日本に帰ればいい。お前は何も考えなくていいんだ」

思わずもらした本音にダヴィットが優しく俺を諭し、思わずその誘惑にのってしまいたくなる。しかしテオドール陛下と取引をした以上、俺はここにとどまらなければならない。

「ごめん、ダヴィット。困らせるようなこと言って。俺は帰らない。ここにいなきゃ……いや、いたいんだ」

「日本に戻らないということは、もとの世界にも帰れないということだぞ。わかっているのか?」

「承知の上だ」

「リーヤ…っ」

なおも俺を説得しようとするダヴィットの口をそっと塞ぐ。これ以上聞けば心が折れてしまいそうだった。

「必ず、帰るから」

「……」

「だからダヴィット、それまで弟を頼む。リーザが心配でたまらないんだよ」

ダヴィットは何かを言いたそうな顔をしていたが、俺が目で訴えると黙って優しく抱き締めてくれた。

「…迎えに来る。今度は私がお前を助ける」

俺の耳元で囁いたダヴィットが離れていき、ゆっくりと振り返る。ダヴィットに目線を寄越されたハリエットとジローさんがすぐに駆け寄ってきた。

「カキノーチ!」

「うわっ」

思いっきり抱きついてきたハリエットの身体をなんとか支える。苦しいぐらいに締め付けられ、俺は彼女の身体を離そうと必死だった。

「ごめんなさい、カキノーチ。私、あなたにひどい態度をとったわ。あのまま別れることになったら、どうしようかと思っていたのよ」

やっと離れてくれたかと思ったら、彼女らしくないしおらしい言葉をかけてくる。気にしてないよ、と伝えるためにハリエットの頭を優しく撫でた。

「絶対になんとかするから、だから待ってて」

意思の強そうな目を俺に向け、誓いをたてるように俺の手をぎゅっと握り胸元まで持ち上げるハリエット。下手に返事ができない俺の事情をわかってくれているのか、ハリエットはそれ以上は何も言わず名残惜しそうに俺の手を放した。

「リーヤ様」

ハリエットに代わるように俺の名を呼んだのはジローさんだ。一歩下がったままの位置で彼は俺に深く頭を下げた。

「申し訳ありません。リーヤ様にご迷惑をかけてしまい、殿下の護衛としての私の不徳の致すところです」

「いや、別にジローさんのせいじゃ…頭を上げてください」

やけにかしこまった丁寧な言葉づかいで謝罪してくるジローさんに、こっちが申し訳なくなってしまう。けれどジローさんの顔を覗き込むと彼はすっかり涙目になっていた。

「ですが、僕がしっかり殿下を守っていれば、こんなことには…っ」

「俺が自分で勝手に決めたことです! ダヴィットとジローさんには関係ありません」

少し怒鳴るように言うと、ジローさんは黙り込み目を伏せる。そして小さく頭を下げた。

「殿下のためにしてくださったこと、けして忘れません。ありがとうございます、リーヤ様」

「……」

ジローさんの心からの感謝の気持ちに俺は胸がいっぱいになった。しかしダヴィットといい、ハリエット、ジローさんまでも俺がここに残る理由を察してくれているとは。彼らは俺のことを美化しすぎている気もする。

「話がまとまったんなら、そろそろ出ていって欲しいんだが。おい、誰かローレン殿下を呼んでこい」

俺達のやり取りを律儀に待っていてくれたテオドール陛下がそう言うと、背の高い護衛のアドニスがドアの近くにいた兵士に向かって大声で指示をする。俺達の周囲の兵士らもダヴィットを外へ誘導しようとしてきた。

「…離れがたいな」

ダヴィットは名残惜しそうに俺の指先から手を離す。そして自然な動作で顎に触れ顔を近づけてくる。キスされる、と身を堅くした俺の瞼から優しい感触が伝わってきた。

「……」

「日本に帰ったら、こんなものじゃすまないからな」

ダヴィットはそれを別れの言葉にして俺から離れようとしたが、俺はダヴィットの腕を掴み自分から唇を重ねる。あっけにとられるダヴィットに俺は精一杯の笑顔を見せた。

「ごめん、そんなに待てなかったよ」

「……っ」

照れているのか何なのか、ダヴィットの顔がみるみるうちに赤くなっていく。正直言ってやってるこっちが恥ずかしいのだが、今夜くらい素直になったっていいだろう。今まで冷たい態度をとってきた分、これからはうんと優しくしたい。

「ジ、ジロー。やっぱりリーヤは連れてかえるぞ」

「いけません、殿下っ。ここは我慢を」

俺の手をとり引っ張っていこうとするダヴィットをなんとかやめさせるジローさん。彼とDBの兵士達に半ば引きずられるようにしてダヴィットは俺から離れていった。

「おい、日本の王子様とやら」

ダヴィット達が出ていく寸前、玉座で肘をつきのんびり俺達を見ていたテオドール陛下が声をかける。皆の視線を集める中、ダヴィットに向かって冷たくいい放った。

「今回は特別に見逃してやるが、次、我が国に許可なく侵入した場合は宣戦布告と受けとる。戦争にしたくないなら、ここには二度と来ないことだな」

「なっ……」

「早く連れていけ。もう用のない客人だ」

ダヴィットは何か言いたげだったが、テオドール陛下が英語で指示すると、兵士達が問答無用でダヴィットらを外に出す。あっという間にドアが閉められ彼らの姿は見えなくなった。


「あいつ、もう一度来るかな。どう思う? アウトサイダー」

「……」

眉を顰める俺にテオドール陛下はにこにこと微笑む。その何かを企むような含み笑いはフランカ様そっくりで、口調は相変わらず浮薄で軽い。

「問題なんておこしてくれるなよ。お前がここで大人しくしていれば、俺もアリソンから小言をいわれずにすむんだからな」

迎えがなければ賭けるまでもなくここにいる羽目になるだろう。味方のいないこの場所で、俺はずっと一人だ。だがダヴィットをまたDBに来させるわけにはいかない。自分の力でこのDBから出る方法を考えなければ。
DBの、この王の好きになどさせない。
俺はテオドール陛下に悟られぬよう、胸中で一人そう誓ったのだった。

第6話 完

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