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先憂後楽ブルース
人生最高の日



伝令役の兵士が飛び出していった後、なぜか楽しそうなテオドール陛下、そして二人の護衛と共に俺は日本の侵入者とやらが来るのを待っていた。沈黙が気まずいことこの上ない。



「迎えに来たじゃないか」

「え?」

「お前のオトコ」

テオドール陛下は俺を見て薄笑いを浮かべている。その顔の造作は一瞬で人を惹き付けるものだったが、今の俺はそれどころではなかった。

「どうせ日本の王子と喧嘩でもしてたんだろう。今までの約束を反故にして、帰りたくなったんじゃないか?」

「……別にそんなんじゃないです」

俺がダヴィットのことをあんな風に言ったせいか、ここに来た理由について彼はかなり誤解しているようだ。帰りたいと思っているのは本当だが、日本にはどうしたって帰れない。俺が陛下に条件を突き付け彼がそれを受け入れた時点で、それは決定したのだ。テオドール陛下もそれがわかっているからこそ、あんな風に楽しそうなのかもしれない。後悔はしようもないが、これから先のことを考えると不安でしょうがなかった。

と次の瞬間、寡黙な方の護衛、アドニスが何かを呟き、テオドール陛下に囁いた。一瞬1人でしゃべりだしたのかとも思ったが、そうではなかったらしい。

「…どうやらご一行が到着したようだぞ。約束は忘れるなよ、アウトサイダー」

テオドール陛下がそう口にした途端、タイミングよく扉が開いた。護衛達が陛下を守るように前へと出る。振り向いた俺の目に入ったのは、衝撃的な光景だった。


「リーヤ!」

「……ダヴィット?」

俺に駆け寄ろうとしたダヴィットは、DBの兵士にすぐさま止められる。俺は目の前の光景が信じられす、唖然と立ち尽くしていた。もがくダヴィットを押さえつけようとしていた兵士達だったが、テオドール陛下が何か言うとゆっくりダヴィットから離れていく。邪魔がなくなったダヴィットはすぐさま俺にかけより、俺の身体を強く抱きしめた。

「リーヤ! 大丈夫だったか? 怪我はないか?」

「うん、大丈夫……」

「そうか、良かった。いきなりいなくなってしまうから、とても心配したぞ」

「……」

「? どうした? なぜそんなに放心している」

「…………来ないと、思ってたから」

俺は確信すらしていたのだ。きっとダヴィットは来ない。いや来られないだろうと。日本の飛行船がDBに侵入してきたと聞いた時だって、ダヴィットが乗っているだなんて思ってもみなかった。ダヴィットだけじゃない。彼の後ろには血相を変えこちらを見るジローさんとハリエットもいる。皆、危険を省みず俺を助けに来てくれたのだ。

「3人で来たの?」

「いや、志願した操縦士と兵士達を連れてきた。場合によっては強行突破も考えていたからな。他の兵達には城の外にいる。彼らには入城の許可はおりなかった」

「強行突破って……そんな人数じゃ絶対に無理だよ。だいたいそんなことしたら戦争をふっかけてるようなもんだろ。少しは考えなかったのかよ」

助けに来てくれた相手になぜか責めるような口調になってしまう。ほんとはこんなことを言いたいんじゃない。俺にはもっと伝えたい気持ちがあるはずだ。

「……すまない。お前がさらわれたと知って、いてもたってもいられなくなってな。リーヤの言う通りだ」

「ダヴィット、違うんだ俺は…」

「だが、私は少しも後悔していない。このことがきっかけに戦争になるというなら、王位継承権を返還する覚悟だ」

俺の身体抱きしめていたダヴィットの肩を押し返して顔をまじまじと見る。その目は真剣そのもので、覚悟をしてDBに乗り込んで来たのだと嫌でもわかってしまった。

「な、何言ってるんだよ。そんなの駄目に決まってるだろ」

「父上には黙ってきたからな。戦争になどならずとも、権利は剥奪されるかもしれない。それくらいは承知の上だ」

ダヴィットは、国のことを第一に考える男だ。今までそう育てられてきて、これからもそうでなければならなかったはずだ。だからダヴィットがしていることは間違っているはずなのに、迎えに来てくれたことがこんなにも嬉しいなんて、俺もどうかしてる。

「ダヴィット」

「なんだ?」

「来てくれて、ありがとう」

その胸に顔を埋めると、ダヴィットが俺を優しく抱き止めた。それだけでもう俺は胸がいっぱいになって泣いてしまいそうだった。

「ごめん、ダヴィット。ごめんな」

「何を謝る。謝らなければならないのはこっちだろう」

「違う、そういうことじゃないんだ。俺、ダヴィットは来ないと思ってた。ずっとダヴィットのこと、信じてなかったんだ」

涙まじりに訴えかけると、俺の肩にまわしたダヴィットの手から熱が伝わってくる。ずっと疑心暗鬼になっていた自分が許せなかった。

「リーヤ、私はお前が待っているなら、宇宙にだって迎えに行くぞ」

「……うん」

大真面目な顔で馬鹿なことを言うダヴィットがおかしくて、ついつい笑みがこぼれてしまう。彼は第一印象の通りの人なのだと、やっと実感することができた。

「信じられないなら、何度でも言う。私はリーヤが好きだ。どうしようもないくらい、お前が好きなんだ」

「……俺も、俺もダヴィットが好きだよ」

ダヴィットは一瞬きょとんとした表情で、俺の顔をまじまじと見つめていた。そっとダヴィットの頬を撫でると、不思議そうな目をされる。

「それは友達としてだろう? いや、今はそれでもかまわないが」

ああ、ダヴィットは本当に馬鹿な男だ。どうしてこういう時だけ鈍いのだろう。俺のためにここまでしてくれたお前を好きにならないなんて、そんなことあるわけがないのに。

「違うよ、ダヴィット。好きなんだ。俺もダヴィットが好きなんだよ。ひょっとしたら、ずっと前からそうだったのかもしれない」

「……?」

「いい加減察してくれよ。お前が特別な気持ちで好きだって、こんなに言ってんのに」

「……っ」

途端に目を白黒させておどおどし始めるダヴィット。いつも大抵のことでは平静を崩さないままでいられる男なのに、今はおもしろいくらいに挙動不審だ。

「でも、お前には好きな相手が……」

「最近、その人のことよりもずっとダヴィットのことばかり考えていた。むしろお前のことしか考えてなかったよ。ダヴィットが俺をどう思ってるのかって、そればっかり……っ」

言い終わる前にダヴィットにさらにキツく抱きしめられる。ダヴィットの髪が俺の鼻をくすぐり、俺の心拍数がはね上がった。

「今日は、人生最高の日だ」

「…うん」

「今さら撤回はなしだぞ。もう離してやらないからな」

返事の代わりに俺もダヴィットの身体を強く強く抱きしめる。二度と離れたくない、そんな思いがきりがない程溢れ出してきて、俺はこいつが好きなのだと改めて確信した。


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