先憂後楽ブルース
本気の笑い事
俺が彼の姿に目を奪われた理由は、その容姿の美しさからだった。フランカ様の弟だとわかっていたものの、ここまで美しい男だとは思わなかったのだ。フランカ様を初めて見た時以来の、いや男だからこそ引き立つこの美麗さを考えるとそれ以上の衝撃かもしれない。しかしフランカ様に顔は似ているものの、彼の髪は黒く、長くのばして後ろで1つに束ねていた。ダヴィットといいこの男といい、王族は髪をのばさなければならないしきたりでもあるのだろうか。
「お前がアウトサイダーのリーヤ……なんとかなのか?」
「!」
王様は俺を見るなり、とても自然な日本語で話しかけてきて驚いた。俺が返事をしないので王は隣にいた従者のうち背の高い年配の方に視線を向ける。その従者は静かに頷いた。
「なんだ、意外と地味だな」
「じ…っ」
男は玉座に腰をおろすと、俺を不躾にじろじろと眺め馬鹿にするように鼻を鳴らす。特に言い返すこともできず言葉に詰まっていた俺だが、挨拶ぐらいはしなくてはと頭を下げた。
「はじめまして、私はアウトサイダーのリーヤ・垣ノ内と申します。お会いできて光栄です、陛下」
「……よろしく、アウトサイダー。生意気な面だが礼儀はあるみたいだな」
「……」
生意気なのはそっちだろと思わずにはいられなかったが、もちろん口に出せるはずもなく。俺はただただ頭を下げていた。
「俺はテオドール・D・ブルー。ディーブルーランドの……まあ一応国王だ。頭を上げていいぞ。お前と俺の立場は同等らしいしな」
俺は言われたとおり顔をあげたが王の顔を直視することはできなかった。どう見ても男なのに、フランカ様に似ているのはどうしてだろう。
「俺はお前がここに残りたくなるようにご機嫌とりをしろと言われている。お前がどうしてうちの国に来たのかは知らないが、永住する気はないか?」
「……」
ローレンの言う通り、やなりこの王は俺が誘拐されたことを知らないらしい。ご機嫌とりなんて言ってしまうこのやる気のなさから察するに、飾りの王というのも本当のようだ。
「別にアウトサイダーがいようがいまいがどっちでもいいんだが、上がうるさいしな。お前達はどう思う? ハーシュ」
隣にいた近衛兵のうち、比較的小柄な方が嬉しそうに顔を綻ばせた。年はかなり若く見えるが、ギリギリ20代といったところか。
「俺はめちゃくちゃ興味あります! 陛下、できることならアウトサイダー様にはここに留まっていただきたいと思います」
ハーシュという名の男はこれまた流暢な日本語で目を輝かせながら俺を見てきた。気だるそうに話す王の倍は声量がありそうだ。元気がありあまりすぎて発散しきれていない感じだ。
「ところでアウトサイダーって、強いんですかね!?」
「知らん。でも別に強くないだろ」
「そうなんですか? 残念です」
「…アドニス、ハーシュがアウトサイダーを殺さないようにちゃんと見張っていろよ」
テオドール陛下は横にいたもう1人の護衛らしき大柄な男に呼びかける。アドニスという強面の男は表情をいっさい崩さないまま王の言葉に小さく頷いた。きっとこの男も日本語が理解できるのだろうが、口数が少なすぎて判断しきれない。
「陛下、ご提案が」
いい加減話を進めようと、俺は緊張しつつも手をあげて進言する。3人の視線が一気に集まった。
「もし俺の望みを2つ、テオドール陛下が叶えてくださったなら、俺はあなたの望む限りここにいると約束します」
「望み?」
考えを読まれないように、表情を引っ込める。俺はここで失敗するわけにはいかないのだ。
「これから何があろうとも、日本と戦争をしないで欲しいんです。ただの1人も、日本人を傷つけないと約束してください」
「……」
俺の言葉に虚を突かれたように固まる国王陛下。お前はそんなことを頼みにここまで来たのかとでも言いたげな顔だ。
「……確か、アウトサイダーは日本の王子と婚約しているんじゃなかったのか。だいたい、お前はどうしてここに来た。そいつが迎えに来たらどうする気だ」
「……いや、彼は来ません」
「ん? 喧嘩でもしたのか?」
「そうではありませんが……そういう人じゃないんです」
仮にダヴィットが本当に俺を好きでいてくれていたとしても、俺を助けるためにDBに不法侵入などロマンチックなことはきっとできないだろう。そういう風に育てられてきたのだし、俺もその方が正しいと思う。
「俺は別に日本と敵対するつもりはない。そんな面倒なこと誰がするものか。向こうが仕掛けてこない限り、その条件を受け入れると約束する。もう1つの条件を言え」
テオドール陛下は左足を右膝にのせ楽しそうに笑う。あっさりしすぎている気もするが、DBには元から戦争する気などなかったのかもしれない。それとも単にテオドール陛下がお気楽なだけか。
「……ローレンを、日本に帰国させて欲しいんです」
「は?」
「お願いします。彼はもう2年もここに留学してるんですよね? ローレンもきっと、故郷に帰りたいと思っているはずです」
「……」
驚くべきことに、テオドール陛下はこちらの条件の方が渋っているように見えた。しかしこちらが優位に立っているように見せかけて実は選択肢などない俺にとっては、この条件も受け入れてもらえなければ困る。
「それは……はっきり言って俺はどちらでもかまわないんだが、俺の独断で決めていいものかね? アドニス」
寡黙にも程があるアドニスが王の言葉にこくりと頷く。しかしその瞬間、この部屋に1人の男が血相を変えて飛び込んできた。
「失礼いたします陛下! たった今、我が国の領域内に侵入者が…っ」
「侵入者?」
「はいっ、アリスから報告がありました」
かなり走ってきたらしい男はそれだけ言うと息を整え直立する。隣の二人護衛らしき男達の顔色は一変したが、王は面倒くさそうに顔をしかめただけだった。
「アリスは何をやっているんだ、そんな奴らの侵入を許すなんて」
「大丈夫ですよ陛下! このキーラ・ハーシュ、どんな敵でも一瞬で倒してみせます! この俺にかかれば、全員ぎっちょんぎっちょんのミンチ決定です!」
「それが、どうやら侵入者は日本の正規軍のようで……」
「「日本?」」
俺とテオドール陛下の驚愕の声が重なる。もしかしなくても、俺を迎えにきたのだろうか。いや、そんな馬鹿な。
「……そうか、来たのか。いやはや面白い」
「陛下?」
突然、笑い声を漏らす王に伝令役の兵士が不思議そうな顔をする。そんな兵士の様子は気にもとめず、テオドール陛下は俺を見下ろし声高らかに言った。
「いいだろう! アウトサイダー、俺の独断でお前の条件を飲んでやる。その無法者達の侵入を許そう。向こうが攻撃を仕掛けてこない限り、撃ち落としたりするなよ。必ず無傷でここまで連れてこい」
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