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先憂後楽ブルース
身勝手




「……嘘だ」

だだっ広い部屋の中で、俺の声はとてもよく響いた。決して大きな声ではなかったがローレンにもちゃんと聞こえたらしく、俺の目を真っ直ぐ見返してきた。

「俺にはローレンの考えてることはちっともわからないけど、ダヴィットを殺そうとしてるなんて嘘だ。それだけはわかる」

断言する俺を見て、初めローレンはただ驚いているだけだったが、やがて可笑しそうにクスクスと笑いだした。

「父上も兄さんも、僕をDBに売ったんだよ。あんな奴ら、家族でもなんでもないって言ってるだろ」

「違う。そんなの違うだろ、ローレン」

ローレンがダヴィットを、家族のことを悪く言うたび彼の言葉が俺に重くのしかかる。ローレンにこんなことを言わせてはならないと俺は大きく首を振った。

「だって、そんなのどうしたって辻褄があわない。もしダヴィットが殺されたら、俺がDBのことをどう思うかなんて一目瞭然だろ。俺が奴らに好意的な感情を持つはずがない。だからDBが情報を掴まれてもなおダヴィットを暗殺しようとしている理由は、ダヴィットの代わりに日本のトップになったローレンを操ってアウトサイダーのいる日本を裏から支配するためだ。つまり俺を今DBに連れてくる意味はどこにもない。俺がDBにいるなら、ダヴィットを殺す意味自体がなくなるからだ。ローレンだってそれはわかってるだろ」

ローレンの話を聞いた時からおかしいと思っていたのだ。そもそもあんなに警備が徹底された中で、DBの人間がダヴィットを狙うのはリスクが高すぎる。アウトサイダーがDBにいれば日本はまた奴らのいいなりに戻るしかないのだから、リスクを背負ってまでダヴィットを暗殺する理由がない。ローレンももし本当にダヴィットを死なせたいなら、俺をここには連れてこないはずだ。ローレンの行動はダヴィットを殺すためというよりも、むしろ助けるためと考えた方が正しいだろう。

「ローレンはダヴィットのこと、殺したいなんて思ってない。ダヴィットやお父さんが、ローレンをDBにわたしたくなかったってこと、ちゃんとわかってるはずだ。俺にわかって、ローレンにわからないわけがない」

ローレンの様子を窺うと、彼は唖然とした目で俺を見ていた。俺はローレンの腕を強く掴み、強い口調で詰め寄った。

「頼む、本当のことを言ってくれ。じゃないと、俺はローレンを助けられない」

「……リーヤ」

俺の名を呼ぶ彼の声は弱々しく今にも消えてしまいそうだった。思わず腕を掴む力が強くなる。

「………僕のせいで、兄さんは狙われてる。もうどうにもならない」

「ということはやっぱり、ローレンの指示じゃないんだな」

ようやくローレンから本当の言葉が聞けて、俺は心底ほっとした。これ以上、ローレンが傷つくような嘘を言わせずにすむと思ったのだ。

「僕は、こっちにいる間、ずっと自分の思惑通りに動いてくれる人間を探してた。昔からそういうのは得意だったから、ある程度の権力を持った人間をうまく利用して、自分の望みを叶えようと思ってたんだ」

けれど俺の思惑とは裏腹に、ローレンの顔はみるみるうちに歪んでいく。もしかしたら彼にとって、真実の方がずっとつらいのだろうか。

「僕の望みは兄を退けて日本の王になること。でもそれはDBの力を持ってしても決して簡単ではない。DBを毛嫌いしている兄さんだって、どうせDBには逆らえないんだから僕を王にする必要はない。でも僕は、どうしても父上と兄さん出し抜いてやりたかった。ちゃんとわかってたんだ。父上の気持ちも、兄さんの思いも。DBが僕を助けてくれるわけがないってこともね。でも止められなかった。無理だとわかっていても諦められなかったんだ」

「……」

そんなのまったくもってローレンらしくない考え方だ。そんなことを考えてしまう程、ここでの生活はつらいものだったのだろうか。だがこんな敵だらけの場所に1人残される寂しさは、今の俺にはきっとわからない。

「DBは僕の話なんて歯牙にもかけていなかったけど、アウトサイダーが出てきて事情が変わった。僕の馬鹿げた戯れ言を現実にしてくれる人間が出てきたんだ。僕を王にして、DBに従属させるという話だ。兄さんと君が婚約したと聞いて焦ったんだろうね。僕もやめとけば良かったのに、気づいた時には後戻りできないところまできていた。まさか兄を暗殺するなんて方法で、僕を王に据えようとするなんて……」

ローレンの表情はみるみるうちに青くなっていき、口元を強く押さえる。言葉にすることで現実味を帯び、自分がしたことの意味を改めて認識させられてしまうようだ。

「…それで、ローレンはどうしたんだ」

「もちろん兄を殺すのはやめてくれと頼んだよ。けど交換条件を出されてしまった。リーヤ、君をこの国に連れてくることだ。だから僕がフランカ様達に同行することができたんだ。きっと君がここに自分の意思でいてくれるように、色んな手を使ってくるはずさ」

「それって、俺が帰りたいって言えば帰してくれるってこと?」

「…DBにはアウトサイダー信者が多いから、君の自由を無理に奪うことはしないと思う。ただ、リーヤを政治的に利用しようとしている奴も同じくらいいるだろうけど」

「でも、俺が戻ればダヴィットがまた……」

こんなの、俺の自由なんてあってないようなものだ。DBはローレンを利用して間接的にアウトサイダーを支配している。俺の選択肢なんて1つしかない。

「兄や日本の人間が君を取り戻したくとも、兄さんはここには来られない。さっきも言ったけど、協定を破ればいくらアウトサイダーの庇護下にある日本だって無事ではすまない。また戦争が始まってしまったら今度こそ終わりだ。リーヤ、君には助けなんてこないんだよ」

ローレンはそんなことを口にしながら泣きそうな顔で笑う。俺ではなく、まるで自分のことを言っている様だった。

「……1つ確認したいんだけど、これから会うDBの王様は、俺を拐ってきた奴とは関係がなくて、事情も知らないんだよな」

「恐らく。裏で動いているのは王ではなく側近達だ」

「そうか、わかった」

「わかったって……、リーヤ、一体何をする気……」

その時、ローレンの言葉を遮るかのように先程の兵士が入ってきた。男は俺達に向かって一礼し、英語で何かを告げる。それを聞いたローレンは返事をして俺に向き直った。

「……ようやく陛下が到着されたらしい。僕はもう出なきゃならない」

「ローレンが残ることはできないのか?」

「言っただろう。僕と陛下は会わせないようにさせられていると。ここからは1人だ」

言い終わると同時に俺を強く抱きしめるローレン。俺も反射的に彼の肩に手をまわし、抱きしめ返していた。

「ごめんなさい、リーヤ。……ありがとう」

耳元で囁かれた言葉に俺は息を飲む。何に対しての礼かはわからなかったが俺は泣きそうになった。

「……ワイクという男には気をつけて。僕と取引をしていたのは、恐らくその男の部下だ」

「…っ」

身体が離れる寸前、ローレンが俺にしか聞こえない声で警告する。ワイク、その名には覚えがあった。特使としてフランカ様と共に日本に来ていた妙齢の男だ。ローレンは黒幕の実態は掴めていないと言っていたが、やはりおおよその正体はわかっていたらしい。おしえてくれたのは、俺を信頼してくれてのことだろう。

ローレンが兵士に連れられ部屋から出ていくと、急に空気が重くなる。ぽつんと置かれた玉座から目が離せない。立場上、偉い人と話したことはたくさんあるが異世界の大国の王となれば話はまた別だ。

しかしここで自分がしっかりしなくては、取り返しのつかないことになるかもしれない。冷静になろうと深く息を吸って吐き出す。それを何回か繰り返していた時、数人分の足音が聞こえた。

「あ……」

近衛兵らしき二人の男を連れて、ディーブルーランドの王は颯爽と俺の前に姿を見せる。その姿を目にとめた瞬間、俺は言葉を失ってしまった。


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あきゅろす。
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