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先憂後楽ブルース
“揺るぎない友情”



ダヴィットから逃げ帰ってきた俺は自分の部屋で机に伏せってまたしても嘆いていた。隣にはすっかり俺の部屋に居座っているクロエがいて、俺を相変わらずの冷めた目で見ている。

「俺、なんでダヴィットにあんなこと言っちゃったんだろ……」

「相変わらずのアホっぷりだな。何言ったか知らねぇけど後悔するぐらいなら言うなよ」

「だって言わなきゃ、もし弟に何かあってからじゃ後悔すると思って……。でもあそこまで言わなくても良かったよなぁ〜…」

クロエが蔑むような目で俺を一瞥して鼻をならす。完全に馬鹿にされていた。

「そもそもなんだってリーザはあんな危険なことやめてくれないんだ。無事だったから良かったようなものの、一歩間違えてたら怪我だけじゃすまなかったかもしれないのに」

「本人なりに色々理由があるんじゃねえの。ほっといてやれよ」

「ほっとけないに決まってるだろ。リーザにはどうにかやめる気になってもらわないと……」

うだうだと悩む俺にため息をつくクロエ。仕方なしにといった感じで彼は話し始めた。

「よくきけ、リーヤ。あの時のことだが、あれは本当に上手いこと銃弾がそれてた。いっそう警備が厳しくなるのをわかってて、それでもなおわざとはずしたんだ。それにあれは、お前の弟とあの王子が演技をやめた瞬間だった。外から中の会話が聞こえてたのかはわからねぇが、もしかすると一発撃つことで周りの反応を見て、それでどちらが本物の王子か判断しようとしてたかもしれない。でも結局は本気で殺すために撃った弾は1つもなかった」

「……それって、どういうこと?」

「あくまで俺の予想だが、身代わりをたてても狙ってやるという意思表示をしたいんじゃないかと思う。そうやってお前の弟をビビらせて身代わりをやめさせるのが目的なんじゃねえの。アウトサイダーを巻き添えにしてまで王子を殺すなんて、絶対にありえねぇ。だからお前の弟は死なない。安心しとけ」

クロエは俺の頭をちょっと乱暴にぐりぐりと撫でる。彼の優しさに俺はありがとう、と小さく呟いた。

「ダヴィットも、それがわかってたんだろうか……」

リーザのことで不安が少し取り除かれた分、先ほどの自分の言葉をよりいっそう後悔する。またしても塞ぎ込んだ俺にクロエが苛ついた声を出した。

「もうあの王子のことはいいじゃねえか。何でそんなに気にすんだよ」

「気にするよ! だってダヴィットは、俺の……」

自分が何と続けようとしたのかがわからなくなって言い淀む。ダヴィットは俺の、友人…なのだろうか。

「……リーヤ、お前ほんとはとっくにあの馬鹿王子のコレになってんじゃねえだろうな」

クロエが2本の指を使って首筋を叩く。久しぶりすぎて一瞬何のことかわからなかったが、話の流れ的にすぐに理解できた。あの仕草が意味するのは恋人だ。

「は、はぁ!? んなことあるわけないだろお前は馬鹿か…」

とんでもないことを言い出すクロエに俺は食ってかかる。けれどクロエの眼差しは一向に緩むことはない。

「だったらもうあんな奴と関わるのはやめろ。さっさと突き放して、俺の家に来ればいい」

「いや、それは現実的に無理だし。関係がどうであろうとダヴィットが俺の大切な人に変わりはないよ」

「……やっぱりな」

ぼそりと何かを呟いたクロエは俺の目の前までやってくる。ご丁寧にも俺ごと椅子を動かし、近い距離で顔を付き合わせてきた。

「リーヤ、俺はお前がいない間ずっと考えてた。このままじゃお前は、どんどん遠くに行っちまう。俺よりアイツを優先して、俺のことはいつも二の次だ」

「二の次って……まあ、お前を優先する事項も特にないわけだし」

クロエはこうやって重い友情を押し付けてくることがよくあるが、その真意はわからない。しかしそれを苦痛には感じないあたり、俺が彼を好いているという何よりの証拠だろう。

「……色々と考えた結果だが、やっぱりお前は俺の恋人ってヤツになるしかないと思う」


「……はい?」


一体なにがどうなってそうなるのか。目玉が飛び出たりこそしなかったものの、悩みの終着地点が意味不明すぎて顔のパーツがおかしな方向に曲がった。

「ど、どうしたんだクロエ。誰に何を吹き込まれたんだよ」

「別に吹き込まれちゃいねぇ。ただ恋人になればお前は俺を誰より優先するし、俺を一番好きになるだろ。我ながら名案だと思うが」

「全っ然名案じゃねえぞ。恋人になるっつうのはお付き合いするってことだ。お前それがどういうことか何もわかってねぇだろ」

「それぐらいわかってる。てめぇ俺を馬鹿にしてんのか」

「え」

クロエが俺の頬に手を添え顔を近づけてくる。待て待て待て、これはまさか…。

「ちょーい、ちょいちょい! お前何やってんだよ!」

「うるせぇ、奇声あげて抵抗すんな。お前なんか俺がいなきゃただの駄目人間のくせに」

「う。…ってそれ今は関係ないし!」

抵抗しようとする俺の手を押さえ込み、唇を近づけてくるクロエ。こんな子に育てた覚えはない! と親でもないのに叫び出しそうになった。

「おいっ、クロエお前……」

そっと唇が触れるだけのキス。嫌悪感はなかったが、まるで意味をなさない口付けに拒否反応が出るばかりだ。
やけに長く唇をくっつけていたクロエだったが、ようやく離れたその顔はひどく真っ青だった。

「…クロエ?」

勝手なことをした怒りを思う存分ぶつけてやろうと考えていた俺だが、クロエの険しい表情を見てなんだか心配になってくる。

「……き」

「き?」


「………気持ち、悪い」

「はああ?」

口元を手で押さえてその場に崩れ落ちるクロエに俺のすっとんきょうな声が降りかかる。人に無理矢理キスしといて、気持ち悪いとはどういうことだ!

「お前ふざけんなよ! 気持ち悪いのはこっちの方だっつーの! 謝れ! 今すぐ俺に謝れ!」

「なんでだ……、何でこんなに吐き気が…」

俺の怒りの抗議を無視して真剣に悩み始めるクロエ。俺はその青ざめた顔をぶっ叩いてやった。

「いって…っ、何すんだよリーヤ!」

「うっせぇ! お前が悪いんだろうが! 気持ち悪いって、そんなのお前が俺を友達としか思ってねぇんだから当たり前だろ!」

「……っ」

こんなに怒った俺を見るのが初めてなせいか、クロエは珍しくショックを受けているようだった。しどろもどろになりながら言い訳らしきものを始める。

「でも、お前が他の奴とキスすんのは嫌なんだよ。そんなとこ見るぐらいなら吐いてでも俺がする」

「やめてくれ」

ふてくされた子供みたいにぶすっとするクロエ。図体がデカいだけにちっとも可愛くはなかったが、俺は年上として態度を軟化させてやることにした。


「……無理に決まってんだよ、クロエ。お前と俺は友達なんだから」

「でも友情は愛情には勝てないだろ。だからリーヤは…」

「そんなことはない。俺は友達のお前にも愛情を持ってるし、必ずしも友情が下とは限らない。俺は、クロエが一番だよ」

俺が落ち込んでいたとき、いつも側にいてくれたクロエ。俺が間違ったときは正しい道を教えてくれた。そんな彼を好きにならないはずがない。

「お前が側にいてほしい時は、すぐにでも駆けつけてやりたい。でも今は弟とダヴィットの命がかかってるんだ。だからどうしても行ってやれない。心配だからな」

「……」

「俺はクロエを大切に思ってる。でもしばらくはお前以外を優先させてくれ。これが解決したら、クロエの側に必ず戻るから」

「……ほんとだな」

「ああ、もちろんだ」

渋々といった様子ながらも素直に頷くクロエ。彼の友情を独り占めしているのがもったいなくもあり、同時に嬉しくもある。溢れんばかりの友情を込めて、俺は殆ど衝動的に彼の額にキスをしていた。


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あきゅろす。
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