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先憂後楽ブルース
相対する酷薄



その後、クロエは幸運にも怪我もなく無事に警備隊の人達に保護された。なんでも保護というより捕獲に近い荒っぽいものでかなりてこずったらしいが、とりあえずクロエが無傷だったことに俺は安堵した。ちなみにクロエは正当防衛とはいえ許可もなく銃をぶっぱなしてしまったわけだが、ジローさんが自分が撃ったのだとしてフォローしてくれたので特におとがめはなしだった。


今回の暗殺未遂事件は、混乱を避けるため公表はされなかった。問題なのは、結局弟とダヴィットを狙った奴を捕まえることができなかったということだ。クロエの話によると、彼がロープをつたって下の階に降りた時には誰の姿もなく闇雲に探し回っていたらしいから、どんな姿をしていたかもわからない。
すぐにタワーのすべての出入口を封鎖したため、暗殺者はまだ敷地内にいるはずだったのだが、全勢力をあげて捜索を行っても誰1人怪しい人間を見つけられなかった。

けれどただ1つ、探すことのできなかった場所がある。DBの人間が寝泊まりしている部屋だ。もちろんそこも捜索の対象ではあったが、DB側が激しく拒否したのだ。フランカ様などは疑われていることに対してかなりご立腹していたし、護衛達も一貫して強気な態度を崩さなかった。唯一友好的だったのはレイチェル様だけだが、彼女の部屋だけ見ても仕方がないとフランカ様が鬼のように怒ったため入ることは許されなかったのだ。

しかし、大きな檻と化したこのタワー内から部外者がそうそう簡単に姿を消せるはずがない。つまりは犯人はまだこの城の中の可能性が高く、今回のことでDBへの疑いはさらに深まったのだった。


誰も怪我人がいなかったのは幸運だったが、大切な人を失ってしまうかもしれないという恐怖はしっかり俺の心に刻み込まれた。あの日以来、1秒だって心が休まることはない。
今回の事件で、俺は1人静かにある決意を固めていた。







暗殺事件の後のピリピリした空気からようやく少しだけ解放され、俺は事件現場となったリーザの部屋にダヴィットとジローさん、そして弟と共にやって来ていた。検証をしておきたいというダヴィットに同行させてもらったのだ。
床にはまだ弾痕のようなものが残っており、ジローさんが投げた丸テーブルは傷だらけだった。安全のためガラスはすでに修復されているが、それ以外はほぼそのままになっている。撃たれた時のことを思いだし背筋が凍りそうになったが、俺以外は顔色1つ変えていない。やはりメンタルが弱いのは自分だけなのかと落ち込んでいると、俺の横に蹲っていたジローさんが床の焦げ痕のようなものに触れながらぼそりと呟いた。

「あんな簡単に狙撃されるなんて本当に迂闊でした。僕のミスです」

「…いや、私も警戒を怠ってお前の側から離れた。ジローのせいではない」

項垂れるジローさんの肩にダヴィットがそっと手を置く。しかしジローさんは納得していないようで、今までにない険しい表情をしていた


「防弾ガラスだからと油断していました。まさかあの窓を突き破れる武器があるなんて…」

「えっ、あれ防弾ガラスだったんですか?」

そうとは思っていなかった俺は素で驚く。簡単に割れてしまったからまったくわからなかった。

「当然だ。お前の弟のために用意した部屋だぞ」

ダヴィットの言葉に俺とリーザはもう一度ガラスを見た。見た目はどこにでもある普通のガラスだ。

「防弾ガラスって、こんな簡単に割れるものなのか?」

「普通は考えられん。しかし現に割られていたのだから、特殊な武器が存在するのだろう。この床の弾痕を見ろ。一般的な銃器ではこんな風にはならない。あきらかに異質だ。そんな技術を持つ国などDBしかおるまい」

「……」

ディー・ブルーランドはなぜ、こんなリスクを背負ってまでしてダヴィットの命を狙うのだろうか。俺と婚約関係にあるというだけでここまでするなんておかしい。

「……各階に設置された監視カメラも逃走の際に壊され、犯人の姿を特定することすらできませんでた。明らかにプロの犯行です。しかしDBの姫様達の護衛の中に、怪しい経歴の人間はおりませんでした。まだ彼らの仕業と断定するのは早いやもしれません」

「わかっている。だがこの痕を残したものは明らかに我々の理解を越えているだろう。DBでないのならそれはそれで問題だ」

ダヴィットとジローさんの会話に耳をそばだてつつ、改めて部屋の中を見回すと焦げたような痕が何ヵ所かの床と机に残されていた。あの時のことが生々しくよみがえってくるようでまともに見ていられなかった。


「……ダヴィット、話があるんだ」

意を決して口を開いた俺は、ダヴィットを真っ直ぐ見つめる。ダヴィットも俺の声を聞いて何かを察したのか真剣な表情をしていた。

「頼む。――リーザを、身代わりの任から解いてくれないか」

頭を下げた俺にはダヴィットの表情は見えない。思わず声が震えてしまった。

「兄貴、俺は別に…」

「馬鹿、お前は殺されかけたんだぞ。別になんて簡単に言うな!」

リーザの呑気な言葉に思ったよりヒステリックな声が出てしまう。いったん自分を落ち着かせてから俺は頭を上げた。

「ダヴィットが大変なのはわかってる。でもこうやって現に身代わりをたてていたって狙われたんだ。お前もだけど、リーザだって危なかった。変装したって、弟を危険にさらしてるだけでまるで意味がない」

「リーヤ様、お待ちください。今回のことは……」

「ジロー」

口を挟むジローさんは軽く制止し、ダヴィットは俺を見た。彼が狙われている理由は自分にあるとはわかっていたが、それでも止めずにはいられなかった。けれど返ってきたのは冷静なダヴィットの感情のない返事だった。

「悪いがリーヤ、俺はお前の望みを叶えてやれない」

「……」

「リーザ自身が拒否せぬ限り、私は身代わりを頼みたい。今回はお前の自由行動の権利は当てはまらないし、私に頼んでも無駄だ」

ダヴィットならば、断らないだろうと思っていた。それは俺の頼みだから云々以前に、ダヴィットはそう易々と他人を巻き込める性格ではないと知っていたからだ。なのに周りに何か言われるまでもなく自分の意思でこうもきっぱり断るとは思いもよらなかった。

「な、なんで…」

「それは、私がまだ死ぬわけにはいかないからだ。それがいずれ王となるものの責任だ」

「なんだよ、それ…!」

こうなったのは俺のせいだってわかってる。でもそれと弟は関係ない。身勝手だとわかっていても、こうやってダヴィットにお願いするしかないというのに。

「…責任なんて、そんな理由でリーザを犠牲にするっていうのかよ。お前にとってはただの身代わりでも、俺にとっては大事な弟だ。このままにしておけない」

「王となるからには私情をはさまず、時には冷静な判断が必要だ。いくらお前の頼みでもきいてはやれない。――悪いな」

ダヴィットの心ない言葉に愕然とする。そしてようやく理解した。ダヴィットにとってはこの国がすべてなのだと。この国を守ることが彼の最優先で、やはり普通の人とは考え方がまるで違うのだということを。

「冷静な判断なんて、自分の弟が危ないのにそんなもの持てるわけないだろ! 弟を自分の代わりにDBに行かせたダヴィットにはわからないだろうけど、俺は…っ」

言ってしまってから、俺はとても後悔した。それを聞いたダヴィットが泣きそうな顔をしたからだ。今までに見たことのない、とても弱々しい表情だ。

「ごめん、ダヴィット……」

俺はそれだけ言うのがやっとで、後はもうダヴィットの顔も見れなかった。自分は取り返しのつかないことを言ってダヴィットを深く傷つけたのだ。俺の足はゆっくりと後退していった。

「リーヤ様!」

「兄貴!」

ジローさんとリーザの声に呼び止められる。けれど気がつくと俺は皆に背を向けて、部屋から逃げ出してしまっていた。あれ以上ダヴィットの前にいると、後悔と罪悪感で押し潰されそうだったのだ。


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